第18話 見えるようになったもの
誕生日の菓子は、俺が戻ったころには四つに分けられていた。
大きさは揃っていない。
一番大きなものの前に、ソラが座っている。
「遅い」
俺を見つけると、彼は皿を少し引いた。
「待ってた?」
「待ってた。だから、これ俺の」
ルナが向かいから指を伸ばす。
「それ、ユウのだよ。誕生日なんだから」
「分けたの、俺だし」
「じゃあ、ちゃんと分けて」
カイは二人の間で、自分の菓子を眺めていた。
俺が椅子へ座ると、皿を少し寄せてくれる。
「俺の、少しあげる」
「大丈夫。これでいい」
残っていた菓子を取った。
小さかったが、蜂蜜はたっぷり塗られていた。
四人で食べ始める。
口へ入れると、ようやく誕生日の午後へ戻ってきた気がした。
だが、頭の中には手紙が残っている。
三週間後。
継承核が売られる。
*
「また、どこか行く?」
ルナが聞いた。
俺は顔を上げた。
「どうして?」
「お父さんたち、さっきから地図見てる」
窓の向こうでは、父とマルクが書斎へ荷物を運ばせていた。
旅の準備に使う箱だった。
「西の町へ行くかもしれない」
「遺跡?」
「町。なくなったものが、見つかった」
ソラが菓子を置いた。
「魔法剣士になるための?」
「うん。設備を動かすもの」
「じゃあ、取ってくればいいじゃん」
俺は少し黙った。
「ほかにも、欲しい人がいる」
「先に取れば?」
ルナが言う。
カイは俺の顔を見ていた。
「簡単じゃないんだな」
俺は頷いた。
菓子を持つ手に、少し力が入る。
「まだ、どうするか決まってない」
ソラはしばらく皿を見て、それから俺へ顔を向けた。
「帰ってくる?」
「帰ってくるよ」
「なら、いいけど」
彼は残りの菓子を口へ入れた。
ルナは窓の方を、もう一度見ていた。
*
旅の話が決まるまでに、今の状態を確かめておきたかった。
俺自身だけではなく、三人のことも。
「技能、見てもいい?」
聞くと、カイが頷いた。
ソラは袖口の蜂蜜を拭いてから、手を差し出した。
「今日は、剣もあると思う」
「毎日やってるからね」
ルナは椅子を寄せた。
「私も。どれが見える?」
「見てみないと分からない」
俺は帳面を開いた。
以前から、本人に見せてもいいと言われたものだけ記録している。セレスにも、何でも知ったつもりにならないよう言われていた。
まず、カイへ意識を向ける。
【カイ】
【個人レベル:1】
【職業:未定】
【魔力:22/22】
【剣術:2】
【土魔法:2】
【魔力制御:1】
俺が読み上げると、カイは自分の手を見た。
「剣、二になってる」
「父様が、形が安定したって言ってた」
「土も?」
俺は頷いた。
彼が作った土の盾は、最初より薄くなり、縁も崩れにくくなっている。
大きくはないが、両腕の前へ置いて、小石を受ける練習ができた。
「ちゃんと、増えてるんだな」
カイは静かに笑った。
*
ソラは俺が呼ぶ前に、さらに椅子を寄せた。
【ソラ】
【個人レベル:1】
【職業:未定】
【魔力:19/19】
【剣術:1】
【風魔法:2】
【魔力制御:2】
「ある!」
声が大きかった。
廊下を通ったメラが、食堂へ顔を向ける。
「何がです?」
「剣!」
ソラが答えてから、少し小さくなった。
知らない相手ではないが、勢いよく話しかけられると、まだカイの陰へ寄ることがある。
メラはよく分からないまま笑い、台所へ戻った。
ソラは俺の帳面を覗く。
「カイは二だけど」
「一を取れたんだから、進んでる」
「風は俺の方が高い?」
「カイは土が得意だから」
「ふうん」
不満そうに言いながら、口元は少し上がっていた。
ルナが横から聞く。
「風、もっと強くしないの?」
「弱いのを続ける方が、上手くできる」
「吹き飛ばす方が面白いのに」
「砂が目に入るじゃん」
ソラは本気で嫌そうな顔をした。
強くするより、何が起きるか気にする。
その慎重さは、練習でも変わらなかった。
