フラグ建築は計画的に
「んん……ふわぁ……」
瞼を擦り、凝り固まった身体をぐぐっと伸ばす。ゆっくりと視線をスライドさせ窓を見やると、もう既に太陽は昇っており、なんなら頂上まであと少しという所まで来ていた。
流行り病の原因を浄化してから早数日、俺は悠々自適な生活を送っていた。
ミカエラが誇張に誇張を重ねた結果、俺は王都が壊滅しかねない未曽有の危機を救った救国の聖女と称えられ、国を挙げてのパーティーが開かれた。豪華絢爛を尽くした想像通りのパーティーでテンションが上がったが、貴族連中の挨拶が多すぎてパーティーが終わる頃には死んだ顔になっていたのは記憶に新しい。今後パーティーのお誘いは断ろうと決めたユーリちゃんでした。
褒章や勲章を与えようと王様に提案されたのだが、パーティーを経て、自分の名声が上がると面倒事が増えそうだと思った俺は。
「褒章や勲章は必要ありません。私はただ聖女としての責務を全うしただけですので。ですが、患者の治療や病の原因を取り除くために多くの魔力を消耗しました。そこで、少しばかりの休息を頂きたいのです」
休みを要求した。そしたら俺の株が爆上がり。能力が優れているだけでなく、心まで清らか。歴史上最高の聖女と噂されるようになりました。嬉しいけど嬉しくないです。俺はそんな出来た人間じゃないんです。ただただ惰眠を謳歌したいだけのごくつぶしなんです。
とはいえそんなことを言っても信じて貰えないどころか「なんて謙虚なんだ!」と余計評判が上がりそうだと思った俺は結局愛想笑いをすることしか出来なかった。引きこもりでも愛想笑いが上手かった俺はちゃんと日本人を上手くやれていたらしい。嬉しいような嬉しくないような。
「あ、おはようございますユーリ様」
「おはようミカエラ」
「ただいま朝食をお持ちしますね」
「ありがとー」
とまぁ色々あったが、こうしてのんびりとした時間を送れているのはとても幸せだ。人のために働くのは精神衛生に良い効果をもたらすのは分かったが、働きすぎると逆効果になることも学んだ。普段はだらだらと自堕落な生活を送り、たま~に人のために働く。これが僕の考えた理想の異世界生活なのだ。
「うん、今日もいい天気!」
窓の外を眺めながら俺はにこりと笑顔を浮かべた。
「ユーリ様、ご報告したいことが」
「あむっ……ん?なにー?」
ブランチを食べながらミカエラの話に耳を傾ける。ちなみに今日のブランチはパン、ベーコンエッグ、サラダ、スープ。ブランチの理想形と言っても過言ではないラインナップだ。ちなみにめっちゃ美味い。
「調査の結果流行り病の原因が判明しました」
「ふーんそうなんだー……え、分かったの!?」
「はい。今回の流行り病の原因は呪いでした」
「の、呪い……?」
呪い。日本人として生きていくなら一度は耳にする言葉。本やテレビ、アニメやゲームと幅広い分野で取り上げられるものだが、この世界では呪いがちゃんと呪いとして効果を発揮するらしい。いや怖いわ!
「はい。井戸にかけられていた呪いは水を飲んだ者の身体を衰弱させるというものでした」
え、えげつないことするなぁ……。井戸に毒を入れるよりもたちが悪いよ。
「そして呪いをかけたものはおそらく魔族で間違いありません」
「魔族……かぁ」
魔族。大陸北方に広がる魔王領に住む人々の事を指す言葉だが、現在では魔族と言えば魔王軍、つまり人類の敵という意味合いで使われる。
「それも力を持った魔族……おそらく四天王の1人、呪いのサテラと思われます」
「……四天王?」
四天王ってあれ?死に際に俺は最弱だよ!って虚勢を張ってくるあの四天王?……これはちょっと違うか。
「魔王軍の中でも特に力の持った4人の幹部を四天王と呼ぶのです。ワーデン王国は勇者を全面的に支援しているので、おそらく魔王軍の標的になったのかと」
「そういえばこの国って勇者いたんだった。忙しすぎて忘れちゃってたよ」
魔王が居れば当然ながら勇者も存在する。そしてこのワーデン王国は昔から勇者の活動を全面的に支援している国で、勇者の本拠地として世界各国からも認められている。もちろん聖女同様勇者にも色々な制限を掛けられている。じゃないと国のパワーバランスがあっという間に崩れちゃうからね。
「っていうかさミカエラ」
「はい、いかがされましたか?」
「いや純粋な疑問なんだけどさ。魔王軍四天王が堂々と王都の中に入ってきて井戸に呪いをかけたんだよね?」
「おそらくは」
「王都のセキュリティやばくない?」
王都はいわば国の心臓だ。王都が滅ぼされる、あるいは王様が暗殺されるなんてことが起きたら、ワーデン王国は内乱が起きるか、あるいは他国に侵略されて簡単に崩壊するだろう。
「い、一応結界魔法は常時発動しています。ドラゴンのブレスを1度なら耐える程強力な防御結界です」
「……それ以外は?」
「それ以外は……お、王都の中に入るには衛兵による厳しい審査が」
「でも四天王の1人が普通に入って来たんだよね?」
「そう……ですね」
うん。セキュリティガッバガバですわ。でっかい壁を立てて、防御結界を張って喜んでるとこ悪いんだけど全然役に立ってないです。人類の敵さんが白昼堂々王都でテロ行為を出来るくらいにはセキュリティが緩いです。
「はぁ~……」
俺は頭を抱える。ワーデン王国は大陸の北側に位置している内陸国だ。勇者の本拠地として人類から認められるほど、ワーデン王国と魔王軍の関係は切っても切れないもの。人類よりも強い能力や魔力を持った魔族と対等に渡り合えているから、多少はセキュリティや防衛設備がしっかりしていると思っていたのだが、どうやらそんなことはないらしい。
「よく今までこの国が滅ばなかったもんだよ」
「それはもう歴代の勇者、聖女様方が尽力してくださったおかげです。あ、もちろんユーリ様もその一人ですよっ!それはもう歴史の教科書に載る程素晴らしい聖女様ですっ!」
取ってつけたような誉め言葉だが……まぁ悪い気はしない。お返しとして頭を撫でてあげよう。
「というか本にも色んな偉業が書いてあったけど勇者って本当にすごいんだね」
「それはもう人類の最終兵器ですからね。勇者様が本気を出せばおそらくこの国くらい余裕で滅ぼせるかと……あっ、そこきもちいいですぅ~」
「えぇ……」
この世界の勇者ってそんなに強いのか。そしてそんな馬鹿みたいに強い勇者が苦戦する程魔王軍は強いのか。この世界のパワーバランスどうなってんだ。聞いてるかラーファ?お前に言ってるんだぞ?
