03 旅立ち前夜
『さて、私を見事打ち負かした君達は今より私の主だ。この世界のどこへでも連れて行こう』
「はいっ!」
三人は口を揃えて返事をする。ちなみに、先程までボロボロだったドラゴンは、子供ドラゴン達が洞窟の奥から回復の水を沢山汲んできた結果ほぼ治っている。
『そうそう、言うのを忘れていたが、おそらく私は君らとそう変わらない年齢だぞ』
「えっ。あの、何歳ぐらいになるんです……?」
『今年で15になるな』
「えっ、俺と同じ年だ」
「私より一つ上ー」
「俺よりも下だったのか……意外だ」
『我々は10にもなれば大人扱いだからな。生物としての成熟度合いは人と同じなのだろうが、扱いが変われば多少は大人びるのかもしれんな。だが、これからは仲間でもあるのだし、敬語は使わなくていいぞ』
『しかし、通常よりもレベルが高い戦闘、しかも無傷での勝利は見事だったな』
「いやー、ダメージを食らったら死ぬからねー」
ドラゴンに感心したように褒められ、アカネは照れながら頭を掻く。
『む? 確かに、我々は成長するほどに機動力などは高くなるが、攻撃力などはさほど成長しない事は知られていないのか?』
「えっ」
アカネは今回人一倍張り切って事前準備をしていたが、勝てば遠くへ行けるとだけ考えていて、成長している事は完全に想定外だった。そのため、成長すれば漠然と全体的に手強くなるのだろうとしか考えていなかった。ある程度はそれぞれに調べていたはずの二人にちらりと視線をやったが、二人とも似たような反応だった。
「俺も今回勝つ事ばかり考えてて、今後については何も……」
「確かに仲間にしても移動以外では殆ど使われない事は知っていたが……」
三人の反応にドラゴンはおかしそうに、どこか嬉しそうに笑う。
『我々は飛行能力のためだけに他の全てを捨てた種族。他のドラゴンには全く太刀打ちできない我々がそんなにも強く見える事があるのだな』
「俺もアカネ達で早いのには慣れたつもりだったけど、目で追うのが大変だったよ」
『挑戦者サン達スッゴク早カッタ!』
これで最後とばかりにドラゴンに子供ドラゴン達がじゃれつきながら楽しそうに言う。ドラゴンの方も最後に顔を摺り寄せてやると、子供ドラゴン達は邪魔にならないように遠ざかった。
『とりあえず、もう疲れただろう。そろそろ昼となるから、一度君らの大樹まで送ろう』
ドラゴンの背に乗り、空から振り返ると、子供ドラゴン達が見送るように手を振っていた。
「おかえり、コガネ!アカネ!クロ!」
大きな樹の中央あたり。居間とかロビーのような物にあたる部屋に入ると透き通った翅を背負った小さな女性が出迎えた。
「ただいま、マザー!」
「ただいまー!」
「ただいま」
赤いメッシュの入った萌黄色の髪、黒い瞳に樹を思わせる服装の彼女はこの大樹の精だ。子供の宿る枝一本ごとにも母親のような立場の分体がいるが、中心となる彼女は全ての子供達からマザーと呼ばれていた。
「今日は随分と嬉しそうね。ここのところの準備が実を結んだのかしら?」
「うん! とうとう私達もドラゴンに勝ったんだよ!」
「まあ、それはすごい。後で私も挨拶しておこうかしらね」
『なんなら今でもいいのだぞ』
「わっ!?」
窓の外から大きな顔がのぞく。驚いて駆け寄ってみれば、大樹の幹の一本に尻尾でぶら下がっているようだった。
『どうせすぐにでも旅に出たい気持ちでいっぱいなのだろう? お前達のワクワクした表情を見れば初対面でもそれぐらいはすぐ分かるさ。明日にも出るつもりでいるのなら、早めに挨拶をしておいた方がいいかと思うが?』
「そうねえ、ちょっとひねくれた所のあるコガネですらこの表情ですものねえ。あ、はじめてお目にかかります赤の大樹の精。名前は無いのですがマザーと呼ばれています」
「ちょっ、マザー!」
『私は空の洞窟に住むドラゴンの一種、ファードラゴンの中の一人だ。名前は無くはないのだが、人には呼びにくい名前なのでな。三人が新たな名前をくれるそうだが、ずっと呼ぶ名前を簡単には決めたくないと今は考え中だそうだ』
アカネは自分の部屋で枕を抱きしめるように寝そべってにまにましていた。
「へへへ……とうとうかあー」
先日から先に旅に出たフルルから毎日送られてきていたメールには旅の楽しさが記されていた。
旅に出る事に対しての不安はある。今の大樹の家族に囲まれて過ごす穏やかな日々。その中でも身近な場所で色々な発見をしたり、近場で鍛練を積んで徐々に強くなっていくのを実感したりするのも悪くはないと思っていたが、いろいろ伝えられると羨ましい気分も少しずつ芽生えてくる。
そこでようやく決心した今回の挑戦。そこにはメールの中に添えられる、アカネと離れて少し寂しいと言う言葉も後押しとなった。
「あんな事言ってても、ホントはすごく臆病で、何も失いたくなくて今の戦闘スタイルを選んだんだもんなあ……」
少しおぼろげになりつつある昔の記憶。どういう流れだったのかは忘れてしまったけれど、兄達だけは絶対に失いたくないから自分が前に出ると主張したあの日。
「手を伸ばさないで後悔するのだけは止めたいな……」
こんこんと小さく部屋をノックする音がする。返事をして扉を開ければ、マザーと同じ翅とコガネに少し似た顔立ちの女性が立っていた。
「カナさん!」
「遅くなってごめんね。さっきまでコガネの部屋にいたから……」
カナはアカネとコガネが生まれた枝の精。普通は母親のように母さんなどと呼ばれる事の多い枝の精達だが、カナはアカネ達に自分を名前で呼ばせていた。
「とうとうアカネ達も旅に出るのね」
「……うん」
連絡手段はあるものの、一度旅に出てしまえばしばらく直接顔を合わせる事は無くなる。アカネほど大きく感情をあらわにしないカナも、どこか寂しそうな表情をしていた。
「えっと、連絡はまめにするから……」
「……いえ、無理に連絡を取ろうとしなくてもいいわ」
カナは先程の寂しそうな表情をひっこめ、何かを決めたような強い表情をして言う。
「えっ……」
「旅先ではきっと色々あるでしょう。アカネ達には、そこで思う存分の体験をしてほしいの。せっかく旅に出るのだから、私達の事ばかり気にかけたりせずにね」
カナの言葉には不思議な暖かさを感じる。ただ手元で守ろうとするばかりではない信頼を感じさせる言葉だった。
「もちろん、あなたが寂しくなったらいつでも連絡してもいいのよ。そうしたら、ここにいた時のようにどんな話でも聞いてあげる。でも、一つだけ約束してほしい事があるの」
「約束……?」
「ええ。もし、とてもつらい、苦しい事があったらすぐに顔を見せに来なさい。漠然とした物でも別に構わないわ。困難に立ち向かうために必要なものはまず心の栄養だから。後で戻るのはいいけれど、辛い場所にそのまま居続ける事だけは絶対にやめなさい」
「カナさん……」
「おやすみ。しっかり寝て、明日からの旅を目一杯楽しみなさい」
ぱたんと静かに扉が閉じる。明日には離れるこの大樹の部屋が、安心感で包んでくれているような気がした。




