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失われた職業を継ぐ者  作者: 陸海空
13/19

第13話 守る相手

 数字が、減っていた。

 排除動作まで、十八、十七。

 俺は机の縁を掴んだ。


「ユウ。何が起きているの?」


 母の声がした。

 地図は見えても、文字は見えない。


「石の兵が、ルナを攻撃する」


 口に出した途端、母が立ち上がった。

 マルクが戸口へ向かう。


「知らせを出します」

「間に合わない」


 自分でも驚くくらい、強い声が出た。

 数字はもう、十四だった。

 青い点は西側の入口にある。

 ルナの赤い点は、建物の奥。

 その間に、壁と通路がいくつもあった。

 俺は石へ意識を向けた。

 止めて。


【警戒解除:管理者権限が必要】


 違う。

 それは、さっきも駄目だった。


 十一。


 俺は地図を見る。

 助ける相手として、ルナは登録されている。

 それなのに、別の仕組みが襲おうとしている。

 止める権限がなくても、伝えることはできないか。

 その子は、侵入者じゃない。


     *


【対象照合】

【保護対象情報:存在】

【警戒機構への共有:失敗】


 文字が増えた。

 俺は早口で読み上げた。

 母が机の向こうへ回る。

 マルクは戸口で足を止め、紙と筆記具を取った。


「守る相手だってことが、石の兵へ届いてない」


 残り、八。


 俺は石を睨んだ。

 道が切れている。

 継承経路も、情報も。

 全部の仕組みを止めるのではなく、守る相手の情報だけ渡す。

 セレスが言っていた。

 管理ではなく、案内。

 この子を救援の入口まで案内したい。


【保護対象の一時通行登録:可能】

【案内者による経路補助が必要】


 俺はすぐに頷いた。


「それをやる」


 誰に言ったのか、自分でも分からなかった。


【継路眼による接続を要求】

【推定魔力消費:6】

【接続中は視線を維持してください】


 俺は石へ手を近づけた。

 触れる前に、文字が変わる。


【接続開始】


 胸の奥から、力が引かれた。


     *


 水を作るときとは違った。

 自分で送る量を決める前に、細い流れが身体の中を抜けていく。

 俺は息を吐いた。

 止めようとしない。

 ただ、一度に全部持っていかれないように、いつもの魔力制御で流れを細く保つ。

 石の溝が明るくなった。


【保護対象情報を送信】

【警戒機構:照合中】


 残り、三。


 白い点が、赤い点と重なりかけた。

 俺は地図から目を離せなかった。


 二。


 青い線が、ルナのいる場所まで伸びる。


 一。


【一時通行登録:完了】

【排除対象指定:解除】


 数字が消えた。

 俺は机に両手をついた。

 足から力が抜け、母の腕が背中を支える。


「止まった?」


 母が聞いた。

 俺は頷いた。


「攻撃する相手じゃ、なくなった」


 白い点は、その場で止まっていた。

 赤い点だけが、少し離れる。

 俺は初めて、ちゃんと息を吸えた。


     *


 そのころ、継承院の中では、セレスが足を止めていた。

 廊下の先に、石の番兵がいる。

 長い腕に、刃のようなものがついていた。

 その足元に、小さな女の子が座り込んでいる。


「ルナ!」


 ブラムが叫んだ。

 父が彼の腕を掴む。


「待て」


 石の刃は、振り上げられたままだった。

 だが、動かない。

 壁を走っていた赤い光が、一筋ずつ青へ変わる。

 番兵の顔にあたる平面にも、青い印が灯った。

 ルナは顔を上げた。

 父親の姿を見つけ、口を開く。


「父ちゃん」


 ブラムが一歩進んだ。

 番兵は反応しなかった。

 セレスが杖を持ち直し、前へ出る。


「私が先に」


 彼女は番兵から目を離さず、ルナのそばへしゃがんだ。

 脚に血がついている。

 石の刃で傷つけられたものではなく、転んで擦ったようだった。


「立てる?」

「……足、痛い」


 ルナはセレスの肩越しに、ブラムを見ていた。

 ブラムが膝をつくと、ようやく手を伸ばす。


「迎えに来た」


 彼は娘を抱き上げた。

 ルナの両手が、父親の首へ回る。


「暗くなって、出ようとしたら……動いた」


 声が途切れた。

 ブラムは答えず、背中を強く抱いた。

 セレスは立ち上がり、壁の青い光へ目を向けた。

 細い線が、西側の入口まで続いている。


「帰りましょう。見えている道から外れないで」


     *


 屋敷の地図では、赤い点が青い点と一緒に動き始めた。

 俺は母に支えられたまま、それを見ていた。


「連れて、戻ってる」


 マルクが紙へ書く。

 母は椅子を引き、俺を座らせた。

 接続を続けている間、少しずつ魔力が減っていた。

 六は、最初につなぐための量だったらしい。


【魔力:17/42】


 まだ残っている。

 目の奥は重かったが、文字は読めた。


 青い線が、入口まで光っている。

 これを消したら、通行の許可まで消えるのだろうか。


 俺は石へ問いかけた。


【一時通行登録:保持】

【案内経路:接続終了時に消灯】


 許可は残る。

 しかし、通り道は暗くなる。


 俺は地図の点を見た。

 もう、入口は近い。


「あと、少し」


 母は何も言わず、俺の背に手を添えていた。


 五つの青い点と、一つの赤い点が、壁の外へ移る。


【保護対象:救援担当者と合流】

【施設外退避を確認】


 俺はそこで、接続を終えた。

 光の地図が薄れ、石の溝だけが残る。

 椅子の背へ身体を預けた。

 マルクが、机の上の石を見て言った。


「戻られますな」


 俺は頷いた。

