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新しい名前

「ん……ここは……」


 目が覚める。意外と頭の中はすっきりしていて寝ざめも良い。俺は目を擦る事で少しぼやけていたピントを調節する。


「埃っぽいなここ……」


 小さく咳払いをしながら周囲を探索する。どうやらここは物置らしく、木箱や麻袋、何らかの儀式に使いそうなオブジェや小道具などが置かれていた。部屋の規模感と部屋に置かれているオブジェから推測するにここは教会か、あるいは修道院のどこかなのではないかと予想できる。


「ここが異世界か……そしてやっぱり」


 俺は自分の胸とそして股に手を当てる。


「俺の俺がお亡くなりに……くっ……ごめんな、一度もまともに使ってやれなくて……」


 俺は自分の胸を揉みながら30年以上共に生活を続けてきた相棒に別れを告げる。自分が男ではなくなってしまったことに凄まじい悲しみが押し寄せ──俺の胸柔らかっ……じゃなくて押し寄せてきてちょっと泣きそうだ。これは断じて女の子の胸を揉めた喜びから来た涙ではなく、男ではなくなってしまった事への悲しみである。そこのところを勘違いしない様に。


「おっ、丁度良い所に鏡あんじゃん」


 自分の身体の感触を確かめ、物置の中を探索していた俺は隅に置いてあった鏡で自分の姿を確認する。


「これが……俺……?」


 鏡に映ったのは天使の様な美少女だった。背中まで伸びたプラチナブロンドの髪、さらさらなその髪は僅かな光を吸収しきらりと輝きを放つ。まるで星空をそのまま持ってきたような神秘的な瞳は、見るものをその中へと吸い込んでしまいそうなほどの魔力を放っている。また、初期装備として与えられているこのいかにも聖女っぽい服が清楚さやなんかこう……聖なる雰囲気的なものを感じさせている。

 

 そして何よりこの顔。大きな瞳、小さい鼻、まるで神絵師が描いたイラストの様な顔立ち。可愛さと綺麗さを掛け合わせ、そこに儚さを追加したまさに僕の考えた最強の美少女だ。


「やっば。めっちゃ可愛いんですけど」

 

 鏡に映る自分に独り言が零れる。前世ではナルシストってまじできもくね?とか思ってたけど、こんだけ顔面が良かったらそりゃまぁ自分大好きになるな。可愛いし、毛穴とか存在してないし……というかまつ毛長っ!肌白っ!


「んふ……ぬふふ……ぐへへ……」


 やべぇ。気持ち悪い笑いが止まんないわ。まぁでもここには誰も居ないし、もう少しだけ新しい俺を鑑賞するとしよう。あぁ……俺って本当に可愛いなぁ。


「んふ。んふふふふっふふふ」

 

 ガチャ。

 

「えっ」


 扉の開く音が静かな物置に響き渡る。驚きと共に音のした方へ顔を向けるとそこには、騎士ですと言わんばかりに質の高そうな鎧を身に着けた赤髪の女性が立っていた。


 え、やばい。今の状況ってもしかしなくてもまずいのでは?物置に女の子が一人ぽつんと居て、鏡を見ながらにやにやと喜色悪い笑みを浮かべている。うん、どっからどう見ても変質者だし不法侵入者だよね。


 いや待て。落ち着け俺。今の俺は清潔感の欠片もない無職のおっさんではない。服装も見た目も清潔感とめっちゃ聖なる雰囲気を漂わせている美少女。弁解の余地程度なら残っているはずだ。


「あ、あの──」

「かわっ……じゃなくて申し訳ございません。突然の事で申し訳ないのですがご同行願えますか?」


 あ、ダメみたいですね。


 こうして俺は異世界早々、名も知らない赤髪の女性に連行されるのでした。




 ガクブルしながら連行されること数十分。俺は今、王城の中を歩いています。うん、どうして?


 一体自分はどうなるのか、そもそも何で王城に連れられているのか。移動中に俺の前を歩くこの赤髪のお姉さんに聞きたかったが、俺にそんなコミュ力は存在していない。それに余計な事を言った瞬間その腰にある長剣で切られそうだったため、話しかける勇気が湧きませんでした。俺は先端恐怖症、剣先を向けられただけで気絶する自信がある。


「ここで少々お待ちください」

「あ、はい」


 うわぁ……絶対王様いるじゃんここ。


 見るからに高そうな服に身を包んだ兵士が両脇に控える重厚感のある扉。おそらくこの扉の向こうには玉座があり、そこにこの国の王様が居るのだろう。異世界転生して王様と会うのはチュートリアルだ。チュートリアルなのだが、俺ってこの王様に召喚された訳じゃなく、物置に放置されてたんですよね。うん、女神だからって人間を物扱いしちゃ駄目だと思うの。


「さぁ、参りましょう聖女様」

「はい……ん?」


 あれ?今この人俺の事聖女って言った?


 そう思うと同時に扉が開かれる。俺の予想は見事的中、赤い絨毯や貴族の様な人達、そして部屋の奥には王冠を被り、玉座に深く腰掛けたおじさんがいた。


「聖女様をお連れ致しました陛下」

「うむ、ご苦労であったなミカエラ」


 なるほど。このお姉さんはミカエラって言う名前なのか。……あ、王様と目合っちゃった。


「余はワーデン王国国王、ヴィーノ・ルクス・ワーデンだ。神託によりお迎えに上がったのだが……聖女様からすれば突然の出来事だっただろう。此度の無礼大変失礼した」


 やばいどうしよう。話に付いていけない。とりあえず愛想笑いしとこ。


「い、いえ。お気になさらないでください」


 自分の知らないところで勝手に話が進んでいる。ラーファさん?俺社会に出たことないから詳しいこと分かんないけど、報連相とか引き継ぎって大事だと思うの。何の情報も無しに異世界にほっぽり出すのってあまりにもハードすぎると思うの。


「差し支えなければお名前を聞いてもよろしいかな?」

「はい。私は──」


 名前を答えようとして俺の口がピタリと止まる。

 

 あれ?俺の名前ってどうすればいいの?

 

 「伊藤健一です」


 って素直に言えるわけないし、今から偽名を考えるのか?え、確かに俺は妄想とか良くしてたけど、どれもこれも本名で妄想してたから、そういうクリエイティブな能力は育ってないんですけど。え?どうしよう。どうしたらいい?助けてラーファさん!

  

「──私はユーリ・ラファルトと申します。以後お見知りおきを」


 えっ。なんか勝手に口が動いたんですけど。こわ。


 まるで脳みそに元からインプットされていたかのように俺の口からすらすらと名前が出てくる。この名前に関しては十中八九ラーファが名前を付けたものだろう。こういう名前とかは事前に伝えてくれると助かるんだけど……まぁとりあえず何とかなったから良しとしよう。俺のセンスだと多分まともな名前が出てこないと思うし、これから俺はユーリ・ラファルトとして生きていこう。


 それから王様と二言三言会話のキャッチボールを終えた俺は来賓用の部屋へと案内された。廊下ですれ違う度に侍女達に頭を下げられ、その都度頭を下げ返していたため到着が遅れたのはここだけの話である。

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