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失われた職業を継ぐ者  作者: 陸海空
12/19

第12話 扉の向こうの生存者

 救援要請。

 俺はその文字を、二度読んだ。


「北方第七継承院から、救援を求めてる」


 父の顔が変わった。

 セレスは石へかざした手を動かさず、俺を見た。


「誰が?」

「まだ、出てない」


 青い光が、石の溝を辿っている。

 それに合わせるように、新しい文字が現れた。


【保護対象:一名】

【所在:西側待避室】

【外部通路:封鎖】

【救援猶予:不明】


 俺は見えた順に読み上げた。

 父が机へ手を置く。


「人がいるのか」

「一名って」


 書斎の外では、廊下を歩く足音がしていた。

 ダンへ食事を運んでいるのだろう。その日戻ってきた三人のことが、急に遠い出来事ではなくなった。


 石の兵に襲われた人が、ほかにもいる。

 扉の向こうで、出られずに。


「いつからの要請?」


 セレスが聞いた。

 俺は文字へ目を向けた。


 変わらない。


「分からない」

「古い記録か、今届いているものか。そこを確かめたいわ」


 彼女は石の表面を見た。

 青い光は、まだ消えていなかった。


     *


 父がマルクを呼んだ。

 俺の読んだ内容を紙へ書かせ、調査隊が戻ってから誰か北へ向かったか、村で確かめるよう指示する。


「猟師もだ。屋敷へ来た者だけでは足りん」

「承知いたしました」


 マルクが出ていく。

 セレスは机の上の石を、薄い光の膜で包んだままだった。


「これ、止めた方がいい?」


 俺が聞くと、彼女は首を振った。


「まず、呼びかけてみましょう。あなたにしか読めないなら、返事もあなたからかもしれない」


 俺は石を見た。

 どう返事をすればいいのだろう。


 魔法を使うつもりはない。

 ただ、見えている言葉へ、聞きたいことを向けてみる。

 誰を守っているのか。


 文字が揺れた。


【保護対象照会】

【氏名:未登録】

【種別:人族】

【状態:生存】


 胸の奥が冷たくなった。

 生存。

 古い記録なのかもしれないと思っていたのに、そんな表示を見れば、放っておけなかった。


「生きてるって。人族で、名前は分からない」


 父が椅子を引いた。


「セレス。現地で確かめられるか」

「扉までは行けると思う。ただし、番兵をどう避けるか考える必要がある」


 彼女は俺を見る。


「まだ、ほかにも聞ける?」


 俺は頷いた。

 目は痛くなっていない。

 けれど、さっきから喉が渇いていた。


 父が杯を持ってきた。

 俺は一口飲み、また石へ向き直る。


 番兵は、なぜ外の人を襲ったのか。


【警戒機構:稼働】

【侵入者排除:有効】

【管理者権限:不在】


 それを読むと、セレスが長く息を吐いた。


「守るための仕組みが、入る人を見分けられなくなっているのかもしれない」


     *


 人を助けてほしい。

 でも、入ろうとする人は襲う。


 俺は石を見た。

 何百年も前の装置だとしても、それでは誰も助けられない。


 番兵を止められないか。


 そう考えると、文字がすぐに変わった。


【警戒解除:管理者権限が必要】


 駄目だった。

 俺はそれを二人へ伝えた。


 セレスは机の端へ置いた古い本を開いた。

 指でページを辿り、継承院の印があるところで止める。


「案内機能と言ったわね。管理ではなく、案内」

「うん」

「人を施設へ入れるための働きがあるはず。番兵を止めるのではなく、通れる人として知らせられないかしら」


 俺は彼女を見た。

 前の人生でも、鍵を持っていなくても受付を通して入れる場所はあった。

 来た人を伝える。

 許可をもらう。

 扉を全部開けなくても、通す方法があるかもしれない。


 救援の人を、中へ入れたい。


【救援経路照会】

【西側保守口:使用可能】

【一時通行証:発行可能】


 俺は身を乗り出した。


「通れる。西側に、別の入口がある」

「場所は?」

「まだ」


 その瞬間、石の上へ光が立ち上がった。


     *


 小さな建物が、机の上に浮かんでいた。

 薄い青色の線でできた、壁と階段。

 中央には丸い塔があり、片側の壁が大きく欠けている。


 父が俺の前へ腕を出した。

 セレスは光の膜を広げ、映ったものを包む。


 俺は椅子の上で固まっていた。


 地図だった。

 平らな紙ではなく、建物をそのまま小さくしたような。


「……見えてる?」


 俺が聞くと、セレスが頷いた。


「これは、私にも見える」


 赤い点が一つ、壁の内側で瞬いている。

 そのすぐ外に、細い青い線が伸びた。


【救援経路を表示】


 俺はその文字を読んだ。

 セレスは父へ顔を向ける。


「西の壁沿い。正面の階段へは近づかずに行ける」

「崩れている側か」

「ええ。ガレスに、現地の形と合うか確認してもらいましょう」


 父が戸口へ向かったところで、マルクが戻ってきた。

 後ろには、猟師の格好をした男がいる。

