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朱月のアリス  作者: 白塚
第3章 海軍と炎幕編
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【第3章】31話「ホープランド」


「……ね。アタシ…ずっと思ってることがあって」


 三人の視線が椿に集中する。視線を注がれた当の本人は少し照れくさそうに笑って目を逸らした。


「ムラサメってさ……師匠じゃ、ないよね」

『…そう、だけど?僕はムラサメだよ』

「ああ、そうじゃなくて。言い方が悪かったかな」


 椿はふふふ、と笑ってムラサメを見た。


「内海や師匠はムラサメのこと、師匠が祟り神になった時にうまれた、“もうひとりの菊池孝太郎”って言ってたじゃん。でもアタシ、それは違うなって」


 菊池は黙ったまま月を見上げた。ムラサメはなんとも言えない表情を浮かべている。涼太郎は頭に疑問符を浮かべている。


『違うって、どういうこと?』

「うーん、言葉にするのは難しいんだけど……ムラサメは“菊池孝太郎であって菊池孝太郎ではない”、みたいな認識をみんなしてると思うんだけど。ムラサメは…師匠が生まれる前から‘居る’んじゃない?」


 ムラサメがハッと驚いたような顔になる。涼太郎だけがついてくることが出来ていない。


「ムラサメって、師匠たちのお兄ちゃんなんじゃない?違う?」


 ムラサメが目を見開く。涼太郎は、ようやく理解できたのか息を呑む。菊池は月を見上げたまま。


『……いつから、気が付いていた?』

「いつから…いつからかはちょっと分かんないんだけど、ムラサメが師匠と涼太郎さんを見る時の目、お姉ちゃんにそっくりだったの。妹とか、弟を見る目。どこまでも、優しい目をしてた」


 ムラサメは大きく息をついた。すこし俯き、ふ、と笑った。


『椿のこと。ちょっと見くびってたな。すごいや、全部合ってるよ』

「よかった。……ムラサメと、師匠達さえ良ければ、教えてくれない…?」

「構わんさ。ムラサメ。お前が話してやんな。リョウも。いいか?」


 涼太郎は心ここに在らずといった風ではあるが、頷いた。ムラサメはぽつりぽつりと話し出した。

 


 *



 僕は菊池家の長男として生まれた。菊池家、士族の軍人の父と、華族、それも平安からの由緒ある呪い師の家―竜宮川家―の母。待望の第一子が男子。それはそれは大層に祝われたらしい。


 でもここで問題が起こった。世継ぎとなる僕を、軍人にするのか呪い師にするのか。


 当時は軍人が呪い師の仕事を担うことは少なかったんだ。軍人は軍人。呪い師は呪い師。明確に線引きがされていた。両家は揉めに揉めた。事の顛末だけど、母が父が居ないうちに僕を連れて実家に戻ったことで僕は呪い師としての道を歩む運命が決定した…筈だった。


 母が実家に戻ったとき、母は身籠っていた。そのまま母の実家で出産したんだけど…その子供は、双子だった。


 今はそういう風潮は少なくなっているみたいだけど、昔は多胎児というものは忌み嫌われていた。それが呪い師中心の華族であるならば尚更。母の家での風当たりは強くなった。もちろん、双子…孝太郎と涼太郎にもね。僕はその時齢五つ。全てを理解していた訳ではないけれど、僕は二人の弟を守ろうと、躍起になったのを覚えている。


 孝太郎たちが二歳の頃。母の家族はとんでもない行動に出た。


 ――自分たちの氏神である龍神に、双子を差し出すことを決めたんだ。つまりは生贄だ。


 その家が何故強大な力を持っているか?それはその龍神の加護のおかげだ。……その家の者は、密かに大正の世に於いても“人柱”を捧げてきていたんだ。そして、僕は双子を人柱に立てるという話を聞いてしまった。


 双子が捧げられるその日。双子は睡眠薬を飲まされ、邸宅の膨大な敷地内の中にある山の中…龍神が祀られる大きな神社の本堂の中に、双子は置き去りにされた。僕は大人達にバレないよう、息を殺しながら後をつけ、人がいなくなったのを見計らって本堂に侵入した。


