第一部⑥『魔法少女、服が弾け飛ぶ』
「———というわけで、三次元空間は層的に積み重なっていて、ぼくらはそこを自由に移動することができる。これを二次元の関係に置き換えてみようか。たとえば、二次元の紙が積み重なって三次元的厚みを持ったノートがあるよね。その1ページ目に住んでいるのが君たちだとしたら、ページからページへジャンプできるのがぼくらなんだ。君たちのいるページの果ての果てにぼくらの世界があるわけ」
「ほうほう」
「次元と次元は干渉する。たとえばきみの住む1ページ目にインクを垂らしたとする。するとインクは徐々に染みてゆき、ぼくらの国が存在する100ページ目に到達する」
「ふむふむ」
「そのインクはぼくらの世界に致命的なダメージを与えるものなんだ。それがきみたちの世界から垂れ落ちていることを知ったならば?そう、だからこうしてぼくは元凶をどうにかするために、次元を超えてきみの前に現れたってことさ。ここまで分かったかい?」
「ごめん、ちっともわからない」
ぶっちゃけ、魔法少女に変身してから十数分でクルミはダルさを覚えていた。
ゲームで言うところのチュートリアルはことごとくスキップしてきたクルミである。(なんとなくで分かればOKなの)という気持ちがそうさせているのだ。
そんなもんだから、ポジルンの語る人知を超えた世界観に(それってどういうこと?)と食いつくような知的好奇心は皆無。むしろ早く終わらないかナーとすら思っている。
だが、クルミはそんな自分を変えたくてしかたがない。
「そいやっ!」
「!?」
「なんでもないの 。ごめんだけど、もう一度説明してほしいの」
「自分の頬を自分で叩くのはこの世界独特の文化か何かなのかい?」
「気にしないでほしいの」
突然の自傷行為に、ポジルンは信じられないものを見るかのように目を丸くした。そりゃそうだろう。クルミの内面的事情はポジルンには分からないのだから。変人はいつも自己完結なのだ。
ともあれ、クルミとしてはダメダメな自分をどうにか変えたいのである。理想の自分に生まれ変わりたいのである。その機会が今なのである。
クルミは「ちっともわからない」と言った。
「もう一度説明してほしい」と言った。
普段のクルミならばそんな向学心を感じさせるようなことなど言うはずもない。無駄にプライドの高いクルミは周囲からアホのように思われたくないのだから。
その悪癖で損ばかりしてきた。理解不足のまま行動してアホなミスを起こし続けて、かえってアホのように扱われてきたのだから、本末転倒という他ない。
ところが、今のクルミは違うのだ。自身の目指す『立派な魔法少女』になるべく自分を変えようと試み、改善しようと彼女なりに努めているのだ。
だからこそ、実際にほら、そんな自分を変えるべく「わからない」ことを「わからない」と発言できたではないか。
「でも、今の5回目の説明だよぅ?」
「…………」
クルミの中で、ヤル気が萎えてゆくのを感じる。
少々呆れ気味の「5回目の説明だよぅ?」というポジルンの一言に、急激に気力が萎むではないか。立派な自分を目指そうとしたのに、こうして呆れられてしまうのだから殊勝な心がけも失せてゆく。
「……まぁ、君たちからしてみれば天地がひっくり返るような話だから、すぐに理解してほしいとは言わないよぅ。さっきも言ったとおり、それほど時間も無いし、きみにとっては天地がひっくり返るような話なんだから全部理解しようとしなくても構わないんだよぅ?」
「わかった。この件は脳内反省会の材料にする」
「脳内反省会?」
「ううん、なんでもないの」
「?」
「……ねえポジルン?あたし、どっか変なところ、ある?」
「変って、ぼくはこっちの世界の人間と話すのが初めてだからそういうの分からないよぅ」
