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失われた職業を継ぐ者  作者: 陸海空
14/19

第14話 失われた道の先

 魔法剣士。

 その名前を見たまま、俺は円盤から目を離せなかった。


【再構築条件を表示しますか】


 表示する。

 そう考えると、文字が静かに入れ替わった。


【継承記録照会:魔法剣士】

【基礎職業:剣士、または魔法士】

【剣術:3以上】

【属性魔法二系統:それぞれ3以上】

【魔力制御:3以上】

【武器強化:1以上】

【実技条件:剣技と術式の同時維持】


 俺は一つずつ読み上げた。

 父が机へ近づく。セレスは紙を取り、条件を書き留めた。


「水は、足りてる」


 口にすると、父が俺を見る。


「剣は?」

「一。制御は二。武器強化は、まだない」


 全部が遠いわけではなかった。

 かといって、今すぐ届くわけでもない。

 剣を握って、術を保つ。

 庭で一歩進むだけでも苦労したことを思い出した。

 その下に、もう一行が現れる。


【経路状態:知識継承の欠落】

【施設による職業付与:利用不可】

【条件達成による職業候補解放:可能】

【職業選択・変更:稼働中の継承設備が必要】


「今、何と出た?」


 声を出して読む。

 彼女は同じ言葉を紙へ書き、それから椅子へ腰を下ろした。


「職業そのものが消えたわけではないのね」


     *


 セレスは、書いた条件を机の中央へ置いた。


「火刃士は、今もいるでしょう」

「ロルフが話してた」

「ええ。少なくとも、そういう職業へ進む方法は一部残っている」


 彼女は魔法剣士という名前を指した。


「こちらは、属性を一つに絞っていない。今の魔法剣を使う職業と、どこまで違うのかは、まだ分からないわ」

「なら、失われたのは何だ」


 父が聞いた。

 セレスは条件の並んだ紙を見た。


「まず、この道順ね。何を身につければよくて、最後に何ができれば職業になるのか」


 俺は、自分の練習を思い返した。

 水を出すことしか知らなければ、ずっと量を増やそうとしていた。

 セレスに教わって、初めて作った水を動かす練習を始めた。

 職業も同じなのかもしれない。

 知らなければ、目の前に道があっても進めない。


「条件を知れば、なれる人が増える?」

「増えるかもしれない。ただし、条件を満たすのは本人よ」


 セレスが俺へ紙を寄せた。


「これを読んだだけで、剣術が三になるわけではないでしょう」

「……うん」


 それでも、どこへ向かえばいいかは分かった。

 俺は紙の端へ手を置いた。


「なりたい」


 父はすぐには答えなかった。

 俺の顔を見て、それから条件へ目を落とす。


「なら、明日からの稽古には目的ができたな」


     *


 その夜は、ほかの記録を開かなかった。

 知りたい名前はいくつもあったが、円盤を見続けると文字の縁がぼやけてきた。


 セレスは写した紙を俺の帳面へ挟んでくれた。


「全部を一晩で読まなくていい。百二十八もあるのだから」

「全部、残ってる?」

「そこも調べましょう。欠けている記録があるかもしれない」


 俺は円盤を見た。

 光はもう出ていない。

 今は、模様の刻まれた古い金属にしか見えなかった。

 それが、自分の進みたい道を教えてくれた。


     *


 翌朝、庭へ出ると、ルナが椅子に座っていた。

 足には包帯。膝には毛布。

 村へ戻る前に、オルダにもう一度診てもらうことになったらしい。

 俺を見つけると、手を振った。


「ユウ。剣、持ってる」

「練習する」

「私も」


 俺は包帯へ目を向けた。

 ルナはすぐに足を毛布の下へ隠した。


「座ってならできる」

「お父さんに聞いて」

「今、馬を見てる」


 俺は自分の木剣を渡さず、丸太の前へ立った。