 そこには、龍がいた。


 ひと睨みされただけで身体が動かなくなった。龍は僕が捧げ物ではないことを分かっていたのか、襲ってはこなかった。でも、弟たちに向かっていく。ダメだ。それだけはダメだ。絶対に――


 僕は勇気を振り絞って、台所からくすねてきた包丁を振り上げて龍に向かって駆け出した。無茶苦茶に包丁を振り回したけど、鱗が硬くてなかなか傷つけられなかった。でも何度も斬りつけているうちに何枚か鱗が剥がれた。そこを狙おうとした、その時。


 発砲音。


 撃たれた、ということをその時理解できていたかどうかは分からないけど、背後から僕は撃たれた。それも何発も。発砲音で目を覚ました二人がその時大きな声で泣き出したのを覚えている。どうやら、人柱を捧げる儀式に邪魔が入らないよう、見張りがいたようだった。そいつ、撃った子供が僕――跡継ぎだと分かって真っ青になってたな。


 弾は僕の心臓と脳を撃ち抜いた。それだけじゃない。銃弾には妖力が込められていて、それが身体の中を暴れ回るんだ。血と同じで、他人の妖力と僕の妖力が拒絶反応を起こす。血溜まりの中でのたうちまわり、自分のものとは思えない絶叫が喉から(ほとばし)った。僕は地獄を味わった。龍が、弟たちに――


 ――憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。


 ――殺す。殺してやる。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。


 はらわたが煮え繰り返るような怒りと憎悪に溺れるように、僕の意識は闇に溶けた。そこで僕は、死んだ。…はずだったんだけどね。


 僕は竜宮川家の跡継ぎだぜ?身体に秘める妖力量もそれはそれは膨大だ。何で呪い師が死ぬ時は“完全に死んだかどうか確認し、死体の処理の際は特に気をつけろ”と言われてると思う?椿はもう習ったかな。…とんでもないバケモノが出来上がるからさ。無念と、憎悪に満ちて死んだ奴なら尚更。


 そう。僕が祟り神になったのは1945年じゃない。この時に、僕は祟り神として生まれ変わった。あ、いや、このときはまだ祟り神じゃないな。「タタリモッケ」って知ってる?産まれたばかりの新生児が殺されたりした時に成る怪異だけど、それ以外にも子殺しや惨殺された者が成ることもあってね。僕はソレになったわけさ。


 僕は感情の暴れ回るまま龍に襲いかかった。正直この辺はあんまり覚えてないんだよね。まあ、流石氏神とだけあって苦戦したような気もするな。でも、僕は勝った。龍を殺してやったんだ。僕は龍を喰った。喰う側が、喰われる側になる。爽快なものだね。多分、この時に僕は祟り神になったのかな。


 さあて、震え上がるのは竜宮川家のメンツだ。家から悪霊どころか祟り神を生み出してしまったのだから、それまでの竜宮川家の威光は地に堕ち、呪い師界での発言権も何もかも失い、没落することとなった。人柱やってることも表沙汰に出ちゃったしね。双子は竜宮川家から取り上げられ、菊池家で保護されることとなった。


 これで終わり、じゃないよ。僕はタタリモッケ…否、祟り神だ。僕は竜宮川家に呪いをかけた。強力なヤツをね。まあ、詳しくは言わないけどかなーり酷い有様でみんな滅んでったよ。うふ。


 まあ……。こんなこともあったから菊池家…父は双子に一才呪い師関連のモノに触れさせず軍人として育て上げたみたいだね。今みんな揃って怪異になってるけど。



 *



『僕はずっと孝太郎のことも、涼太郎のことも見守ってきた。可愛い弟たちに火の粉が降りかかってもいけないから、接触もせず、加護もせず、ただただ見守ってきた。涼太郎が遠い海で散った時、胸が張り裂けそうな悲しみに襲われた。加護を与えていれば違ったんじゃないかって。…だから、孝太郎には干渉しすぎちゃった。僕のせいで、孝太郎のことも祟り神にしちゃった。……ごめんね』


