第一部⑤『クルミ、未知の既知と遭遇』
夜道を数百メートルほど走った先には、あまり手入れのされていない放ったらかし同然の雑な公園がある。
丘のように少しばかり高くなっているのは、そこが古墳であるからなのだが、いかんせん名もなき地方のショボい豪族の墓であったため特に大切に管理されているわけでもない。
ともあれクルミは、まことバカバカしい、幼稚にして稚拙な、夢のような妄想、妄想のような夢、それを追いかけて落下地点へと急いだ。
心音が高鳴り呼吸が荒いでも打破したいほどの不満な現状があるのだ。決してあり得ない話だとは分かっている。それでも、もしかしたらと思わせる光の軌道を確かに見た。
ところが、ガサガサと薮の中に分け入り分け入りするも、足元に広がるのは腐葉土とクソガキの残した駄菓子のビニールゴミばかり。
これは空振りか。薄っすらと諦めの色がその表情に広がってきた。それと同時に、自身がとんでもないアホに思えてきた。
「ハァー、ハァー、ハァー、やっぱりアホなのかあたしは、ハァー、今度こそ本当のほんとうにアタマおかしいでしょ」
自分はこの世界の主人公ではない。幼い頃に誰もが知るその当たり前。それを受け入れたときの寂しさが久しぶりに蘇ってきて頬の内側がツンと痛んだ。
「ミラクルなんて望んでたってそんなの現実逃避だ。どうせあるわけないんでしょ。どうせそうなんでしょ」
現実逃避。いよいよ自分は幻覚にまで苛まれるようになったのかと、頭の痛い気持ちでいっぱいになって、思わず蹴りつけた木が葉の音を立てて揺れた。痛い。粗暴な行いに慣れてないクルミは爪先で蹴りを入れたため痛くて仕方がない。苛立ちを表現しようとテンプレのような振る舞いをした結果がこの情けない姿だ。
だが、木が揺れたと同時に、枝の葉と葉の間をガッサガッサと、何かが落ちてくる音が聞こえてくるではないか。鳥の巣ほどの何かが。
「へあ?」
マヌケ面晒して見上げたその顔面に、先ほどの光り輝く物体が———。
「ぎゃんっ!!!」
どてちん、と音を立ててコケて、しばらく目を回していたが、このときすでにクルミの世界はヒビが入って割れたのだ。
イテテと起き上がって見てみれば、まばゆい光の粒子のようなものが、クルミの目の前でこんもりとドームを形成しているではないか。
「……!?」
この世界に類似した現象があるだろうか?
脳をフル回転させて集積回路の中から事例を引っ張り出そうとしても、何も出てこなかった。未知との邂逅であった。
いや、ほんとうに未知だろうか?
見覚えがないのに見覚えがあるような気がする。
こういう出会いならずっと昔から何度も観て知っている気がする。ただし、それは現実世界のものではなくて、少女向けアニメで幼い頃に見た魔法少女の———
「…………これってメルヘンなの…ファンタジーなの」
息が荒ぐ。指が震える。未知なる『何か』との遭遇。
興奮を胸の内に秘めながらも、ほとんど確信に近い昂ぶりで、そっ、と手を伸ばし指先で触れてみると金平糖のような光の粒は羽虫のごとくフワリ飛び散っていった。
そして、光の中心に現れたのは、これはやっぱり魔法少女のソレとしか形容のできないような、可愛らしいヌイグルミのような形状の生命体。
「………うわぁアホみたいな生き物だぁ」
感動のあまり発した第一声がそれでいいのか。ともあれ、魔法少女にはいつだって 可愛らしいパートナーがいたのをクルミは知っている。
だとするならば、目の前の白くフワフワでラブリーな、生物はどう見ても『それ』ではなかろうか。
未知のような既知。既知のような未知。高鳴る心音。震える指先。
「……yo」
「しゃべったっ」
「……ょぅ」
「うごいたっ」
「……ここは…どこだよぅ」
「にほんごだっ」
全身の毛が逆立つほどの感激が全身を駆け巡った。特にうなじのあたりにゾクゾクきた。怖いという感覚にちょっぴり似ていた。だって、この世の条理や常識が今まさにブチ壊れようとしているのだから。予感は確信へ。泣き出しそうなくらいキラキラと光るクルミの瞳に映し出されているのは、そのマスコットキャラクター然とした不思議生物。
「……きみがぼくを助けてくれたのかい?」
「そうなの!!!」
「……本当にそうなのかい?」
「そうなの!!!なのなの!!!」
まさかクルミ、この不思議生物にお近付きになりたいがあまり咄嗟に平気で嘘をつくという、実に浅ましい精神を発揮。
