第15話 選ばなかった職業
「何ができるようになりたい?」
彼は木剣の柄を握り直した。
「魔物を追い払えるようになりたい」
「剣で?」
「剣でも、ほかでも」
カイは少し考え、続けた。
「父ちゃんが畑から帰るの、遅いときがある。森の方で音がしたら、みんなで見に行くから」
俺は父から聞いた話を思い出した。
見回る人も、耕す人も、同じ村の人間だ。
「俺が追い払えたら、父ちゃん、畑をやってられる」
カイは簡単に言った。
その横で、ソラが木剣の先を地面へつける。
「俺は、来る前に分かる方がいい」
「魔物が?」
「近くに来てから分かったら、怖いじゃん」
俺は二人を見た。
同じ魔物の話をしていても、考えることは違う。
遠くから分かる人。
近づいたものを止める人。
*
俺はカイに、技能を見てもいいか聞いた。
文字のことを、詳しく説明するのは初めてだった。
「俺の手に、字があるの?」
カイが両手を裏返す。
ソラも隣から覗いた。
「ないよ」
「見える字じゃない。俺が見ると、出る」
「どういうこと?」
「俺にも、まだ全部は分からない」
それは本当だった。
俺は自分の魔力と、水魔法の数字を例にして話した。
カイはしばらく手を見てから、こちらへ向けた。
「いいよ」
「俺は?」
ソラがすぐに聞いた。
「ソラも、見ていいなら」
「カイのあと」
順番まで、自分で決めた。
俺はカイへ意識を向けた。
以前より、文字がはっきり見える。
【職業:未定】
【剣術:1】
【土魔法:1】
その下に、新しい表示が浮いた。
【継承経路照会】
【剣士】
【魔法士】
俺は二つの名前を読み上げた。
「剣士になれる?」
カイの声が弾んだ。
俺は頷きかけ、止めた。
「候補に出てる。まだ、どうやってなるかは……」
選んだ名前へ意識を向けると文字が増えた。
【職業選択:鑑定・継承設備で実施】
ここでは、選べない。
継路眼が見せているのは道だった。そこを歩いたことにしてくれるわけではない。
「神殿みたいなところで、選ぶんだって」
俺が言うと、カイは頷いた。
ソラが自分の手を差し出す。
「次、俺」
*
ソラにも、風魔法一が見えた。
本人へ伝えると、彼は何度も羽根を動かせた日の話をした。
「だから、できてたんだよ」
「うん」
「毎回じゃないけど」
「練習すれば、安定する」
剣術は、まだ表示されなかった。
言うか迷ったが、ソラの方から聞いてきた。
「剣は?」
「まだ出てない」
「カイにはあるのに?」
声が尖った。
カイが自分の木剣を見た。
「俺、家でもやってる」
「俺も」
「父ちゃんが、ときどき見てくれる」
ソラは黙った。
俺は庭の丸太を指した。
「今度、父様に一緒に見てもらおう」
「……うん」
彼は木剣を持ち上げた。
数字を知ることは、嬉しいだけではないらしかった。
俺も、勝手に上手い下手を決めないようにしなければならない。
ソラが毎日何をしているかを、全部見ているわけではないのだから。
*
セレスが戻ってきたのは、昼を少し過ぎてからだった。
父と、二人の兵も一緒だった。
馬の背には、長い箱が載っている。
怪我人はいない。
門のところでそれを確認すると、俺は箱へ目を向けた。
「借りられた?」
セレスが頷いた。
「十二組全部。貸与の記録も、ちゃんと残ったわ」
父と兵が箱を運び、庭の机へ置いた。
蓋が開く。
中には、短い棒と、平たい板が並んでいた。
棒は木に似ているが、表面に細い銀色の線が通っている。板には丸い溝があり、端に小さな石が嵌まっていた。
剣ではなかった。
だが、俺はがっかりしなかった。
柄から刃へ力を通す前に、これで練習できる。
「ただし、無理に流し込まないこと」
セレスが一本取り出した。
「力が通ったかどうか、見える道具よ。壊すほど送る必要はない」
彼女が棒を握る。
銀色の線に、淡い光が走った。
根元から、先へ。
水を作るときには見えない魔力の流れが、目の前に現れていた。
*
俺の番になると、光は握った場所にしか出なかった。
棒の先へ送ろうとしても、指のところで散る。
「手の中から、道具の中へ」
セレスが言った。
俺は水を作るときの感覚を思い出しかけ、やめた。
何かに変えるのではない。
そのまま流す。
前の人生で見た、透明な管を思い浮かべた。
中を通るものが、途中で漏れずに先へ届く。
銀色の線が、少し伸びる。
「そう。今、どこまで行った?」
俺は光の止まった場所を見る。
「半分くらい」
「そこから先へ、同じ太さで」
力を増やすと、根元が明るくなった。
先には進まない。
俺は弱めた。
光の端へ意識を向け、途切れた先をつなぐつもりで送る。
線が、ゆっくり伸びた。
先端へ届く。
小さな石が、一度だけ青く光った。
「届いた」
声にすると、棒の光が消えた。
セレスは頷いた。
「次は、話しても消えないように。これを動かしながら保てるようになれば、武器へ通す練習も始められる」
俺は棒を見た。
まだ武器強化ではない。
けれど、足りなかったものへ、手が届き始めていた。
*
カイは、光を伸ばすのに時間がかかった。