 沈黙が降りる。椿は彼らのあまりもの過去に、呼吸すら忘れ、いつの間にか涙を流していた。――気軽に聞いていいものではなかった。


「ムラサメ…いや、お兄ちゃん。謝るなよ、お兄ちゃんのせいじゃない」

『でも』

「いいんだ。仮にお兄ちゃんがついていなくても、私はきっと祟り神になっていたと思う」


 菊池の言葉に、わずかにムラサメは微笑んだ。涼太郎は顔をぐしゃぐしゃにして、両の目から大粒の涙をこぼしている。


「ずっと…ぐすっ、ずっと見てくれてたんだね。いてくれたんだね……」

『そうだよ。何もしてやれなかったけどね。ああ、リョウ、そんなに泣かないでくれよ。僕は僕の可愛い弟が笑っているところを見たいな』


 涼太郎は号泣しながら、それでも必死に笑みを作ってみせる。


『あはは、不細工』

「お兄ちゃんが笑ってって言ったんじゃあん」

「ハハハハ、本当に、もう」


 そんな菊池もいつの間にかぽろぽろと涙を流していた。ムラサメは両脇の弟2人の肩に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。


「お兄ちゃん。私のことは、今度からサミダレじゃなくて、名前で呼んでよ」

『サミダレかっこいいじゃん。嫌?そう言うなら…』

「あ、いや、やっぱりサミダレでいい。……お兄ちゃんにかっこいいって言われると、何だか照れるな」

『そう?…ふふ。僕もお前と同じ理由だから、これからもムラサメって呼んで』

「お兄ちゃんほんと、椿ちゃんのこと好きすぎい」


 号泣しながらも突っ込む涼太郎。椿は、嗚咽混じりに絞り出す。


「ごめんね、アタシ…こんなこと…ッ、聞いちゃって、思い出させちゃって…ッ」

『どうして椿が泣いてるの。いいんだよ、話す機会なかなか無かったし…椿がここで聞いてくれなきゃ、ずっと言えないままだったかも』


 ありがとね、とムラサメが微笑む。その目には、涙が張っている。椿も釣られて笑った。泣き笑いの、歪で、しかし純粋で透明な笑顔。椿は、もうひとつ、気になったことを聞くことにした。


「ムラサメって…師匠じゃないなら、どうして内海と戦って封印されてたの?それに、見た目も師匠のものだし」

『それはね…サミダレが祟り神になって暴れて、内海と交戦したとき。咄嗟に僕は弟を守ろうとしたんだけど、肉体がないとどうもできない。でも死体はもしサミダレの大事なひとのものだったらいけないから、上半身から再生したサミダレの余り…下半身をもらって受肉したの。だから見た目と喋り方が引っ張られるのはそのせいかな。……その後、僕も幼かったのもあるけど、好き勝手暴れちゃって封印されちゃったけど……』


 へへへ、と自嘲気味に笑うムラサメ。でも椿は知っている。昔はそうだったとしても、ムラサメは今はそんなことをするような者ではないということを。


「ぐすっ…んね、ムラサメは…ムラサメの本当の名前は、なんて言うの?い、嫌だったら教えなくてもいいけど……」

『いいよ。教えてあげる。僕の名前は――琥太郎(こたろう)。菊池琥太郎』

「琥太郎…かっこいいね」

『ありがとう。でも、これからもムラサメって呼んでよ。僕、椿にかっこいいって言ってもらえて、この名前大好きになっちゃったから』


 椿は頷いた。でも、ムラサメは菊池の体を使って受肉したから、見た目が‘引っ張られた’と言った。……『菊池琥太郎』は、どんな見た目なのだろう。そんなことを考える椿の脳内などいざ知らず、ムラサメはにっこりと慈愛に満ちた瞳で椿を見やる。


『椿も…おいで。抱きしめてあげよう』


 椿は素直にムラサメの空いている正面からぎゅっと勢いよく抱きついた。菊池と涼太郎の手が背に添えられ、ムラサメは両腕は可愛い弟達で埋まっているため、浮遊する黒い手を出現させ、それで椿を抱きしめた。


 満月の夜空の下。涙を流しながら笑い合い、抱きしめあう四人を星々がそっと眺めていた。

 


――僕らは初めましてじゃない。同じものを持って、遠く繋がってる。



――第3章 海軍と炎幕編 終わり


 

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