「そう、そうだよね。ごめんね。今の忘れてほしいの。それよりもっと説明してほしいの。ポジルンがあたしに伝えたい色んなこと」
魔法少女に生まれ変わり、すべて洗い流されたような気持になったのに、どうしてこんなに不安になるのだろう?『デキソコナイ』という呪いの言葉が脳内をぐるぐると巡り、目の前のポジルンが熱心に語るその言葉は、ほとんどうわの空で聞いていた。
「———つまり、奴らを倒すことによって分岐させられた次元が消滅し、元の世界に戻れるということだよぅ」
「…………」
「……クルミ?大丈夫?」
「はえっ?」
クルミはこうして自らのダウナーな脳内世界に閉じこもってしまうことが多々ある。普段の授業中もそうである。悪癖パート2である。そんなわけだから一見すると真面目に授業に参加しているようにみえるクルミの成績はすこぶる悪い。テストが返却されると(いよいよ自分には何の取柄もないのだなぁ)としみじみ思い知ってしまうのだ。
「ねえ大丈夫?」
「……大丈夫、だよ?」
「大丈夫じゃないよね?」
そんなポジルンの言葉でクルミは気付いたのだ。(なんだこれは。これじゃいつもとダメダメなあたしと同じだ)と。
魔法少女になれども心の内面が即席で変化するわけでもなく、結局のところ普段の自分自身なのだ。(おっと、これでは何も変わらないではないか)と、クルミは、ねぼけた目を覚ますように、もしくはヒステリックな自傷行為のように、両頬をバチンと叩いた。
「大丈夫!!!あたしは魔法少女になったんだから!みなぎる奇跡で起こすミラクル☆とか言っちゃうぞぉ!」
「……変」
「なんだとぉ!?何が変だ!テメェこの世界の人間と初めて話すとか言ってたじゃねぇかよ!?」
「!?」
「はわわっ、なんでもないの」
「違う。なんだか、変なんだ。この周囲の闇が急に深まってきた。ひょっとしたらもう『奴ら』が暴れだしているのかもしれないよぅ」
何を言っているのかクルミには分からないが、四足獣の動きで警戒するポジルンの姿を見れば、何か異変が起きていることくらいは分かった。
ともあれ、マスコットにブチキレるといった魔法少女にあるまじき行為は自然とスルーされたので、その薄い胸をホッとなでおろしたのだった。狭量で凶暴な性格を内包しながらも外面ばっか優しげに振る舞うのも彼女の 悪癖の一つであることのだが、本人に自覚がない。
「待って、あたしホッとしている場合じゃない!ポジルン、そ、それって、敵が来たってことなの!?」
「間違いない。すぐ近くで異次元が生み出された。行くよクルミ!」
「行くってどこへ!あたし超生身だよ!」
「あっち側の世界さ。ぼくにつかまって!この一枚向こうの向こう行けばきみは魔法少女に変身できるんだ!」
「ひゃあ!」
『敵』と聞けばテンションは下がるが、『変身』と聞けばテンションは上がる。そんなふうにクルミはできている。
憧れの魔法少女。憧れの向こう側に何が待ち受けているのかは、これっぽっちも想像してやいなかった。
それは誰もが一度くらいは目にしたことのある、あの『変身シーン』というやつである。
「移動するから手を繋いで!」とポジルンは言った。モフッとした手を握ると周囲が目も眩むような光に包まれたのだ。
変身シーン。まさか自分が本当にやるとは思わなかったろう。そりゃそうだ。全人類は自分が魔法少女の当事者になるなどとはこれっぽっちも考えちゃいない。
(どうやらいよいよあたしはメルヘンの住人になりつつあるの)と思っているうちに、ポジルンを包んでいた例の金平糖のような光の粒子が全身に集まり、そして古今東西のお約束通りに弾け飛ぶ、着衣。
「ぎゃあっ!」
「これは変身のためだから大丈夫だよぅ」
「ちょ、ちょっと待てぇ!あたし人前で肌を晒すとか無理なの!」