卑劣である。だが、ここは執念である。どうにかしてこのチャンスをゲットしたいという執念が彼女をそうさせているのだ。
「この世界の次元へワープしようとしたら座標軸が大きくズレちゃって、上空に放り出されちゃったんだよぅ」
「はわわ……次元とかワープとか言ってる……やっぱりほんものだコレ……」
「助けてくれてありがとう!ぼくの名前はポジルン!きみたちの住む向こう側の世界からやってきたんだ!」
「すっげぇ!やったぜぇ!あたしってば異世界モノにデビューしちゃったぁ!」
「!?」
「なんでもない!続けて!」
「う、うん」
「あたしの名前はクルミ!閑奈クルミ!」
「!?」
「続けて!!」
「……うん、急にこんなこと言われたら混乱しちゃうよね」
「混乱してない!」
「してないの!?」
「混乱してる!」
「……………!?ま、まあ、置いておこうか。それほど時間も無いし。今だってこの街で『奴ら』がまた暴れだしそうなんだ。だから単刀直入に言うね。じつは、きみが、きみこそが、ぼくらの国が探し求めていた選ばれし戦士なんだ!」
「!!!」
「ぼくの世界を守るために、そして、クルミの世界を守るために、『魔法少女』に変身して力になって欲しいんだ!」
クルミは十数年間ずっと思い続けていた。
(ひょっとしたら目の前のつらい『現実』ってやつはサクセスストーリーの前フリじゃないの?)と。そうでなかったらなんなんだ。しょぼい自分、みすぼらしい現状、どうしようもない将来。どうやって認めればいいのか。
神様ってやつは悲惨なだけのストーリーをあたしに用意してあたしにアイロニカルな喜劇でも演じろとでも言うつもりなのか。なんだそりゃ。やってられるか。
どこかで一転してヒロインになるストーリーでも用意されてなきゃ、このみじめな人生を納得できないではないか。そう、クルミは十数年間ずっと思い続けていたのである。
(あたしにもきっと魔法少女に変身して輝ける瞬間がやってくるに違いない) と。
生きてゆくのが苦しくなったときには特にそんな妄想をすることで、圧殺されるような不安を麻痺させ続けてきた。
もちろんそんな妄想などは所詮、幼稚で稚拙で猥褻で荒唐無稽な自暴自棄で自慰にも似た下等で下劣で卑劣な逃避行でしかない。つまりは『非現実』である。
しかし、『非現実』の領域が今こうして、『現実』のものとして目の前に訪れたのだから、テンションがブチ上がるのも無理はない。
「やったあぁあぁあぁあぁあぁあぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!」
「ク、クルミ!?」
「あぁあぁあぁあぁあぁあ〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!」
「ク、クルミ、苦しいよぅ」
「〜〜〜〜〜〜あぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあっっ!!!」
クルミは自分の人生に見切りをつけていた。中学も二年生になる頃には自身がどんな人間かはだいたい分かるものだ。何をやってもダメ、上手くいかない、失敗ばかり、そんな経験で黒く彩られたクルミの描く未来予想図は見るに堪えないほど、暗い。
それが、反転、一転、虹色の彩色に輝く奇跡のミラクルな光が差し込んだのだから、嬉し涙が溢れて溢れて止まらなかった。
「ざまあみやがれっ!!!!!!!!」
「ざ、ざまあみやがれ!?」
「運命さ!運命にざまあみやがれだ!もう、あたしは、教室のすみっこ暮らしのモブキャラじゃないんだぞ!あたしは、あたしは、魔法少女なんだ!主人公格なんだ!ヒロインなんだ!あたしは明るいところへ出て堂々と生きるの!こわいものなんてもう何もないのぉ!」
こわいもの。クルミは自分の吐いた言葉により『こわいもの』にいつも脅かされていた現実を知った。
学校がこわかった。クラスメイトがこわかった。他人がこかった。将来がこわかった。なにより自分の能力の無さがたまらなくこわかった。
瞳から溢れて頬を伝ってポジルンにポタポタと落ちる涙のキラリ輝く一筋一筋は、解放のカタルシスで、どうしようもなく温かくて仕方がなかった。
———しかし、ここで物語が閉じられるわけでは決してない。物事には続きがあるのだ。
なんの苦労もせずして手に入れた幸福というものは得てして継続せず、事実、クルミがこの後にアホほど後悔する羽目に陥るのは察しの通りなのである。