 ルナが椅子の上で身体を揺らす。


「見てるだけ?」

「足が治ったら」


 それは彼女にも分かっていたのだろう。

 少し黙り、それから俺の構えを見た。


「もっと前」

「何が?」

「足。さっきより狭い」


 俺は足元へ目を落とした。

 確かに、少し寄っていた。

 置き直すと、ルナが頷いた。


「父ちゃんが、弓のときに言う」

「弓、使うの?」

「小さいの。まだ遠くには当たらない」


 俺は木剣を下ろした。

 ルナは丸太を見ている。


「あれなら、近い」


 怪我をしていても、何ができるか探している。

 昨日、石の番兵の前で座り込んでいた子と、同じ子なのに。


「治ったら、カイとソラもいる日に来れば」

「その二人、強い?」

「カイは、俺より剣が上手い」

「ユウより?」


 ルナが俺を見る。

 その顔は、意外そうだった。


「俺は魔法も練習してるから」

「じゃあ、それも見たい」


 予定が、一つ増えた。


     *


 父とセレスは、朝食のあとに話し合った。

 俺も呼ばれ、書斎の椅子へ座る。

 継承院へは、もう一度行く。

 ただし、冬の間に建物全体を調べることはしない。


「まず、番兵が襲う条件と、通れる範囲を確かめる」


 父が地図へ指を置いた。


「それから崩れた壁を塞ぐ。猟師の子供が入り込めるままにはしておけん」

「内部の記録と、装置の状態も見たいわ」


 セレスが言った。


「西側の区画だけなら、雪の前に調べられるかもしれない」


 俺は円盤を見た。


「これも、持っていく?」

「いいえ。あなたと屋敷に残す」


 父の返事は早かった。


「前と同じように、案内を頼みたい」

「うん」


 今度は、何ができるか少し分かっている。

 通行登録。道の表示。守る相手の確認。

 セレスは俺の前へ、施設の写しを置いた。


「出発までに、円盤の説明も見ておきましょう。現地でしかできないことと、ここからできることを分けたいの」


 俺は頷き、黒い端末へ意識を向けた。


     *


 救援が終わった端末には、別の項目が出るようになっていた。


【施設案内】

【継承記録参照】

【設備状況照会】


 俺は設備の状態を選んだ。

 いくつもの文字が現れる。


【警戒機構:一部稼働】

【保護区画:稼働】

【職業付与設備:停止】

【実技試験区画:停止】

【保管庫:封鎖】


 セレスが書き留める。

 俺は保管庫という言葉へ目を向けた。


 何があるのだろう。


【保管区分】

【訓練具】

【職人用具】

【施設補修資材】

【貸与台帳:照会可能】


「職人の道具もある」


 父がこちらを見た。


「剣の施設ではないのか」

「いろんな職業があるから?」


 俺がセレスを見ると、彼女は頷いた。


「城塞騎士だけでなく、魔導工匠もあったでしょう。技術を教えるなら、作業する場所と道具も要るはずよ」


 俺はもう一度、文字へ向き直った。

 貸与台帳。

 貸していた道具の記録らしい。


 開いてみる。


 読めない名前もあった。

 欠けた文字の並ぶ行もある。

 だが、一つの項目ははっきり見えた。


【魔力伝達練習具:十二組】

【貸与条件:指導者登録】

【所在:西側保管庫】


 俺は声に出した。


 セレスが紙から顔を上げる。


「魔力を、物へ通すための練習具かもしれない」

「武器強化も?」

「同じ基礎が使える可能性はあるわ」


 俺は魔法剣士の条件を思い出した。

 足りないものの一つ。

 武器強化。


 ただ、庭の木剣へ無理に流すより、練習するために作られた道具があるなら、その方がいい。

 父も同じことを考えたらしかった。


「使える状態なら、借りられるか調べよう」


     *


 指導者登録は、端末で照会できた。

 俺が項目を開くと、セレスの名前を選べと出る。

