聖女の初仕事
「はいはーい。ちゃんと聞こえてますよー。あ、この声はユーリさんにしか聞こえていないので安心してくださいね~」
俺の頭の中にラーファの声が響き渡る。転生する前、もといこっちの世界に強制転送される前に、教会で祈りを捧げればラーファと会話できるという言葉を思い出したのだ。魔法の事が全く分からないのなら、この世界を生み出した張本人に聞けば万事解決って訳です。
「ずばり、ユーリさんが私を呼び出したのは魔法の使い方について、ですね!」
勘のいいガキは嫌いだけど、察しの良い女神は話がしやすくて好きだよ。
「そんなに褒めないでくださいよ」
そんなには褒めてねぇよ。後普通に思考を盗聴するな、脳内独り言くらいは自由に喋らせてくれよ。
「まぁまぁ私とユーリさんの仲じゃないですか。さてさて、早速本題に入りましょう。本当はのんびりお話したいところですが、そんな余裕はなさそうですし」
頼むよラーファ。
「お任せください。まず、ユーリさんが使える魔法は回復魔法、聖属性魔法、結界魔法が使えますね。歴代聖女の中で一番のスペックです。すごいでしょ?転生特典で色々おまけしちゃいましたっ」
そりゃどうも。
「魔法の使い方なんですが……この世界の人のほとんどは呪文を詠唱して魔法を行使するのですが、ユーリさんに関しては呪文ではなく神、つまり私に祈りを捧げることで魔法を発現させることが可能です。まぁぶっちゃけた話祈りを捧げなくても魔法を行使することは出来るのですが、ちゃんとした工程を踏んだ方が魔法の効果は大きいです。そこは臨機応変にって感じですね」
ふむふむ。
「そして魔法を行使することにおいて祈りを捧げるのと同じくらい大事なのが想像力です!というか想像力の方が何十倍も大事ですっ!例えば回復魔法の場合、傷を塞ぐイメージで魔法を使えばその通り傷が塞がります。ですが、痛みは残るし最悪ばい菌が残ったままです。ですが、傷を塞ぐだけではなく、痛みを取り除く、ばい菌を除去するイメージをしながら魔法を使えば上手に治療することが出来るわけです」
なるほど……自分の想像力次第で魔法の効果が決まるのか……簡単に言うけど結構難しくないか?
「そこはご安心ください。ある程度のイメージがあれば問題ありません。ユーリさんの魔力量はずば抜けて高いので、多少効率が落ちても問題なく治療できるでしょう」
そりゃありがたい話だな。異世界特典様様ってやつだな。
「ふっふっふ、ユーリさんはこの世界で魔王並みの魔力を持っていますからね!そこら辺のモンスターは魔力を放出するだけでビビって逃げ出しますよっ!」
……どうしよう。素直に喜べなくなってきたわ。まぁとにかくありがとなラーファ。今度は問題が無い時にここに顔を出すよ。
「はい!是非そうしてくださいっ!ユーリさんの相談ならいつでもウェルカムですので!」
俺はゆっくりと瞼を開け、祈りの姿勢を解く。
「すみません、お待たせしました」
「いえいえ。聖女様の祈りを妨げる者など、魔王以外どこにもおりませんよ」
にこやかに笑うライゼンと共に再び多くの患者が苦しんでいる場所へと向かう。乾いた咳の音、呻き声、愛する人やラーファに助けを求める声がこだまする地獄の様相。
俺は一度大きな深呼吸をする。不安はある。ラーファに魔法の使い方を教えて貰い、自分が聖女としては非常に優れていることも教えて貰った。今の俺ならきっとここにいる人達を一人残らず助けることが出来るだろう。
でも、本当に出来るのか?少し前まで誰かの役に立つことは愚か、誰かの足を引っ張る事しか出来なかったただのニートだった俺が、ここにいる人達の命を助けることが出来るのだろうか?
身体が強張る。手足が震える。聖女としての能力が高くても、俺がその力を使いこなせる保証はどこにもない。もし、もしも俺がここにいる人達を助けられなかったら、きっと多くの人間から恨まれる。俺はそれがとても怖い。
「大丈夫ですユーリ様」
「っ!……ミカエラ」
俺の手が優しく包まれる。顔を上げるととても優しい顔をしたミカエラと目が合った。
「……うん、ありがとうミカエラ」
不安が消えたわけじゃない。それでも何故だかやれる気がしてきた。
……あぁ、なるほど。俺は期待を裏切るのが怖かったんだ。誰かに期待されて、その期待を裏切った時に失望されるのが怖かったんだ。そこに確かに居るのに、居ない者として扱われるのが怖くて怖くて仕方が無かったんだ。
前世の記憶が蘇る。親、友人、親戚の人。彼ら彼女らは勝手に俺に期待して、失望して、離れていく。この世界でもきっとそうなると心の底で勘違いしていた。でもこの世界は違う……のかもしれない。ミカエラの真っ直ぐな瞳を見ているとそんな風に思えてくる。
それに、もし失敗したらラーファが助けてくれるはず。あれでもれっきとした女神だし、困りごとがあったら女神パワーで何とかしてくれるに違いない。
「……よしっ」
俺は気合を入れ直し魔法の行使を試み───ようとしたその時である。俺の目の前に1本の杖が現れた。白を基調とした杖は金細工や色鮮やかな宝石が埋め込まれており、ぱっと見ただけでも神聖な何かを感じられる。
「ふふ、ありがとねラーファ」
俺は現れた杖をぎゅっと握りしめ、多くの人が苦しんでいる方へと先端を向ける。
「神の慈悲を彼の者らに。神の恩寵を借り受け、奇跡をここに顕現せん。───ベネディクション」
部屋全体が淡い光が床に臥せた人達へと降り注ぐ。まるで神からの祝福の様に。
「……く、苦しくない?」
「治った……治った!!」
先ほどまで生気が無かった人たちの顔が生き生きとし始める。苦しみから解放され喜ぶ人もいれば、命を落とさずに済んだことに涙を流し安堵する人もいる。
俺はそんな光景を眺め、息を吐きながら肩の力を抜いた。良かった、ひとまずは何とかなったみたいだ。
「流石ですユーリ様」
「ありがとうミカエラ。ミカエラのおかげだよ」
「いっ、いえっ!私はその、ただ、応援をすることしか出来なかった───ひょあっ!?」
「ミカエラの応援のおかげだよ。本当にありがとっ!」
「あ、ああ、あああありがとうございましゅっ!!!」
俺はミカエラの頭を優しく撫でる。顔を真っ赤にし、鼻を抑えるミカエラ。うん、喜んでもらえて何よりだ……ちょっときもいけど。
「これが聖女様の御力……ありがとうございます聖女様。聖女様のおかげでここにいる者達は救われました」
ライゼンが深々と頭を下げる。
「……聖女として当然の事をしただけですよ」
俺は先ほどまでとは打って変わってまるでお祭り会場の様に騒がしくなった部屋を眺める。
……悪くない、な。
誰かの期待に応えること。誰かのために自分の力を使うこと。少し前の俺なら面倒だとか、綺麗ごとだとか小馬鹿にしていただろうなぁ。
「せっかくもらった命だし、もうちょっと頑張ってみようかな」
そんなことを考えながら、助けた人達の笑顔をぼーっと眺めた。