*
ルナの文字は、三人の中で一番多かった。
【ルナ】
【個人レベル:2】
【職業:未定】
【魔力:12/12】
【剣術:1】
【弓術:2】
【狩猟:1】
「レベル、二?」
俺が聞くと、ルナは頷いた。
「父ちゃんと、角兎を狩ったとき」
「魔物?」
「小さいの。逃げるの速いよ」
カイが目を丸くした。
「倒したの?」
「弓で当てた。最後は父ちゃん」
ルナは両手で弓を引く形を作った。
指の動きが、俺たちが木剣を構えるときとは違って自然だった。
ソラが椅子へ背をつける。
「怖くない?」
「怖いのもいる」
「じゃあ、行かなきゃいいのに」
「でも、獲物を見つけるの好き」
ルナはそう言って、俺を見た。
「魔法は?」
「今は、表示されてない」
「棒は光るようになったよ」
「まだ、技能として安定してないのかもしれない」
彼女は少し考えた。
「じゃあ、弓をもっとやる」
迷いがなかった。
そのうえで、練習具も貸してと言った。
どちらか一つに決める気はないらしい。
*
「ユウは?」
カイに聞かれ、俺も自分の手を見た。
【ユウ・レインフォード】
【個人レベル:2】
【職業:未定】
【魔力:118/118】
【剣術:3】
【火魔法:2】
【水魔法:3】
【風魔法:3】
【土魔法:2】
【魔力制御:3】
【武器強化:1】
【継路眼:2】
魔力量を読むと、三人が黙った。
「……百?」
ソラが聞き返した。
「百十八」
「俺、十九なのに?」
俺は帳面の最初の方を開いた。
六から始まった記録。
増えたり、しばらく変わらなかったりした数字が並んでいる。
「毎日、使って戻してた。みんなより先に始めたし、昼にも練習してたから」
それだけが理由かは、まだ分からない。
だが、続けた量が違うことは確かだった。
ルナが古い記録へ顔を近づける。
「こんなに書いたの?」
「全部じゃない。紙の前は、板に書いてた」
「よく飽きないね」
俺は少し笑った。
前よりできることが増えると、次も試したくなる。
その繰り返しだった。
カイは、俺の木剣へ目を向けた。
「じゃあ、剣も父さんより上?」
「それは違う」
俺はすぐに首を振った。
「父様には、全然当てられない」
*
ちょうど父が食堂へ来たので、技能を詳しく見せてもらえないか聞いた。
父は三人の顔を見て、俺の帳面へ目を落とす。
「比べていたのか」
「今、どれくらいなのか知りたくて」
「見ていい。ただし、数字で全部が分かるわけではないぞ」
父が椅子へ座った。
俺は意識を向ける。
【アーヴィン・レインフォード】
【個人レベル:24】
【職業:剣豪】
【魔力:160/160】
【剣術:7】
【武器強化:5】
【魔力制御:4】
【火魔法:1】
読んでいる途中から、胸が少し高鳴った。
剣術七。
俺の三とは、数字だけでも遠い。
「剣豪って、いつなったの?」
父は袖口を直した。
「お前が生まれる前だ。国境の討伐に出ていたころ、候補が開いた」
「神殿で?」
「ああ。領外の大きな神殿で選んだ。ここの近くでは扱っていなかったからな」
ルナが身を乗り出す。
「七なら、すごく強い?」
「剣には慣れている」
父は控えめに答えた。
俺は首を振った。
「セレスが、七から八は名手だって」
父は少し困った顔をした。
ソラはその顔を見てから、俺へ振り向く。
「じゃあ、旅は安心じゃん」
父がすぐに答えた。
「油断すれば、怪我をする。どの職業でも同じだ」
*
庭で、違いを見せてもらった。
父は普通の木剣を持つ。
武器強化も使わない。
俺は構え、一歩進んだ。
届く場所へ入ったはずだった。
振り下ろす前に、父の木剣が俺の柄へ触れた。
両手が横へ流れる。
足を踏み直したところで、肩を軽く叩かれた。
「もう一回」
今度は、すぐに振らず待った。
父の手元を見る。
動いたと思った瞬間、木剣の先が俺の胸へ来ていた。
触れる前に止まる。
速かった。
