第一部⑧『反撃の狼煙』
「あのさ、クルミちゃん空気読もうよ!!」
性根が恨み深くできているクルミは、それ以来しばらくツグミのことを呪っていた。
これでなかなか頑固なところがあるので、罵られた上にビンタまで喰らっているからには、形だけでも謝って関係を取り繕うなどはしたくもないと考えるほうである。
すると、徐々にクラスメイトからは距離を置かれるようになり、高学年に上 がる頃にはツグミが中心人物になる一方で明らかにクルミが輪から外されるようになってきた。
そうなるとクルミの心は弱ってゆき、(ちょっとさすがにさみしいの)と思い、かつて仲が良かった女子に擦り寄ったことがある。しかし冷たく拒絶されてしまった。
クラス内の人間を区切るために引かれた無数の見えない線。ピンッと張りつめられた線に弾き返されてしまったのだ。クルミはすでに外側におり内側にはいない。気付いた時には遅かった。
それでも人間関係を築くことを諦めずにいれば数は少なくとも誰かと繋がることができたのかもしれないのだが。
———クルミはこれでなかなか繊細にできている。
拒絶されるときの痛みを覚えてしまってからは、他人に対して『恐怖』を抱くように なり、逃げるように孤立するほうを選んでしまったのだ。
やがて会話する言葉すらも引き攣ってしまいマトモに出せなくなってしまった。これも『怖い』からである。
本音のところでは陽の当たるところで堂々と笑い合える、普通の女子中学生でいたいのに、なのに、それが決して叶わない日陰を見つけてスッポリと収まってしまう性質を持っている。
クルミは逃げた。羅刹から全力で逃げた。
それもそのはず。生身なら即死級の攻撃を仕掛ける殺意MAXの筋肉達磨を見れば誰だって当然逃げるだろう。立ち向かえるほうが頭がどうかしてるのだ。
そんなとき、逃げるは恥だが役に立つ。むしろこの場合だとクルミは遠距離有利の弓を使わねばならないのだから、恥るべきではなく潔くて正常な 判断と言える。
ところが、クルミは呟く。「あたしのバカ」と自分を呪う。これは(またあたしは同じことを繰り返すのか)という予感である。
逃げるは恥だが役に立つのだが、逃げ方というものがあるのではないか。戦術的撤退ではなく、単純に怖くて逃げて、行きつく先はどこだろうか?
そう、どうにもならない隅っこに収まって、打開策なく、昼休み終了のチャイムを待つが如く、ビルとビルの間で膝を抱えて震えるのがクルミである。
「夢見た魔法少女になってもあたしの居場所は似たようなところなんだね」
そう呟いたらどうしようもない自己嫌悪の波に襲われ自分がとんでもなく身の程知らずなアホに思えて戦意なんてこれっぽっちだって振り絞ることができなかった。
羅刹も羅刹で標的を見失いアホの如く暴れては街を破壊してゆく。クルミはそんな地響きすらも耳に届かず転がり込んできた夢を得ても何もできない己に心底ガッカリするばかりである。
やがて追い詰められるように屋上へ上がり、無残にブチ壊された地元の姿を見ても、なおも心が動かないのだからどこまでもガッカリである。———だが
「にっ、逃げようよクルミ!!」
性根が意地っ張りにできているクルミである。ポジルンに逃げるよう諭されれば(ここで踏み止まらなきゃダメでしょ!?)と言いたくなるのだ。
それは、ポジルンでなく、クルミがクルミ自身に言い聞かせたかった言葉でもあった。テントウムシくらいの大きさのちっぽけな意地が心の中に未だあるのだ。
たとえ『できそこない』と 罵られることがあっても自分で『できそこない』だと思いたくはない。クルミは逃げ足をギリギリのところで止めた。
『やってやるよ』と小さく呟いたその声は、肩に乗っていたポジルンにもほとんど聞こえないほど、微かだった。震える指で、弓を握りなおした。
ここでやるしか、ないのだ。
決意した現実とのガチ勝負。
そして、弧を描く弓に引かれた弦を、ピンッと張りつめられた線を、指で弾いたのだった。




