第14話 失われた道の先
魔法剣士。
その名前を見たまま、俺は円盤から目を離せなかった。
【再構築条件を表示しますか】
表示する。
そう考えると、文字が静かに入れ替わった。
【継承記録照会:魔法剣士】
【基礎職業:剣士、または魔法士】
【剣術:3以上】
【属性魔法二系統:それぞれ3以上】
【魔力制御:3以上】
【武器強化:1以上】
【実技条件:剣技と術式の同時維持】
俺は一つずつ読み上げた。
父が机へ近づく。セレスは紙を取り、条件を書き留めた。
「水は、足りてる」
口にすると、父が俺を見る。
「剣は?」
「一。制御は二。武器強化は、まだない」
全部が遠いわけではなかった。
かといって、今すぐ届くわけでもない。
剣を握って、術を保つ。
庭で一歩進むだけでも苦労したことを思い出した。
その下に、もう一行が現れる。
【経路状態:知識継承の欠落】
【施設による職業付与:利用不可】
【条件達成による職業候補解放:可能】
【職業選択・変更:稼働中の継承設備が必要】
「今、何と出た?」
声を出して読む。
彼女は同じ言葉を紙へ書き、それから椅子へ腰を下ろした。
「職業そのものが消えたわけではないのね」
*
セレスは、書いた条件を机の中央へ置いた。
「火刃士は、今もいるでしょう」
「ロルフが話してた」
「ええ。少なくとも、そういう職業へ進む方法は一部残っている」
彼女は魔法剣士という名前を指した。
「こちらは、属性を一つに絞っていない。今の魔法剣を使う職業と、どこまで違うのかは、まだ分からないわ」
「なら、失われたのは何だ」
父が聞いた。
セレスは条件の並んだ紙を見た。
「まず、この道順ね。何を身につければよくて、最後に何ができれば職業になるのか」
俺は、自分の練習を思い返した。
水を出すことしか知らなければ、ずっと量を増やそうとしていた。
セレスに教わって、初めて作った水を動かす練習を始めた。
職業も同じなのかもしれない。
知らなければ、目の前に道があっても進めない。
「条件を知れば、なれる人が増える?」
「増えるかもしれない。ただし、条件を満たすのは本人よ」
セレスが俺へ紙を寄せた。
「これを読んだだけで、剣術が三になるわけではないでしょう」
「……うん」
それでも、どこへ向かえばいいかは分かった。
俺は紙の端へ手を置いた。
「なりたい」
父はすぐには答えなかった。
俺の顔を見て、それから条件へ目を落とす。
「なら、明日からの稽古には目的ができたな」
*
その夜は、ほかの記録を開かなかった。
知りたい名前はいくつもあったが、円盤を見続けると文字の縁がぼやけてきた。
セレスは写した紙を俺の帳面へ挟んでくれた。
「全部を一晩で読まなくていい。百二十八もあるのだから」
「全部、残ってる?」
「そこも調べましょう。欠けている記録があるかもしれない」
俺は円盤を見た。
光はもう出ていない。
今は、模様の刻まれた古い金属にしか見えなかった。
それが、自分の進みたい道を教えてくれた。
*
翌朝、庭へ出ると、ルナが椅子に座っていた。
足には包帯。膝には毛布。
村へ戻る前に、オルダにもう一度診てもらうことになったらしい。
俺を見つけると、手を振った。
「ユウ。剣、持ってる」
「練習する」
「私も」
俺は包帯へ目を向けた。
ルナはすぐに足を毛布の下へ隠した。
「座ってならできる」
「お父さんに聞いて」
「今、馬を見てる」
俺は自分の木剣を渡さず、丸太の前へ立った。
ルナが椅子の上で身体を揺らす。
「見てるだけ?」
「足が治ったら」
それは彼女にも分かっていたのだろう。
少し黙り、それから俺の構えを見た。
「もっと前」
「何が?」
「足。さっきより狭い」
俺は足元へ目を落とした。
確かに、少し寄っていた。
置き直すと、ルナが頷いた。
「父ちゃんが、弓のときに言う」
「弓、使うの?」
「小さいの。まだ遠くには当たらない」
俺は木剣を下ろした。
ルナは丸太を見ている。
「あれなら、近い」
怪我をしていても、何ができるか探している。
昨日、石の番兵の前で座り込んでいた子と、同じ子なのに。
「治ったら、カイとソラもいる日に来れば」
「その二人、強い?」
「カイは、俺より剣が上手い」
「ユウより?」
ルナが俺を見る。
その顔は、意外そうだった。
「俺は魔法も練習してるから」
「じゃあ、それも見たい」
予定が、一つ増えた。
*
父とセレスは、朝食のあとに話し合った。
俺も呼ばれ、書斎の椅子へ座る。
継承院へは、もう一度行く。
ただし、冬の間に建物全体を調べることはしない。
「まず、番兵が襲う条件と、通れる範囲を確かめる」
父が地図へ指を置いた。
「それから崩れた壁を塞ぐ。猟師の子供が入り込めるままにはしておけん」
「内部の記録と、装置の状態も見たいわ」
セレスが言った。
「西側の区画だけなら、雪の前に調べられるかもしれない」
俺は円盤を見た。
「これも、持っていく?」
「いいえ。あなたと屋敷に残す」
父の返事は早かった。
「前と同じように、案内を頼みたい」
「うん」
今度は、何ができるか少し分かっている。
通行登録。道の表示。守る相手の確認。
セレスは俺の前へ、施設の写しを置いた。
