模擬戦
「……ユーリ様」
「さ、さぁ!皆さんを待たせてるわけだし、試合しちゃおう!私も2人が戦ってるところ早く見てみたいなぁ!」
ミカエラとリサの視線に耐えながら、俺は二人に試合をするように促す。なんなら二人からの視線だけじゃなくて周囲に居る兵士たちからも注目を集めているため、非常に気まずい。そんな目で俺を見るなと叫びたいところだが、そんなことをしたら聖女としての評判が下がってしまう……というかこの修羅場のど真ん中に居る時点で俺の評判も何もないのでは?あれ?もしかして詰んでる?
「はぁ、ユーリ先輩には後でちゃんとお灸を据えるとして……始めましょうかミカエラさん」
「そうだな。ユーリ様とは後でしっかりとお話をするとして、あまり長い時間場所を奪ってしまうのは申し訳ないからな。手っ取り早く終わらせよう」
「あれ?それはすぐに負けてくれるってことですか?」
「ふっ。馬鹿を言うな。その逆だ」
口上戦が終わると同時に訓練場は静寂に包まれる。その静けさが嵐の前のそれであることは初心者の俺でも分かった。
黄金に輝く剣と白銀の剣を構えるリサと、近衛騎士特有の装飾が施された剣を構えるミカエラ。呼吸を忘れるほどの静寂が数秒続き、そして───。
「いきますっ!はああああ!」
先に動いたのはリサだった。地面を思いきり蹴り、低姿勢のままミカエラとの間合いを詰めに行く。その速度は瞬きが許されないほど速く、周囲の兵士からも驚きの声が上がっている。
瞬く間に距離を詰めたリサは勢いそのままに剣を振るう。そこらの兵士であればこの一撃に対応することが出来ずに負けていただろう。がしかし、ミカエラはリサの攻撃をいとも容易く受け止める。
「ほう……随分と成長したじゃないか」
「ありがとうございます。でも、まだまだこれからですよっ!」
リサの攻撃速度がさらに加速する。二刀流であることを存分に生かし、息つく暇のない連撃を浴びせる。勇者の速度と力が合わさった彼女の攻撃は、目で追いかけるのすら難しいというのに、ミカエラは顔色一つ変えずに彼女の攻撃をいなし、華麗に回避していく。それにしても。
「リサが強いのは何となく予想付いてたけど、ミカエラってあんなに強かったんだ……」
本気の殺し合いでないにしろ、ミカエラが人類の最終兵器と謳われている勇者と互角に戦えていることに驚きを隠せない。ミカエラが近衛騎士団の副団長という地位についていることは知っているし、そこら辺の騎士よりも能力が高いのは知っているが、まさかここまでとは思わなかった。
「ああ見えてミカエラは最年少で近衛騎士団副団長の地位に上り詰めた人ですからね。純粋な剣技だけでしたら、リサ様よりも上と噂されているんです」
「そうだったんだ……普段ぽんこつ……は言い過ぎだけど、すごいほんわかした雰囲気しているからすごいびっくりだよ」
「うふふ、ミカエラはユーリお姉様にすごい甘いですからね。まぁ彼女の家の事を考えたら分からなくもないですが」
「ノアちゃん、それってどういう───」
ガキンッ!!