「ち、ちなみに魔王ってどのくらい強いの?」
「ん~……どうなんでしょうね~。魔王が姿を見せたのが100年以上も前の事なので分かりませんが、おそらく本気を出したらユーラート大陸の半分くらいは消し飛ぶんじゃないですかね?」
「えっ」
「あっ」
そうだよね?冗談だよね?「あっ」ってことは流石に盛りすぎたってことだよね?
「なでなで……もう終わりですか?」
「……ふんっ」
「へぎゃっ!?えっ、な、何で今叩かれたんですか?」
「はいはい痛いの痛いのとんでけ~」
「わ~とんでった~」
近衛騎士のくせに危機感なさすぎないか?時代と規模感が違うからしょうがないのかもしれないけど魔王に関してあまりにも他人事過ぎない?そんな軽いノリで世界の半分が消し飛ぶとか言われても困るんですけど。俺この世界に生を受けてからまだ1か月も経ってないんですよ?異世界転生RTAとかしたくないわ。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよユーリ様」
「ミカエラは少し心配した方が良いと思うけどね?」
「私はユーリ様の安全以外に興味はないので」
「近衛騎士さん?」
今この人忠誠を誓った王様の事どうでもいいって言ったよね?え?大丈夫?この人クビにならない?というか首切られない?
「話によると勇者様が王都へ帰還するそうなのです。なので井戸に呪いをかけた四天王も当分の間はビビッて近づくことは無いはずです」
「あ、そうなんだ」
「まぁ余程の馬鹿でなければ王都にやって来るなんてことは無いでしょうね。余程の馬鹿でなければ……って、どうしたんですかユーリ様?そんな渋い顔をして」
「いや……うん、何でもないよ?」
俺はミカエラの頭を撫でながらゆっくりと息を吸う。
お前余計なフラグ立ててんじゃねぇよおおおおおおおおおお!!!!
お腹を満たし、十分にお腹を休めた俺は王都を囲む城壁の上へとやって来た。遠くから見ても十分高いと感じる城壁は、実際に登ってみると想像以上に怖くて足がすくむ。足を滑らせでもしたら間違いなく一発であの世行きが確定してしまう。こ、こえぇ……。
「ユーリ様、城壁に登って一体何をされるんですか?」
「よくぞ聞いてくれたミカエラ、今回はこの王都を魔王が攻めてきても怖くないレベルに強化しようと思ってね」
俺は思った。もし勇者がいないタイミングで王都が魔王軍に襲われたら、聖女である俺は真っ先に狙われるんじゃないかと。一応結界魔法で防御、光属性の魔法で反撃することは可能だが、それでも一人の力には限界があるし、聖女としての体裁を保つために俺はおそらく誰かを守りながら戦うことが予想される。そうなれば俺は痛い思いをして周囲がドン引きするほど泣き喚いて、あの世でラーファに馬鹿にされてしまう。
「私がせっかくチート級の能力を与えたのにあんな無様に死ぬとか……流石に面白過ぎですよwww」
うん、あまりにも屈辱的すぎる。人間に馬鹿にされるのはギリギリ耐えられるが女神本人に馬鹿にされるのはなんかこう……人生を否定されてるみたいで心に来るのだ。
というわけで、魔王軍がいつやって来ても良いように結界魔法やその他魔法を駆使して僕の考えた最強の王都を作り上げるのだ。
「ユーリ様……キュン」
どこにキュンとする要素があったかはよく分からないが、まぁ良い方向に捉えてるから良しとしよう。
そうして俺は結界魔法を何重にも張り巡らせたり、魔族は翼を生やしているイメージがあるため光魔法による対空砲システムを作り上げたり、魔族が王都内に侵入したら反応するセンサーをあちこちに設置したりと思いつく限りのアイデアを形にしてみた。
「さ、流石に疲れた……」
魔法を使い過ぎたせいか、熱を出したときみたいに体が重たい。魔法を使い過ぎるとこうなるのか……き、きつい……もう動けないし動きたくない。
「お疲れ様ですユーリ様。お身体の方は大丈夫ですか?」
「魔力使い過ぎて体がだるい。ミカエラ、おんぶ」
「それはもうお任せくださいっ!むしろおんぶとは言わずお姫様抱っこでも構いませんよ!」
「おんぶで」
「……わかりました」
あからさまに不服そうだなこいつ。
結界を張り終え、くたくたになった俺はミカエラにおんぶされながら部屋へと戻った。が、まさかこれがきっかけで厄介な出来事に巻き込まれるとはこの時の俺は知る由もない。