だが、速さだけではなかった。
俺が見ている場所とは別のところから、剣が来る。
こちらが動く前に、動きにくい場所へ足を置かれる。
「数字が高ければ、力任せに振ると思ったか」
父が聞いた。
俺は首を振った。
「……どこに来るか、分からない」
「こちらは、お前がどこを見ているか分かる」
父は木剣を下ろした。
俺は自分の構えを見た。
魔法剣士になっても、この剣へ届くには、まだ練習が要る。
*
夕方、三人が帰ったあと、俺は城塞騎士の記録を開いた。
カイの土の盾。
守るために強くなりたいという言葉。
継路眼二で、本人の状態から道を調べられるようになっていた。
ただ、記録の条件と、実際にできていることの関係は、まだ曖昧だった。
技能の数字が足りていても、実技を満たさない。
数字がなくても、ルナは練習具を光らせられる。
その間に何があるのか、知りたかった。
俺は円盤へ意識を向けた。
自分の魔法剣士の経路を開く。
【技能条件:達成】
【基礎職業選択:未実施】
【実技条件:未達成】
いつもの表示だった。
俺は、実技条件へさらに意識を向けた。
何が足りないのか。
目の奥へ、軽い重さが来る。
無理に読もうとせず、帳面の記録を思い出した。
構えるときは保てる。
歩いても保てる。
振る瞬間、水が落ちる。
そのとき、文字が変わった。
【継路眼:3】
俺は息を止めた。
【継承経路分析:解放】
【実技阻害要因:魔力配分の偏り】
さらに、その下へ短い説明が現れた。
【武器強化への出力集中により、維持術式への供給が中断しています】
俺は自分の手を見た。
剣を振る瞬間、力を入れ直していた。
剣へ通す魔力も、それにつられて増やしていたのか。
正解の技を与えられたわけではない。
ただ、失敗している場所が、初めて見えた。
俺は帳面へ書いた。
剣を振るときも、送る量を変えない。
*
父へ報告しようと書斎へ向かうと、中からマルクの声が聞こえた。
「領主様が直接ヴァルデンへ向かわれるのですか」
「代理だけでは、話が遅れる。核の回収については、私がその場で判断する」
「購入になる場合、出せる額には限りがございます」
足が止まった。
盗まれたものなのに、金の話になっている。
「セレスも、今の出品者が盗品と知っているかは不明だと書いている。競売前に止められるか、商会へ証拠を出す」
「南の伯爵家は?」
「こちらの領内から持ち出されたものだと、正式に知らせる」
父の声は、庭の稽古と同じくらい落ち着いていた。
俺は戸を叩いた。
呼ばれて入り、継路眼が三になったことを話す。
父は帳面を読み、頷いた。
「明日の朝、試してみよう」
「旅は?」
「私と一緒に来てほしい。商会で核を確かめるには、お前の力が必要になるかもしれない」
俺は頷いた。
父は机の上の箱を閉じる。
「出発は明後日だ」
そのとき、マルクが小さな封書を差し出した。
父宛てではなかった。
「今の便に、こちらもございました」
宛名を見る。
ユウ・レインフォード。
セレスの字だった。
開くと、一枚の紙と、細い金属の欠片が入っていた。
紙には短く書かれている。
『エドガーから、あなたに見せてほしいと預かったものです。北の核に取りつけられていた部品だと言っています。私は、手紙に同封された図を読むための鍵だと考えています』
父が図を広げた。
核の表面に似た、細い線と円が並んでいる。
俺は金属の欠片を見る。
継路眼へ意識を向けた。
【継承核識別片】
【機構改変記録:あり】
続きを読む。
父とマルクが、俺の声を待っていた。
【遠隔命令受信経路:追加】
【職業付与対象への接続を要求】
意味が、すぐには分からなかった。
誰へつながるのか。
問いかけると、新しい文字が浮かぶ。
【対象:本核を使用して職業を選択した者】
俺は、父を見た。
核を戻せば、職業を選べる。
そう思っていた。
だが、誰かがその仕組みに、別の道をつけ足していた。