「きゃっ!」
金属同士がぶつかる音が鳴り響く。あまりの大きさに俺は思わず耳を塞ぎ、女の子の様な悲鳴を上げてしまう。これは決して心が女の子に近づいているからとかではなく、近くにノアちゃんやミーちゃんが居るから演技をしただけだ。決して自然と女の子みたいな声が出たとかではない。
ミカエラは勇者の攻撃を全て防いだ。それも危なげなく、涼しい顔で全てを防いだのだ。
「くっ……やっぱりミカエラさんは強いですねっ!少しくらいは攻撃が通ると思ったんですけど」
一度距離を取り、不敵な笑みを浮かべるリサ。彼女の笑みは同郷出身とは思えないほどの獰猛さが宿っており、見ているだけなのに恐怖心が湧いてくる。これが死線を潜り抜けてきた人の表情か。
「近衛騎士団副団長として当然よ」
「あははっ……それじゃあここから先は本気でやらせてもらおうかなっ」
「私も殺す気で行くから精々怪我しないようにね、リサ」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ、ミカエラさん」
二人の纏う空気が変わる。まるで自分自身が切先を向けられているかのような錯覚を覚える。自然と鳥肌が立ち、手先がプルプルと震え始める。さっきのが本気じゃなかったってマジですか。
「ユーリお姉様、大丈夫ですよ」
「え、あ、うん……ありがとノアちゃ」
俺が言いきる前に戦況が動く。目で捉えられるかギリギリの速度でリサがミカエラに攻撃を仕掛けたのだ。
「ふっ!」
だがミカエラは常人では反応できないリサの攻撃に反応する。それもある程度の余裕を持って。
「流石はミカエラさん……でもどこまで耐えられるかなっ!」
ガキンガキンと耳をつんざく音が訓練場に鳴り響く。その勢いは止まることを知らず、それどころかどんどん勢いが増していく。
「あはっ……あはははっ!!」
「えっ、こわ」
金と銀の剣を振り回しながら狂気的な笑い声をあげるリサに思わず声が漏れる。
「リーちゃんは本気出すとああなる」
「こわ……バーサーカーじゃん」
勇者と言えば聖剣を使ってスマートに戦うのが一般的だが、リサはその真逆。強敵と戦う事を生きがいとする頭のネジが何本もぶっ飛んでるような強敵の様な戦い方をするらしい。見てくださいリサのあの爛々と輝く瞳と狂気的な笑顔。あれ女の子がしちゃいけない顔してますやん。
理性のタガが外れ、まるで別人の様な戦い方をするリサ。車を運転すると人格が変わる人間が世の中には居るらしいが……リサは剣を握ると人格が変わるらしい。あれだね、リサには馬車を運転させない方が良さそうだ。馬が可哀想なことになっちゃう。
「ちっ!……相変わらず厄介だなっ!」
瞬きすら許されない彼女の剣戟をミカエラは愚痴を吐き捨てながらいなしていく。本能のままに繰り出される嵐の様な攻撃とまるで機械の様に一部の狂いも無い正確無比な防御。最狂の攻撃と最強の盾が凄まじい音を立てながらぶつかり合う。
「あはははっ!!まだまだだこれからだよぉ~!?」
「いい加減落ち着くことを覚えたらどうだこのお転婆勇者っ!」
両者一歩も譲らない攻防戦が続くが、徐々に戦況が傾き始める。
「ほらほらほらっ!!必死に守らないと綺麗な顔に傷がついちゃいますよ!!」
二刀流から繰り出される絶え間ない攻撃と、常に主導権を持っているアドバンテージにより、鉄壁を誇っていたミカエラの防御が少しずつ崩れ始める。
「くっ……」
「あはっ♡」
狂気的な笑みを浮かべるリサと苦悶の表情を浮かべるミカエラ。このまま進めばリサに軍配が上がるのは火を見るよりも明らかだ。
「なんでミカエラは攻めないんだろ……」
「近衛騎士団の剣技は攻めることよりも守ることに特化しています。守って、守って、守り続けて。一瞬だけ生まれる勝ち筋を手繰り寄せる。それが近衛騎士団の戦い方なのです」
「なるほど……リサにとっては好都合だろうね」
「いえ、そうとも限りませんよ。御覧になってください」
ノアちゃんに促されるままリサの動きを見る。集中していても見逃してしまいそうな攻撃の数々。だが、ずっと見ていたからこそ分かる。リサの攻撃は時間が経つにつれて精細さを欠き始めているのだ。
「……あははははっ!あはははははは!守って?守って守って守ってぇ!!!」
スタミナ切れが近いのを自覚しているのか、リサはここで決めると言わんばかりの連撃を披露する。
「くっ!?」
守っているミカエラも体力をかなり消耗しているのか、徐々に徐々に攻撃を喰らう回数が増えていき、彼女の身体には多数の切り傷が生まれていく。
「ははっ!あはははははは!」
自分の攻めが効いている。そのことが分かったからリサは心底嬉しそうな笑い声をあげ、攻撃を続ける。縦横無尽に繰り出される剣戟に耐えられなくなったミカエラに一瞬の隙が生まれる。
「もらいっ!!」
リサの笑みが一層深くなる。にぃと邪悪な笑みを浮かべたままリサがミカエラに渾身の一撃を叩き込む。
はずだった。
「その瞬間を待っていた───はぁっ!」
「しまっ!?」
今まで防戦一方だったミカエラが下がるのではなく、リサの攻撃をいなしながら無理やり前に踏み込んだのだ。リサも人間離れした動きで何とか攻撃を防ごうと試みるも、数瞬の遅れは強者同士の戦いにおいては死を意味する。
「がっ!?」
剣の腹で思いきり殴られたリサの身体は大きく吹き飛ばされ、地面をコロコロと転がる。
「リサっ!?」
「───けほっけほっ。はぁ~負けちゃった~」
「……えぇ?」
地面を面白いくらいに転がっていたリサは何事も無かったかのように起き上がり、あははと笑い始める。何あの子?ゾンビか何か?
