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失われた職業を継ぐ者  作者: 陸海空
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第7話 剣に宿るもの

 荷を下ろし終えた護衛は、門の脇に腰を下ろした。

 俺は父の隣で待っていた。男が水袋を取り出すと、父が先に声をかける。


「少し、息子の質問につき合ってもらえるか」

「俺に答えられることでよければ」


 男は笑って、水袋の口を閉じた。


「ロルフです、坊ちゃん」

「ユウ」

「ええ。よろしく」


 俺は隣の父を見た。

 父が頷いたので、さっそく聞く。


「剣に火をつけたら、持つところも熱くならない?」

「なりますよ。下手にやれば」

「じゃあ、どうするの?」

「火を刃のところに留めるんです。俺が見た男は、そこが上手かった」


 ロルフは腰の剣を、鞘に収めたまま膝へ載せた。

 鍔から先を指で示す。


「こっちへ力を通して、火にする。ただ火を出して剣を突っ込むのとは違うそうです」

「木の剣でも?」

「燃えます」

「……そっか」


 父の手が、俺の肩に置かれた。


「試そうと思っていたな」

「少し」

「木剣は燃やさないこと」


 俺は頷いた。

 練習用の剣がなくなったら、明日から困る。


 ロルフの話では、剣に魔法を宿すには、いくつかの難しさがあるらしかった。

 まず、自分の身体から離れたものへ、力を通す。

 次に、その力を狙った場所に留める。

 さらに剣を動かしながら、形を崩さずに保つ。


「走って、相手の剣を避けて、自分の剣も振る。その間に火を落とさないんですから、忙しいですよ」


 俺は木剣を振るときのことを思い出した。

 足の位置を考えると腕が下がる。水を出そうとすると、足が止まる。

 確かに忙しそうだった。


「その人、何ていう職業?」

「火刃士です」

「剣士じゃないの?」


 ロルフが父を見る。

 父は俺の肩から手を離した。


「職業に興味があるんだ。私や家令にも、よく聞く」

「なるほど」


 ロルフは剣を腰へ戻した。


「もとは剣士だったそうですよ。火の魔法を覚えて、武器へ通す技を身につけて、職業が変わったと聞きました」

「覚えたら変わる?」

「そこは、俺には分かりません。神殿で調べたら、新しい職業を選べるようになっていたそうです」


 俺は父を見上げた。


「父様も、変わる?」

「条件を満たせばな」

「何の条件?」

「職業ごとに違う。よく知られているものもあれば、誰も分からないものもある」


 父はロルフに目を向けた。


「火刃士は、南の方で聞く名だ。こちらには使い手が少ない」

「俺が会ったのも、南街道でです。乾いた草の多いところじゃ、使うなと隊長に叱られていました」


 俺は庭の芝と、門の外の草を見た。

 剣が燃えていれば強そうだが、振る場所まで考えなければならないらしい。


     *


「ロルフは、水と剣を使うのに、火刃士みたいなのにならない?」


 聞くと、ロルフは少し困った顔をした。


「俺の水は、手を洗うくらいです。武器には通せません」

「練習したら?」

「できるようになるかもしれませんね」


 返事は穏やかだった。

 だが、すぐに続きが来た。


「ただ、護衛をしていると、次の仕事までに疲れを抜く方が先になります。剣も弓も、道具の手入れもありますから」


 俺は彼の手を見た。

 指の付け根は赤く、爪の端には落ちきらなかった泥が残っている。


「練習する時間、ない?」

「まったくないわけじゃありません。でも、水を出すより、今使える剣を磨いた方が、明日の仕事には役立つでしょう」


 ロルフは笑った。

 怠けているわけではない。

 俺が昼寝をしている間にも、彼は荷車の横を歩いていたのだろう。


 父が静かに言った。


「お前が毎日練習できるのは、食事を作り、服を洗い、そばで見ていてくれる人がいるからだ」


 俺は母のいる屋敷を見た。

 水の量を数える間、母は何度も針を止めている。

 父も、俺に木剣を持たせるために、朝の時間を使っていた。


「……うん」


 ロルフは俺の顔を見て、手を軽く振った。


「だから、今のうちに上手くなってください。いつか水をたっぷり出せるようになったら、道中で助かります」

「次に来たとき、もっと出す」

「楽しみにしています」


     *


 ロルフは立ち上がる前に、自分の剣を見せてくれた。

 父が俺を少し後ろへ寄せる。

 抜かれた刃は、思ったより細かった。磨かれた面に、空の光が映る。


 ロルフが柄を握り直した。


「火は出せませんが、これなら」


 変化は、ほとんど見えなかった。

 刃の縁が一瞬だけ淡く光ったような気がして、俺は目を凝らしかけた。


「分かりますか」

「……少し」

「魔力を通しています。刃を傷めにくくする程度ですが」


 彼は剣を動かさずに持っていた。

 俺の視界に、文字が浮かぶ。


【職業:剣士】

【剣術:4】

【水魔法:1】

【魔力制御:2】

【武器強化:2】


 さらに下にも何かあったが、追わなかった。

 武器強化。

 火を出さなくても、剣へ魔力を通す技がある。


「父様もできる?」


 聞くと、父は頷いた。


「できる。ただ、お前の木剣で試すにはまだ早い」

「どうして?」

「まず、自分の手に集めた力を、思ったように止められるようになりなさい」


 ロルフが剣を鞘へ収めた。