「出発までに、円盤の説明も見ておきましょう。現地でしかできないことと、ここからできることを分けたいの」
俺は頷き、黒い端末へ意識を向けた。
*
救援が終わった端末には、別の項目が出るようになっていた。
【施設案内】
【継承記録参照】
【設備状況照会】
俺は設備の状態を選んだ。
いくつもの文字が現れる。
【警戒機構:一部稼働】
【保護区画:稼働】
【職業付与設備:停止】
【実技試験区画:停止】
【保管庫:封鎖】
セレスが書き留める。
俺は保管庫という言葉へ目を向けた。
何があるのだろう。
【保管区分】
【訓練具】
【職人用具】
【施設補修資材】
【貸与台帳:照会可能】
「職人の道具もある」
父がこちらを見た。
「剣の施設ではないのか」
「いろんな職業があるから?」
俺がセレスを見ると、彼女は頷いた。
「城塞騎士だけでなく、魔導工匠もあったでしょう。技術を教えるなら、作業する場所と道具も要るはずよ」
俺はもう一度、文字へ向き直った。
貸与台帳。
貸していた道具の記録らしい。
開いてみる。
読めない名前もあった。
欠けた文字の並ぶ行もある。
だが、一つの項目ははっきり見えた。
【魔力伝達練習具:十二組】
【貸与条件:指導者登録】
【所在:西側保管庫】
俺は声に出した。
セレスが紙から顔を上げる。
「魔力を、物へ通すための練習具かもしれない」
「武器強化も?」
「同じ基礎が使える可能性はあるわ」
俺は魔法剣士の条件を思い出した。
足りないものの一つ。
武器強化。
ただ、庭の木剣へ無理に流すより、練習するために作られた道具があるなら、その方がいい。
父も同じことを考えたらしかった。
「使える状態なら、借りられるか調べよう」
*
指導者登録は、端末で照会できた。
俺が項目を開くと、セレスの名前を選べと出る。
前の救援で登録した情報が残っていた。
彼女が石へ指を置き、少量の魔力を送る。
青い光が、指先から溝へ流れた。
【指導者資格照合】
【該当:属性魔法基礎】
【該当:魔力操作基礎】
【登録可能】
俺はセレスへ伝えた。
彼女は小さく笑った。
「古代の施設から、基礎を教えていいと言われるとはね」
登録を進めると、施設案内の地図に、小さな緑の印が灯った。
西側の入口から、短い通路を進んだところだ。
【基礎訓練室】
【保管庫貸与窓口】
救援のときに使った部屋の近く。
石の番兵がいる中央を通らずに行ける。
俺は父を見る。
父が地図を確かめ、頷いた。
「次の調査の目的が、一つ決まったな」
セレスは地図へ印を写しながら言った。
「うまく借りられれば、私がここにいる間に使い方まで教えられる」
胸が弾んだ。未知の職業へ進む条件。
それを学ぶための道具。
今まで別々だったものが、一本につながり始めていた。
*
午後、カイとソラが来た。
庭へ入った二人は、椅子に座ったルナを見て止まった。
「誰?」
ソラが俺へ聞いた。
「ルナ。昨日、遺跡から戻ってきた」
「石の兵がいたとこ?」
カイが目を丸くする。
ルナは頷いた。
「大きかった。ここの門くらい」
「そんなに?」
俺が聞くと、彼女は両手を広げた。
「とにかく、大きかった」
ソラは庭の門を見た。
それから、ルナの椅子から少し離れて立つ。
「また行くの?」
「父ちゃんが、駄目だって」
「行かない方がいいよ」
ルナはソラを見た。
「ユウなら、入れるようにしてくれる」
「……そうなの?」
ソラが俺を見る。
俺は首を振った。
「勝手には行かない」
「じゃあ、私も待つ」
ルナは簡単に言った。
さっきまで父親の目を盗んで木剣を借りようとしていたのに。
ソラが俺の隣へ来た。
「今日は水、やる?」
「うん」
「俺が鉢持つ」
ルナが椅子から手を上げる。
「私もできる」
「足、怪我してるじゃん」
「座って持つ」
「俺、前から持ってるから」
カイが俺を見た。
俺もカイを見た。
遺跡の道より、こちらの順番を決める方が難しそうだった。
*
その夜、俺は一人で円盤を眺めた。
読み続けないよう、今日は一つだけと決めていた。
魔法剣士の条件は、もう写した。
次に見たかったのは、城塞騎士だった。
カイが、石の兵の話を聞いたときに言ったことを覚えている。
盾を持っていても痛そうだ、と。
守るために強くなる職業なら、彼は興味を持つだろうか。
【継承記録照会:城塞騎士】
文字が現れる。
今度も技能や経験の条件が並んだ。
盾術。土魔法。武器強化。
そして、指定された場所を守り抜く実技。
俺は帳面へ写しながら、ふと気づいた。
これは、俺だけのための道ではない。
カイにも。
ソラにも。
まだ会ったことのない職人や、村で働く人にも。
条件を知れば、今まで届かなかったところへ進めるかもしれない。
そのとき、視界の端で文字が変わった。
【継路眼:2】
俺は筆を止めた。
円盤の文字が薄れ、その上に新しい案内が浮かぶ。
【個体別継承経路照会:解放】
意味を確かめようとすると、短い説明が現れた。
【観測対象の現状から、継承可能な経路を照会できます】
俺は帳面へ目を落とした。
写した城塞騎士の条件。
カイの土魔法。
彼が毎日続けている剣の練習。
明日、本人に聞いてみよう。
何ができるようになりたいか。
今度は、その答えの先にある道まで、探せるかもしれなかった。