 前の救援で登録した情報が残っていた。

 彼女が石へ指を置き、少量の魔力を送る。

 青い光が、指先から溝へ流れた。


【指導者資格照合】

【該当:属性魔法基礎】

【該当:魔力操作基礎】

【登録可能】


 俺はセレスへ伝えた。

 彼女は小さく笑った。


「古代の施設から、基礎を教えていいと言われるとはね」


 登録を進めると、施設案内の地図に、小さな緑の印が灯った。

 西側の入口から、短い通路を進んだところだ。


【基礎訓練室】

【保管庫貸与窓口】


 救援のときに使った部屋の近く。

 石の番兵がいる中央を通らずに行ける。

 俺は父を見る。

 父が地図を確かめ、頷いた。


「次の調査の目的が、一つ決まったな」


 セレスは地図へ印を写しながら言った。


「うまく借りられれば、私がここにいる間に使い方まで教えられる」


 胸が弾んだ。未知の職業へ進む条件。

 それを学ぶための道具。

 今まで別々だったものが、一本につながり始めていた。


     *


 午後、カイとソラが来た。

 庭へ入った二人は、椅子に座ったルナを見て止まった。


「誰?」


 ソラが俺へ聞いた。


「ルナ。昨日、遺跡から戻ってきた」

「石の兵がいたとこ?」


 カイが目を丸くする。

 ルナは頷いた。


「大きかった。ここの門くらい」

「そんなに?」


 俺が聞くと、彼女は両手を広げた。


「とにかく、大きかった」


 ソラは庭の門を見た。

 それから、ルナの椅子から少し離れて立つ。


「また行くの?」

「父ちゃんが、駄目だって」

「行かない方がいいよ」


 ルナはソラを見た。


「ユウなら、入れるようにしてくれる」

「……そうなの?」


 ソラが俺を見る。

 俺は首を振った。


「勝手には行かない」

「じゃあ、私も待つ」


 ルナは簡単に言った。

 さっきまで父親の目を盗んで木剣を借りようとしていたのに。

 ソラが俺の隣へ来た。


「今日は水、やる?」

「うん」

「俺が鉢持つ」


 ルナが椅子から手を上げる。


「私もできる」

「足、怪我してるじゃん」

「座って持つ」

「俺、前から持ってるから」


 カイが俺を見た。

 俺もカイを見た。


 遺跡の道より、こちらの順番を決める方が難しそうだった。


     *


 その夜、俺は一人で円盤を眺めた。

 読み続けないよう、今日は一つだけと決めていた。

 魔法剣士の条件は、もう写した。

 次に見たかったのは、城塞騎士だった。


 カイが、石の兵の話を聞いたときに言ったことを覚えている。

 盾を持っていても痛そうだ、と。

 守るために強くなる職業なら、彼は興味を持つだろうか。


【継承記録照会:城塞騎士】


 文字が現れる。

 今度も技能や経験の条件が並んだ。

 盾術。土魔法。武器強化。

 そして、指定された場所を守り抜く実技。


 俺は帳面へ写しながら、ふと気づいた。


 これは、俺だけのための道ではない。

 カイにも。

 ソラにも。

 まだ会ったことのない職人や、村で働く人にも。


 条件を知れば、今まで届かなかったところへ進めるかもしれない。

 そのとき、視界の端で文字が変わった。


【継路眼:2】


 俺は筆を止めた。

 円盤の文字が薄れ、その上に新しい案内が浮かぶ。


【個体別継承経路照会:解放】


 意味を確かめようとすると、短い説明が現れた。


【観測対象の現状から、継承可能な経路を照会できます】


 俺は帳面へ目を落とした。

 写した城塞騎士の条件。

 カイの土魔法。

 彼が毎日続けている剣の練習。


 明日、本人に聞いてみよう。

 何ができるようになりたいか。

 今度は、その答えの先にある道まで、探せるかもしれなかった。

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