↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失われた職業を継ぐ者  作者: 陸海空
5/19

第5話 こぼれる力

 父との剣の稽古は、木剣を握るところから始まった。

 右手を鍔の下へ置き、その下に左手を添える。俺の手では柄が余った。父は指の位置を直し、少し離れて立った。


「持ち上げてみろ」


 俺は頭の上へ木剣を上げた。

 父がすぐに近づいてきた。


「肩まで上がっている。力を抜いて」

「抜くと落ちる」

「落ちないくらいでいい」


 水魔法でも似たことを言われた。

 力を入れるのは簡単なのに、ちょうどよくするのは難しい。

 父が俺の肘を下げ、両手の位置を少し前へ動かした。

 それだけで、持っているのが楽になった。


「ここから、ゆっくり下ろす」


 言われたとおりに振る。

 木剣の先が地面へ向かい、身体まで前に引っ張られた。父の手が胸に当たり、倒れる前に止まる。


「最後まで一緒に落ちなくていい」

「分かってる」

「身体にも教えなければな」


 父は笑い、俺を元の位置へ戻した。

 その朝に振ったのは、五回だけだった。


     *


 水魔法の方は、相変わらず鉢の底を濡らす程度だった。

 最大魔力は七。

 一度使うと二か三減る。失敗した日には、四減ることもあった。


 同じくらいの水しか出していないのに、減り方が違う。

 俺はそれが気になっていた。


 母の針仕事の横で、いつもの鉢へ手を伸ばす。

 力を集める。水を思い浮かべる。透明な粒が生まれかけ、途中で消えた。


 もう一度。

 今度は一滴落ちた。


【魔力:4/7】


 母が鉢を覗いた。


「今日は一滴ね」

「途中で消えた」

「昨日より難しかった?」

「……同じつもりだった」


 俺は自分の指を見た。

 水にならなかった力は、どこへ行ったのだろう。

 失敗した分も減っている。

 なら、今の俺は水を出す以外のことに、かなり使っているのかもしれない。

 俺は母へ顔を向けた。


「明日は、もっと小さく出してみたい」

「今より?」

「うん。落ちなくてもいいから」


 母は少し考え、頷いた。


「疲れないうちに終わるならね」


     *


 次の日、俺は水滴を大きくしようとするのをやめた。

 手の下に透明な粒が見えたところで、送る力を少し弱くする。


 粒が消えた。


 弱すぎたらしい。

 俺は一度手を下ろし、息を吐いた。

 母が縫う手を止めた。


「続ける?」

「もう一回だけ」


 今度は、力を少しずつ送った。

 粒が見えても、すぐには増やさない。手のひらの下に、小さな光が留まる。

 水だった。

 落ちそうで落ちない。

 嬉しくなって指を動かした途端、粒が指先へ触れ、手の甲を伝って流れた。


「あ」


 母が布を差し出した。

 俺は手を拭きながら数字を確かめる。


【魔力:5/7】


 二減っていた。

 一度失敗して、もう一度作った。それでも昨日より少ない。

 俺は枕元の板を取りにいこうとして、母に袖を掴まれた。


「まず鉢を片づけてから」


     *


 それから、板に数字だけでなく、小さな印をつけるようになった。

 水が出たら丸。

 途中で消えたら斜めの線。

 出た量は、滴の数で書く。

 文字を習う時間に、それを見たマルクが眉を上げた。


「これは何の帳面ですか」

「魔法の練習」

「こちらの数字は?」

「使う前と、使ったあと」


 マルクは板を手に取り、俺を見た。


「何を数えておいでで?」


 俺は黙った。

 曖昧に答えても、たぶん次を聞かれる。マルクは俺が数字を一つ飛ばして書いただけでも気づく人だった。


「……力の残りが、見える」


 言ってから、胸が少し速く動いた。

 マルクは笑わなかった。

 板を机へ置き、俺の前へ椅子を寄せる。


「どこに見えますか」

「手を見ると。いつもじゃないけど」

「今も?」

「見ようとすれば」


 自分の手へ意識を向けた。

 薄い文字が浮かぶ。


【魔力:7/7】


「七。全部で七で、今も七」


 マルクはしばらく俺の手を見ていた。

 彼には何も見えていないらしい。


「ほかにも、見えるものはありますか」


 俺は頷いた。

 職業。スキル。自分の名前。

 継路眼という、知らない言葉。


 話し終えるまで、マルクは一度も遮らなかった。

 それから立ち上がり、戸口へ向かった。


「お父様にも、お話しいただけますか」


     *


 父と母が来ると、俺は同じことをもう一度話した。

 最初に父の肩へ文字が浮いたこと。読もうとして目が痛くなったこと。最近は、少しずつ読めるようになったこと。

 父は途中で椅子に座った。

 母は俺のそばへ来て、目元を見た。


「今も痛くなるの?」

「長く見たら」

「それは先に言ってほしかったわ」


 声が少し厳しくなった。

 俺は膝の上の手を見た。


「ごめんなさい」


 母が俺の髪を撫でた。

 父はマルクの置いた板を眺めていた。


「私には、何と出る」

「剣豪。火魔法が一」

「……ほかは?」

「まだ、読めないところがある」


 父とマルクが目を合わせた。


「神殿で確かめたものと同じですな」


 マルクが言った。

 俺は顔を上げた。


「みんな、知ってるの?」

「自分の職業や、主な技能ならな。神殿にある鑑定盤で調べられる」


 初めて聞く話だった。

 俺だけに見えるからといって、この世界で誰も知らないものではなかったらしい。


「魔力も?」

「大きな神殿なら、調べられるそうだ。ここからでは遠い」


 父は俺の板を指した。


「それが正しいか、少し確かめよう。痛くなるまで見る必要はない。見えないときは、見えないと言いなさい」