「人前って、ぼくのほかに誰が見てるんだい!?」
「分からない!でもなんだかたくさんの目に観られてるような気がする!こんな色気の無いショボい裸でごめんなさい!」
「ぼくにはクルミが何を言っているのか分からない!」
「あたしも自分で何を言っているのか分からない!」
露出した肌が視聴者たちに観られているような錯覚に陥り錯乱混乱。
そんなリアクションをしてしまったのも、かつてクルミ自身もアニメの魔法少女が変身する際に(ほうほう、こうやって視聴者サービスをするんだな)と幼女ながらに鼻息フンフンと、イカガワシイ目で観ていたせいに他ならない。
もしや、中学2年生になれば誰もがあれくらいの起伏ある身体になれるのかと夢を見て、期待しつつも、待てども待てども来やしない二次性徴。
至極 平坦な胸元を指でなぞり(所詮あれはフィクションだったの)と皮肉な笑みを浮かべため息をついた風呂上がり。現実はそんなところでもクルミに厳しい。
「変身後は肉体が急激にオトナに成長するとかそういう設定は!?」
「無い!」
「無ければ次回までに搭載して!子供たちの憧れはお姉さん系だって昔から決まってるんだから!」
「そんなの要らないよぅ!変身の最中にしゃべってばかりいると舌を噛み切っちゃうよぅ!」
「馬鹿野郎!そんな無駄な設定こそ要らんわ!無くていい…あぐっ…!」
幼き日に憧れた魔法少女に生まれ変わりつつあるというのに、話のスケールが小さいところに集約してゆく。それ即ち自身の器の小ささを意味しているのではないだろうか。それもそのはず、すみっこ暮らしをしていたクルミが突如として心までもが魔法少女なになりきれるわけではないのだ。
閃光と共に次々と装着されゆくコスチューム。そしてさなぎから蝶へ羽化するが如く、魔法少女クルミの、お披露目と相成ったのであった。
「……やった!ピンクベースのデザインだ!主人公格だ!ひゃあ!人生で初めてってくらいスカート短いのぉ!」
「ご、ごめん、クルミ」
「?」
「出現する座標軸が大幅にズレたよぅ!」
「すると?」
「ぼくたちは上空から落下する流れ星になる」
ばたばたとはためくコスチューム。顔にぶつかる空気圧。
むなしく空を切る脚。
見上げれば星空。
見下げた地面は、アホほど遠かった。
「ざけんなテメェ!座標軸がどうとか さっきも言ってたよなぁ!?今度はあたしまで巻き込んで一緒に流れ星かよ!?」
「調整が慣れてないんだよぅ!」
「マヌケなことぬかすな!テメェの不慣れのせいで変身してすぐに人生終わったじゃねぇか!」
「で、でも、平気。今のクルミならこの高さくらい、着地してみせるさ!」
「うるせええええええぇ!せめてコンクリに直撃しないことを祈れえええええぇ!」
だが、猛スピードで迫ってくる地面、その落下予想場所は明らかに、明らかにコンクリ舗装された路面であった。自身の不運に「ぴゃあ」と悲鳴を上げた。
内臓浮き上がり頭髪逆毛立つ自由落下の中、南無三、と唱え、せめてもの足掻きとばかりに足からの落下へと空中で体制を変えたのだった。
それは、普段のクルミからではおよそ想像のつかないような的確な身のこなしであった。
「あたしに力いっぱい掴まってて!!!」
本人の主観からすれば人生最後とばかりに叫んだその言葉は、意外にもポジルンを気遣った一言であった。
これも、普段のクルミからはおよそ想像のつかないような———
「!!!!」
脚から粉々に肉体が砕け散る、かと思いきや、陥没したのはコンクリの舗装のほうであり、たわみを持たせた両脚は充分に身体を支えるのに耐えた。
一見すれば天から魔法少女が降臨したふうにも見えなくもないが、その風格は、緊張の糸が切れ半分気絶したかのようにドテチンと倒れこんだクルミの姿によってかき消されたのであった。