その代わり、一度つながると、俺より長く保った。
ソラは最初から強く握りすぎた。
根元が明るくなり、指を離すと、驚いたようにこちらを見る。
「これ、俺がつけた?」
「うん」
俺が答えると、今度は少しだけ弱く握った。
ルナは椅子から全部見ていた。
包帯は薄くなったが、まだ走れない。
「私のもある?」
セレスが空いた一本を持っていく。
「座ってできる練習よ」
ルナは両手で受け取り、すぐに握った。
何も起きない。
持ち替える。
棒を振ろうとして、セレスに止められた。
「動かす前に、力を感じましょう」
「みんな、光ったのに」
「みんなも、最初は出なかったわ」
ルナは棒を睨んだ。
俺が隣へ座ると、彼女は少し顔を寄せた。
「ユウ、どうやった?」
「手の中が、温かくなるところから」
「どこ?」
俺は自分の掌を示した。
ルナは棒を握り直し、今度はじっと待った。
*
夕方、父とセレスに職業の候補を見た話をした。
カイには剣士と魔法士。
ソラには魔法士。
「自分の候補は?」
父に聞かれて、俺は手を見た。
同じように照会する。
【選択可能職業】
【剣士】
【魔法士】
俺にも、二つあった。
「どっちがいい?」
聞くと、父はすぐには答えず、セレスを見る。
彼女が椅子へ座った。
「何を先に伸ばしたいかによるわね」
「両方」
「なら、選ぶ前に知っておくことがある」
職業には、成長の偏りがある。
剣士なら、剣術や武器強化が育ちやすい。
その代わり、属性魔法の習熟は遅くなる。
魔法士なら、属性魔法と魔力制御が育ちやすい。
剣術は、その逆だった。
「使えなくなるの?」
「ならない。覚えた水魔法も、そのまま。ただ、新しい扱い方を身につけるには、以前より手間がかかるでしょうね」
俺は父を見た。
「父様も?」
「火をつけることは覚えた。だが、それ以上をやる時間は、剣に使ってきた」
父は自分の手を開いた。
「剣士になって、魔法が苦手になった分もあっただろう。とはいえ、職業だけが理由ではない。何を続けたかも大きい」
ロルフの話と、同じだった。
毎日何を使い、何に時間をかけるか。
「未定なら?」
「どちらにも、助けも妨げもないわ」
セレスが答えた。
「基礎を両方育てたいなら、今すぐ選ばなくてもいい」
*
俺は魔法剣士の条件を書いた紙を広げた。
基礎職業は、剣士か魔法士。
そこは、最後には必要になる。
ただ、今選ばなければならないわけではない。
水は三。
剣は一。
風は二。
火と土は一。
まだ、やることがいくつもあった。
「しばらく、未定にする」
俺が言うと、父が頷いた。
「理由は?」
「剣も魔法も、先に基礎を育てたい。魔法剣士の条件に近づいてから、どっちを選ぶか決める」
セレスが紙を覗き込む。
「それなら、目標に合わせた選び方ね。ただ、専門に進んだ人より遅くなるところもある」
「うん」
全部で勝とうとすれば、きっと時間が足りない。
それでも、俺は剣だけにも、魔法だけにも決めたくなかった。
父は紙を俺へ返した。
「では、しばらくは両方だ。剣の方は、私が見る」
セレスが練習具へ手を伸ばす。
「魔力を通す方は、私が」
俺は二人を見た。
選ばなかったことで、進む道が止まったわけではなかった。
*
その夜、セレスは持ち帰った貸与台帳を調べていた。
俺は隣で、練習具の線を帳面へ描いている。
「十二組も、誰が使っていたんだろう」
何となく聞くと、彼女は古い文字の並ぶ板を見た。
「前の記録は、ほとんど読めないわね。これからは、あなたたちが使うことになる」
十二組。
俺たちは四人。
父や、兵にも貸せるだろうか。
武器へ魔力を通せる人が増えれば、森の見回りは少し楽になるかもしれない。
そう考えていると、セレスが手を止めた。
「……こちらは、今の文字ね」
板の端に、小さな傷があった。
古い模様の上から、誰かが刃物で刻んだものらしい。
彼女が灯りへ近づける。
俺にも読めた。
人の名前と、短い日付。
「昔の人?」
聞くと、セレスは首を振った。
「この暦は、今の王国のものよ」
彼女は父を呼んだ。
父が書斎へ入り、板を受け取る。
刻まれていた日付は、去年の秋だった。
父の眉が寄る。
「貸与の記録は、残っていたのか」
「今の貸与は正常だった。でも、古い方は欠けている」
セレスは板の名前を指した。
「誰かが一年前、あの保管庫まで入っている」
俺は黒い端末を見た。
管理者は不在。
道は断絶。
それでも、誰かは中へ入れた。
父は刻まれた名前を、指で隠さずに読んだ。
「エドガー・ベルク」
聞いたことのない名前だった。
だが、父の顔は知っている人の名前を見た顔だった。
「南の領主に仕える、魔道具師だ」
セレスがゆっくり顔を上げる。
「その人は、今どこに?」
父はしばらく黙っていた。
「今年の春、うちにも来た。北の森に、古い石切り場がないかと聞かれた」
俺は机の下で、手を握った。
その人は、石切り場を探していたのだろうか。
それとも、別のものを探していたのだろうか。
机の上の練習具は、十二組揃っている。
ほかの道具がいくつあったかを、俺たちはまだ知らなかった。