 男は室内の光を見て足を止めた。

 だが、すぐに父へ頭を下げる。


「娘が、戻っておりません」


     *


 男の名は、ブラムだった。

 屋敷へ肉や毛皮を届けることがある猟師で、父も知っていた。


「いつからだ」

「昼過ぎです。川沿いの罠を見に行くと言って……いつもの場所なら、日が落ちる前には戻るはずで」


 声が掠れていた。


「北の道へ行くなとは言っていました。ですが、罠が空続きで、少し奥へ移したのかもしれません」


 父は机の地図へ目を向けた。

 赤い点は、まだ瞬いている。


「娘の名は」

「ルナです。六つになります」


 俺はブラムを見た。

 肩から下げた袋は空だった。泥のついた靴も、片方だけ紐がほどけている。


 走って探してきたのだろう。

 日が落ちても見つからず、屋敷へ来た。


 父は何かを約束する前に、セレスを見る。

 彼女が静かに言った。


「人が閉じ込められている可能性がある。私たちは、これから確かめに行くところです」


 ブラムが地図へ近づいた。


「これは……」

「北の古い建物よ。知っている?」

「遠くから見たことがあります。あそこへ?」


 赤い点へ目が向いた。

 男の手が、机の縁を掴んだ。


「俺も行きます」


 父は頷いた。


「道を知る者が必要だ。ただし、一人で先へ出るな」


     *


 父はセレスと兵を連れて出ることになった。

 ガレスが地図を確認し、西側の崩れた壁と、外からでは見えにくい窪みを示した。


「この辺りに、低い屋根がありました。入口かどうかは分かりませんが」


 セレスが紙へ写す。

 マルクは必要な道具を揃えるため、屋敷の人へ声をかけにいった。


 俺は机の前に残った。

 一時通行証。

 それをどう渡せばいいのか。


 石へ問いかけると、光の地図が小さくなり、一本の模様が浮かんだ。


【救援担当者を登録してください】


 俺はセレスを呼んだ。

 彼女が戻り、石へ指を近づける。


「触れていいの?」

「分からない。でも、登録する人を決めてって」


 セレスは父を見てから、石の平らな面へ指を置いた。

 青い光が彼女の指先へ移る。


【救援担当者:登録】

【同行者:登録待機】


 次に父。

 兵の二人。

 最後にブラム。


 石が一人ずつ反応した。

 ブラムの番だけ、表示が少し長く残った。


【保護対象との照合】

【血縁情報:一致】


 俺は息を呑んだ。


「父様」


 父が振り向く。

 俺はブラムを見ながら言った。


「中の人、この人と血がつながってるって」


 ブラムの顔から血の気が引いた。

 机へ置いた指が、震え始める。

 父がその肩を掴んだ。


「行くぞ」


     *


 俺は屋敷に残った。

 自分も行きたいとは、言わなかった。

 地図の中には、剣を持った大人を傷つけるものがいる。

 俺の水は板を濡らせても、石の兵を止められるとは思えない。

 それでも、何もできないわけではなかった。


「ここで、表示を見ていてくれる?」


 セレスが石を机へ戻した。


「私が持っていっても、文字を読めない。通行証がついたかどうかも分からないわ」

「何か変わったら?」

「お母様とマルクに伝えて。道の途中に、知らせを運ぶ者を置くから」


 彼女は腰の短い杖を確かめた。


「あなたが、入口を見つけてくれた。続きをお願い」


 俺は頷いた。

 父は出発する前に、一度だけ俺の頭へ手を置いた。


「戻ったら、今日の話をしよう」


 俺は父の腰の剣を見た。


「怪我しないで」

「気をつける」


 父は、絶対に大丈夫とは言わなかった。


     *


 馬の音が遠ざかると、屋敷が急に静かになった。

 母が書斎へ椅子を運び、俺の隣に座る。

 机の上では、石の溝が光っていた。

 小さくなった建物の形も残っている。

 赤い点は、動かない。

 しばらくして、青い点が五つ現れた。

 建物の外側。

 セレスたちだろうか。


【救援担当者接近】


 俺は母へ伝えた。

 マルクが時刻を書き留める。


 青い点は正面の階段を避け、崩れた壁の方へ回る。

 俺はその動きを、息を詰めて見ていた。


 西側の小さな入口へ、一つ目の点が触れた。


【一時通行証:認証】


 続いて、二つ。

 三つ。


 扉が開いたのか、点が壁の内側へ移った。

 俺はようやく、肩の力を抜いた。


「入れた」


 母も地図を見ていた。


「ええ」


 だが、五つ目の点が入ったところで、建物の中央が赤く光った。


【異常を検知】

【保護対象:移動開始】

【警戒機構:追跡中】


 俺は椅子から立ち上がった。

 赤い点が、部屋を出ていた。

 青い点のいる入口とは、反対の方へ。

 その後ろに、大きな白い点が一つ現れる。


「ルナが、動いた」


 声が掠れた。

 机の光の中で、白い点が赤い点へ近づいていく。

 新しい文字が浮かんだ。


【保護対象が警戒区域へ侵入】

【排除動作まで――】


 俺は、その先を読みたくなかった。

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