ひっ
「どうしてこうなった……」
緊張感がひしひしと伝わってくる訓練場で、青空を眺めながら言葉を漏らす。
大きくため息をついてから訓練場の真ん中へと視線を移すと、そこには銀色に輝く鎧を纏うミカエラと、軽鎧を纏ったリサの姿があった。
ひょんなことから模擬戦をすることになった二人。そんな彼女たちの戦いを一目見ようと、訓練場には多くの観客がいる。どうやら二人の模擬戦はいつものことらしく、見慣れている一部の兵士たちはどちらが勝つか賭けを始めている。内容は……丁度五分五分らしい。
「どうするリサ?木剣でやる?それとも真剣でやる?」
「真剣でやりましょう。そっちの方が本気を出せますから」
「そう、私も真剣でやりたいと思っていたから好都合よ」
二人のやり取りを聞き、観客たちがどよめく。勇者と近衛騎士団副団長の二人が真剣勝負をおっぱじるとは思っていなかったらしい。
「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも!さすがに真剣を使うのは危ないよっ!」
俺が原因で起きた模擬戦(一応恒例のことらしいが)で二人に怪我をされると寝覚めが悪いと思った俺は、二人に木剣でやるように促す。
「大丈夫ですよユーリ先輩、ちゃんと寸止めしますし」
「ご心配ありがとうございます。ですが、しっかり寸止めしますので問題ありません」
「……あ、そう」
二人同時に同じ内容の返事をされ、それ以上の言葉を続けることが出来なくなる。お二人とも仲がよろしいことで。
「……間に合った」
「おうっ!?」
音もなく俺の隣にやってきた一人の少女。心臓が跳ねるのと同時に俺の身体が大きく後ずさる。紫がかった長い髪と魔法使いですと言わんばかりの服装とローブ。この子は確か……。
「えっと……もしかして勇者パーティーの……」
「そう。私の名前はミーティア。呼び方はミーちゃんでもティアでもどっちでも良い」
昨日リサと一緒に居た表情の変化が乏しく、さらには体の発育も乏し……じゃなくて緩やかな女の子が自己紹介をしてくれる。俺よりも身長が小さいから少し見上げる形になっているのだが……女の子に上目遣いされるのってやっぱりいいよね。
「じゃあティアさんと呼ばせてもらいますね。私はユーリ・ラファルトと申します。以後お見知りおきを」
「うん、よろしくユーちゃん。それと敬語は要らないし私のことは呼び捨てで良い……いや、やっぱりミ―ちゃんって呼んで。そっちの方が可愛いから」
「えっと……み、ミーちゃん」
「うん、それでお願いねユーちゃん」
感情が表に出づらい子だが、距離の詰め方は尋常じゃないらしい。あ、でもこのいつもは仏頂面をしている子が見せる微笑みめっちゃ良い……。何この子、可愛い。
「……ねぇミーちゃん」
「ん?どうしたのユーちゃん?」
「あ、頭撫でても良い?」
「いいよ。ユーちゃんだけ特別」
「ありがとミーちゃん」
俺は彼女の頭に手を乗せ、そのまま優しく撫でる。髪のケアを怠っていないと分かるサラサラとした感触が手に伝わり、とても心地よい。そして何より撫でられているミーちゃんの満足げな表情と、「おぉ……」や「ん~……」と彼女の小さな口から漏れ出る声がすんごく可愛い。何だろうこの溢れ出る小動物感は……え、うちの子にしたいんだけど駄目かなぁ?
「ユーちゃん撫でるの上手」
「ほんと?ならよかった」
「うん、もっと撫でて」
彼女からのお許しも得たことだし、満足するまでサラサラとしたこの感触を楽しも───。
ぞわっ!!!!
身体全身の鳥肌が立ち、心臓の鼓動がが一気に加速する。自身の身体にへばりつく恐怖。な、なんだ?この圧倒的な威圧感は一体どこから……。
「ユーリお姉様」
「ひゃいっ!?」
凛とした声に背筋がピンとなり、自然と気を付けの姿勢になる。そのままの姿勢で声のした方へと身体を向けるとそこにはニコニコと、それはもう大変良い笑顔をしたノアちゃんが立っていた。俺は声が震えない様に細心の注意を払いながら口を開く。
「の、ノアちゃん。昨日ぶりだね、昨日はお疲れ様」
「ありがとうございますユーリお姉様。お姉様こそ、昨日はお疲れ様でした」
「ありがとう。えっと……どうしてノアちゃんはここに?」
どうしてこんなところに王女様がいるんだよ。ここは訓練場だぞ?土煙と男共の暑苦しさに塗れた、淑女には似ても似つかない場所だぞ?どうしてここにこの国の王女様が自ら足を運んできたんだよ。城内のセキュリティはどうなってんだセキュリティは。
「風の噂で勇者様とミカエラが模擬戦をすると聞きまして。中々見られない光景ですので、勉強がてら観戦させていただこうかと」
うふふと笑いながら俺の疑問に答えるノアちゃん。
「そうなんだ。ノアちゃんは勉強熱心で偉いね」
「うふふ、ありがとうございますユーリお姉様」
なんだ。ただ勉強熱心なだけなのか。ノアちゃんは才能マシマシの王女様だって言われてるし、こういう場所に足を運んでもおかしくはないか。あはは、びっくりしたぁ。
「さて、お次は私の質問の番ですね」
彼女の言葉に産毛が逆立つのを感じる。な、なんだこの威圧感は……こ、答え方によってはもしかしなくても俺の人生が大変な事になってしまうのではないだろうか?