「物によっても通しやすさが違います。適当に流すと、力が散るだけですから」

「剣なら、通る?」

「通りやすいものも、そうでないものもあります。良い剣は高いですよ」


 父が小さく息を吐いた。


「そこは、よく知っている」


 ロルフも笑った。

 俺は、父の腰にある普段使いの剣を見た。

 同じ鉄の剣でも、値段の違いには理由があるらしかった。


     *


 商人たちが出発したあと、俺は父と庭へ戻った。

 木剣を渡され、いつもの場所に立つ。


「今日は、前へ進んで止まる」

「振らない?」

「振る前に、足を置く」


 父が手本を見せた。

 前の足が動き、後ろの足がついてくる。剣を構えた上半身は、ほとんど揺れない。


 俺が真似をすると、後ろの足が前の足にぶつかった。


「狭くなっている」


 父が足先を指す。

 置き直す。


 もう一度。

 今度は前へ出すぎた。


 魔法をまとった剣は、まだ遠い。

 俺は土についた自分の足跡を見ながら、何度も同じ動きを繰り返した。


 最後の一回で、父が頷いた。


「今のだ」


 俺も頷いた。

 その形を忘れないよう、すぐには動かなかった。


     *


 翌朝から、水の練習に新しい課題を加えた。

 流れを自分の意思で止める。

 魔力がなくなって止まるのではなく、まだ出せるところで、止める。


 これまでも終わりには止めていたが、手を下ろしたり、別のことへ気を向けたりして途切れさせていた。

 今度は手を伸ばしたまま、送る力だけを細くする。

 最初は水滴がいくつも残った。

 止めたつもりなのに、指先からぽたぽた落ちる。


「まだ出ているわね」


 母が鉢を動かす。


「余ったのが落ちてる」

「戻せるの?」

「……分からない」


 胸から手へ送った力を、逆に動かそうとしてみた。

 水になる前の温かさが、腕の途中で散った。


 戻ったのか、消えたのか。

 数字だけでは分からなかった。

 俺は無理に続けず、板へ印をつけた。

 できるかどうかを確かめることと、できたことにするのは違う。


 数日後には、流れを止めてから落ちる水が、一滴になった。

 さらに練習すると、手の下にできかけた粒も、小さくなって消えた。

 使った魔力は、いつもより少なかった。

 俺は母へ顔を向けた。


「止めるのも、上手くなった」

「ええ。鉢の外も濡れなくなったわ」


 母は布を持ち上げた。

 最近は、水を拭く回数まで記録に加わっていた。


     *


 秋が深まるころ、俺は四歳になった。

 誕生日の夕食には、いつもより大きな肉が皿へ載った。母が焼いた小さな菓子には、蜂蜜が使われていた。


 父からは、新しい練習用の木剣をもらった。

 前のものより少し長く、柄は俺の手に合わせて細くしてある。


「前のは?」

「取っておくといい」

「ソラに貸しても?」

「振り回さない約束ができるならな」


 俺は頷いた。

 きっと最初は、別にいらないと言う。

 そう思うと、少し笑ってしまった。


 マルクからは、綴じた薄い帳面をもらった。

 板とは違う。紙に書けば、拭いて消さずに残せる。


「練習の記録にお使いください」

「いいの?」

「そのために用意いたしました。ただし、炭では紙が汚れますので、こちらもお教えします」


 小さなインク壺と、削った筆記具が机に置かれた。

 父がそちらを見て、少し眉を上げる。


「ずいぶん奮発したな」

「板を三枚並べて、先月の数字を探しておいででしたから」


 マルクは何でもないように答えた。

 俺は帳面の端を撫でた。


 前の人生なら、安いノートを何冊も買えた。

 ここでは、俺の記録を残すために、誰かが紙を用意してくれた。


「ありがとう」


 顔を上げて言うと、マルクは静かに頭を下げた。


     *


 その夜、最初の一枚へ名前を書いた。

 ユウ・レインフォード。

 まだ字は揃わないが、読める。


 次に、自分の手へ意識を向けた。


【個人レベル:1】

【職業:未定】

【魔力:26/26】

【火魔法:1】

【水魔法:2】

【魔力制御:2】


 読めたものから写していく。

 固有スキルの名も書いた。


【継路眼:1】


 魔法が育っても、こちらの数字は変わっていない。

 見るだけでは駄目なのか。それとも、使っている回数が足りないのか。

 父に聞いてみたいが、父もこの技能のことは知らない。

 神殿なら分かるのだろうか。

 考えながら、文字へもう一度目を向けた。

 継路眼の下に、薄い線がある。

 これまで、ぼやけて読めなかった場所だった。

 今日は一部分だけ、形が分かった。


【派生――】


 俺は筆記具を置いた。

 胸が少し速くなる。

 ロルフが話した火刃士。

 剣士から、別の職業へ進むこと。

 派生という言葉は、それと関係があるのだろうか。


 続きを読もうとすると、目の奥が重くなった。

 俺はすぐに視線を外した。

 まだ、読めない。

 ただ、以前には分からなかった言葉が、一つ増えた。


 帳面の端へ、見えたところだけを書いた。

 その下に、もう一行。


 剣と魔法を、一緒に使う。


 インクが乾くまで待ってから、帳面を閉じた。

 明日はカイとソラが来る。

 新しい木剣を見せよう。

 水も、杯の半分近くまで出せるようになったところを見てもらおう。

 そのあと、二人にも聞いてみたかった。


 これから、何ができるようになりたいか。

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