 俺は頷いた。

 母が鉢を持ってきた。


     *


 まず、使う前の数字を言った。

 七。


 次に、小さな水滴を一つ作る。

 力を一気に送らず、粒が見えたところで、その形が消えないくらいに保つ。

 水が鉢へ落ちた。


「六」


 マルクが板に書いた。

 俺は鉢を見た。

 一しか減っていない。


「昨日も、同じくらい出した?」

「うん。でも二、減った」

「その前は?」

「三」


 マルクが以前の記録を並べた。

 父は鉢の水と板を見比べる。


「同じ一滴でも、使う力が違うのか」

「前は、途中で消えてた」

「今日は?」

「消えないように、少しずつ送った」


 父が頷いた。


「剣を握るときにも、必要以上に力を入れていたな」

「魔法も?」

「似たところはありそうだ。私も、覚えたころより楽につけられる」


 俺は手のひらを開いた。

 増やすことばかり考えていたが、こぼさずに使えば、今ある七でもできることが増える。


「残り、六ある」

「ああ」

「もう一滴なら、出していい?」


 父は母を見た。

 母が俺の手に触れ、顔を確かめてから頷いた。

 次の一滴でも、一減った。

 その日はそこで終わったが、俺は板を見ながら、何度も六と五を指で辿った。


     *


 練習の決まりが、少し変わった。

 一度使ったら、残りを確かめる。

 必ず力を残し、眠気や手の震えが出たら、数字に余裕があってもやめる。


 母は記録を一緒につけてくれた。

 父は俺の言う数字を聞きながら、回数を少しずつ増やした。

 カイとソラにも、そのほかの村の人にも、文字のことはまだ話さないようにと言われた。


「どうして?」

「その力で何が分かるのか、私たちにもまだ分からんからだ」


 父は俺の板を返した。


「聞かれても答えられないことまで、答えを期待される。まずは、お前自身が扱い方を覚えなさい」


 俺は頷いた。

 人の文字を見るときには、相手が嫌がることをしないようにも言われた。

 マルクは帳面を読まれるのと似たものかもしれません、と付け加えた。

 見えるからといって、何でも覗いていいわけではない。

 俺は、自分の手と水の記録から確かめていくことにした。


     *


 半月ほどすると、水は滴ではなく、細い筋になって落ちるようになった。

 長くは続かない。糸のような流れが一息ほど伸びて、途切れる。

 鉢の底に溜まった水を、母が傾けた。


「今日は、目で見ても増えたわね」


 俺は数字を確かめた。

 二減っていた。

 前は、失敗しながら数滴出すだけで三減った。

 今は二で、何滴あるのか分からない量が出ている。


【水魔法:2】


 新しい数字も見えた。

 さらに目を向けると、別の行が浮かぶ。


【魔力制御:1】


 俺は慌てて母を呼んだ。

 写す前に消えそうだったので、声に出して覚える。


「制御。魔力制御って出た」

「新しい技能?」

「たぶん」


 母は針を布へ刺し、板を取ってくれた。

 文字を書きながら、俺はさっきの感覚を思い出していた。

 水にする力を、少しずつ送り続ける。

 強すぎれば散る。弱すぎれば消える。

 その間を探すことが、技能になったのかもしれない。


     *


 季節が春から夏へ移るころ、最大魔力は十二になっていた。

 七から八へ増えるまでは長かったが、そのあとは十日ほどで九になり、次には八日で十になった。


 毎回同じ速さではない。

 それでも、板に並ぶ数字は確かに増えていた。


 父と母が許してくれる練習量も、少しずつ増えた。

 朝に使い、昼寝のあとに確かめる。十分に戻っている日だけ、午後にも使う。

 水が安定して出るようになると、失敗して力を失うことが減り、その分、流れを長く保つ練習ができた。


 その日の朝、俺は鉢へ細い水を落とした。

 途中で止めず、同じ太さを保つ。


 手のひらの下で水が揺れる。

 鉢の底に広がり、土色だった内側が、光を映し始めた。


「ユウ、そこまで」


 母の声で、流れを止めた。


【魔力:5/12】


 残りは五。

 頭も痛くない。手も震えていなかった。


 母が小さな杯を持ってきた。

 鉢の水を移すと、底から少し上まで溜まった。


 杯一杯には、まだ遠い。

 それでも、最初の二滴とは比べものにならなかった。


「どこへやる?」

「窓の花」


 母が育てている鉢だった。

 俺は両手で杯を持ち、運んだ。半分ほどを土にかけ、残りは母に手伝ってもらう。


 黒く湿った土を見ていると、後ろから父が声をかけた。


「水やりが終わったら、庭へ来なさい」

「剣?」

「今日は、足の置き方だ」


 俺は空になった杯を母へ渡した。

 魔法の力は増えている。

 木剣も、前よりふらつかずに持てる。


 その二つを一緒に使えたら、と俺は思った。

 父のところへ歩きながら、いつものように胸の力へ意識を向ける。

 足が止まった。


「どうした?」

「……歩くと、分からなくなる」


 父は少し首を傾げたあと、俺の手元を見た。


「魔法のことを考えていたのか」

「うん」

「まずは歩きなさい」


 俺は力を探すのをやめ、父の前まで進んだ。

 父が木剣を渡してくれる。


「一つできるようになったら、次は二つ一緒にできるようにする。だが、先に一つずつだ」


 俺は柄を握った。

 以前より少しだけ力を抜き、足を開く。


 父の言葉を聞きながら、明日の水の練習を考えた。

 まずは、立ったまま。

 それができたら、一歩だけ。


 鉢を持つ母には、また相談しなければならなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。