 今度こそ、声が出なかった。


     *


 父たちが帰ってきたのは、夜も深くなってからだった。

 俺は一度眠っていた。

 門の音ではなく、母が部屋へ入ってきた気配で目を覚ます。


「戻った?」


 母が頷いた。


「ルナも一緒よ」


 俺は寝台から下りた。

 靴を履くのに手間取っていると、母が待ってくれた。

 食堂には灯りがついていた。

 父が外套を脱ぎ、セレスが手袋を外している。

 ブラムは椅子に座り、その膝へ娘を載せていた。


 ルナは、俺が思っていたより小さかった。

 それでも俺より大きい。赤茶色の髪には枯れ葉が絡み、頬に細い傷がある。

 片足には、新しい布が巻かれていた。

 俺が戸口へ出ると、父がこちらへ来た。


「石に、何かしたな」


 怒っている声ではなかった。

 俺は頷いた。


「ルナを、通っていい人にした」

「そうか」


 父はしゃがんだ。

 俺の顔を見てから、肩へ手を置く。


「間に合った」


 その一言で、庭からずっと胸に残っていたものが緩んだ。

 石の刃が、実際にどこまで動いていたのか。

 父の声で、ようやく分かった気がした。


     *


 セレスは、マルクの記録を読んでいた。

 途中で何度も俺を見る。


「管理の権限は、使えなかった」

「うん」

「だから、ルナを通れる人として登録したのね」

「守る相手だって、届いてなかったから」


 セレスは紙を置いた。

 机の上には、布で包まれた継承端末がある。


「よく、別の方法を探したわ」


 俺はその言葉を聞いて、少し遅れて嬉しくなった。

 ただ、あのときは褒められたいとは考えていなかった。

 数字が減っていたから、止めなければと思っただけだった。

 ブラムがルナを椅子へ移し、立ち上がった。

 俺の前で膝をつく。


「ありがとうございました」


 深く頭を下げられ、俺は慌てた。


「助けに行ったのは、父様とセレスで……」

「この子の前で、石の腕が止まったんです」


 ブラムが顔を上げる。


「それで、抱き上げられた」


 俺は何と答えていいか分からず、頷いた。

 ルナが椅子から身を乗り出した。


「あんたが、止めたの?」


 ブラムが振り返る。


「ユウ様だ」

「ユウ?」


 彼女は俺を見た。

 涙で腫れた目なのに、まっすぐだった。


「どうやったの?」

「通っていいって、知らせた」

「あの石に?」

「うん」


 ルナはしばらく考えた。

 それから、父親へ顔を向ける。


「じゃあ、次は最初に知らせたら入れる?」

「次は行かん」


 ブラムが即座に言った。

 父が口元へ手を当て、セレスは肩を揺らした。

 ルナは不満そうに足を動かしかけ、顔をしかめた。

 ブラムがすぐに膝を支える。


「まず、足を治す」

「……うん」


 俺は少し笑った。

 ルナがこちらを見る。


「ユウも、見たいでしょ」

「見たい」

「ほら」


 なぜか俺が、味方として数えられた。


     *


 ルナが建物へ入った理由は、罠から逃げた獲物を追ったからだった。

 父親に奥へ行くなと言われていた道を、少しだけ越えた。

 足を滑らせ、崩れた壁の下へ落ちたところに、開いた戸があった。


「外は寒かったから」


 中へ入ると、戸が閉まった。

 別の出口を探しても開かず、疲れて座り込んだ。

 救援要請は、そのあと始まったのだろう。

 古い施設に、人を保護する働きが残っていた。


「どうして、部屋を出たの?」


 俺が聞くと、ルナはブラムを見た。


「声がした」

「父ちゃんの?」

「うん。呼んでたから」


 西側の入口で、ブラムが娘を呼んだ。

 待っていたルナは、その声へ向かった。

 助けに来た声を聞いて動き、守っていた部屋から出た。

 それで、番兵に狙われた。

 セレスは腕を組んだ。

 しばらく黙ってから、父へ言った。


「保護と警戒が、別々に動いている。あのまま人を近づけてはいけないわ」

「道は塞ぐ。調べるなら、次は準備して行こう」


 父は端末へ目を向けた。


「ユウの力がなければ、今日も違った結果になっていた」


 俺は布に包まれた石を見た。

 怖さと、知りたい気持ちが、同じくらいあった。


     *


 皆が休みに入る前に、セレスが俺を呼んだ。

 父と母も一緒だった。


「一つ、報告があるの」


 彼女は端末の隣へ、別のものを置いた。

 白っぽい金属でできた、小さな円盤。

 縁の一部が欠け、表面には継承院と同じ印があった。


「西側の入口で、外れていたものよ。地図では、この端末と同じ印の場所に置かれていた」


 俺は円盤を見たが、すぐには何も出ない。

 セレスが続けた。


「持ち帰る前に調べたけれど、残っている魔力はわずかだった。今夜は動かさない。ただ、明日、あなたに確かめてほしい」


 俺は頷きかけた。

 円盤の模様が、目に入る。

 細い線が中心で交わり、そこから外へ枝分かれしている。

 文字が浮かんだ。


【職業継承記録】

【記録数:128】


 俺は、眠気を忘れた。


「……職業の、記録」


 セレスの手が止まった。


「いくつ?」

「百二十八」


 彼女は父を見た。

 父も円盤を見つめている。

 俺の視界には、その下に、名前が一つずつ並び始めていた。


【城塞騎士】

【魔導工匠】

【結界術師】


 知らない職業だった。

 だが最後に現れた名前だけは、読んだ瞬間、胸が強く鳴った。


【魔法剣士】


 その隣に、小さな文字があった。


【現行継承経路:欠落】

【再構築条件を表示しますか】


 俺は円盤から目を離せなかった。

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