「かなり成長しているけれど、詰めが甘いところは直ってないわね」
「むぅ~……絶対に決まると思ったから攻めたんです~。それに魔法アリだったら絶対に買ってました~」
「何当たり前の事を言ってるの?魔法を使って勝てなかったら勇者失格よ」
「なら今回は私の勝ちってことで」
「そんなわけないでしょ」
殺気と殺気をぶつけ合っていたとは思えないほど2人は和気藹々と会話し始める。
「というかミカエラさん。さっきの攻撃で肋骨折れたんですけど」
「それを言うなら私だって切り傷すごいわよ」
「骨折れるよりはましじゃないですか。少しは手加減してくださいよー」
「最後のあなたの攻撃も喰らったら間違いなく骨折してたからお互い様よ」
え、なにこの人達めっちゃ怖いんですけど。何で骨折れてるのにそんな堂々としてるの?同じ人間とは思えないんですけど。
「ユーリお姉様、もしよろしければ二人の怪我を治療してくださいませんか?」
「私からもお願い。リーちゃんの怪我治してほしい」
「あ、うん。それはもちろん……ヒール」
ノアちゃんとミーちゃんにお願いされ、俺は二人に回復魔法をかける。淡い光が二人を包みこむと同時に、彼女たちが負っていた怪我が瞬く間に治癒されていく。
「これが聖女の力……すごいっ!ユーリ先輩ありがとうございますっ!」
怪我が治ったリサがたたっとこちらに駆け寄って来る。今はただの美少女なのにさっきまであんな怖い笑顔を浮かべてたんだよね。しかも骨折れてたのにケロッとしてたし……。
「こ、これからリサ先輩とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「え!?なんでですか!?」
「ユーリ様」
リサの後ろからミカエラが現れる。そしてそのまま俺の前で跪き首を垂れる。
「ミカエラ・レイバン。ユーリ様にこの勝利を捧げます」
「えっと……うん、ありがとう。それとお疲れ様」
俺はミカエラの頭を撫で、彼女の頑張りを褒め称える。今日のミカエラはすごい騎士みたいだと思ったが、彼女は本物どころか上澄みの方の騎士だった。普段の言動のせいでつい忘れがちになるが、今日の姿を見たらミカエラが近衛騎士団副団長であることは忘れないだろう。数日は。
「ミカエラさんだけずるいです。私も頑張ったので撫でてくださいユーリ先輩」
「おいリサ。これは勝者にのみ与えられる褒美だぞ」
「いいじゃないですか~。どうせミカエラさんだって負けたらユーリ先輩に慰めて貰おうとか考えてたくせに」
「……そんなことは考えてなかったぞ」
「目を逸らしながら言われても説得力ないですよ」
結局リサの頭も撫で、模擬戦と2人の痴話喧嘩は丸く収まったのだった。ちなみにノアちゃんとミーちゃんにもなでなでをせがまれたのでしっかりと頭を撫でました。修羅場に巻き込まれるのは嫌だけど女の子の頭をいっぱい撫でれて嬉しかったです。(小並感)