「えっ……とぉ……な、何かな?」
「どうしてユーリお姉様は、ミーティア様の頭を撫でていたのですか?」
びくっと俺の肩が跳ねる。
「あぁ、別に怒っているわけではありませんよ?ただどうして彼女の頭を撫でていたのか、そしてユーリお姉さまとミーティア様は一体どういう関係なのか、少々気になっただけですので」
いや絶対嘘じゃん!滅茶苦茶怒ってるじゃん!怒らないから正直に言いなさいと同じこと言われて正直に言えるわけないじゃん!
にこにことした笑顔の裏には体が震えてしまう冷たい何かと、本能に直接危機感を訴えかけてくるどす黒い感情が潜んでいる。もしここで回答を間違えた場合、俺の色々なものが危険に晒されるだろう。特に貞操。
な、なんて答えれば……どうすればこの状況を打開できるんだ……!
「ノアルス様もなでなでされたほうがいい。ユーちゃんのなでなですごく気持ちいい」
「……そうですね。ではユーリお姉さま、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「も、もちろんだよ!」
俺は左手をノアちゃんの背中に回し、右手で彼女の鮮やかな金髪を優しく撫で始める。うわ、めっちゃサラサラ。しかもすんごいいい匂いする。
「ふわ……あっ、そこきもちいいです……」
俺に撫でられているノアちゃんは恍惚とした表情を浮かべ、紳士諸君にはお聞かせできない甘美な声を上げ始める。なんか撫でてるこっち変な気分になって来た。
「ふふ、ノアちゃんの髪すごいサラサラだね。撫でてるこっちも幸せになってくるよ」
「そ、そんなこと言っても……ミーティア様と浮気していたのは……んっ……許しませんからっ……んぅ」
浮気て。一体いつから俺とノアちゃんはお付き合いしてたの?
そんな言葉が危うく出かけるが、無理やり引っ込め、別の言葉を投げかける。
「ごめんね?でもミーちゃんとはそういう関係じゃないんだよ」
「そう言ってまた───」
ここが勝負所と見た俺は、ノアちゃんの耳元へとそっと口を寄せる。
「ノア」
「ひゃいっ!?」
「私のこと、信じてくれるよね?」
可能な限り低い声を出して、ノアちゃんに話しかける。自分に似つかわしくなく、さらにかなりクサイ発言をしているのは自覚しているため、羞恥心が凄まじい勢いで肥大化していくのを感じる。が、ここで自分の言動にのたうち回るとせっかくのイケボ(当社比)が台無しになってしまうため、せりあがって来るむずむずを何とか押しとどめる。
「ふぁ……ふぁい……私は、ノアはお姉様の言う事をすべて信じます……」
「ふふ、いいこだ。ほら、おいで?」
「は、はいぃ……!」
俺はノアちゃんを優しく抱きしめ、優しく彼女の頭を撫で続ける。俺のクサイ発言がノアちゃん的にはかなり刺さったのか、先ほど以上に蕩けた表情で俺の事を見つめている。
「ユーちゃん女誑し」
ミーちゃんのじっとりとした池泉が突き刺さる。違うんですよ。こうでもしないと俺の色々な物が危険だったんですよ。だからそんな目で俺を見ないで欲しい。
「ほ、ほらっ!そろそろ試合が始ま……ひっ!?」
ミーちゃんから視線を逸らし、ミカエラとリサの方へ視線を戻す。
目が合った。ミカエラの嫉妬の炎が宿った恐ろしい瞳ととリサのまるでゴミでも見るかのような酷く冷たい瞳。どうやら先ほどまでのノアちゃんとのやり取りを一部始終見ていたらしい。
……わりぃ、俺死んだわ。
ミーちゃん、ミカエラ、リサ。3人の鋭い視線を受けて俺は乾いた笑い声をあげることしか出来なかった。




