第一部④『星に願いを』
「………………」
周囲の闇が深くなってきた。点々と並んだ街灯がいかにも頼りなく思えた。
今さらみんなの輪の中に入れるような気なんてちっともしない。土器のように粘土を捏ねていればよかった縄文時代のような幼稚園生活から、少女たちは急速に進歩してゆく。クラスメイトたちが織り成すコミュニケーションのネットワークはいつの間にか高度に発達していて、いつのまにか解読不能。会話が噛み合わなくなってきた。
ひとり置いてけぼりにされたクルミは困惑するばかり。自分が一歩進むとみんなは二歩三歩と進んでいる、そんな感覚を味わい続けてきたから、将来のことを考えると薄らぼんやりとした不安で圧殺されそうになる。
あたしは、このまま一生おいてけぼりで、ひとりぼっちなのだろうか。
「どうしようもないの」
五里霧中にして四面楚歌。 八方塞がりで五臓六腑にしみる四苦八苦。そんなときに見上げるのはいつも夜空だった。昼間の空は眺めない。明るすぎると逆に不安が加速するというモグラみたいなメンタリティを持っているからだ。暗いトンネルの中のような暗い生活。狭い穴ぼこから広い空を眺めるのは夜空のほうがむしろ安心できる。
そこを、つつうっ、と、一筋の涙のような流れ星が光って消えた。
「……もしあれが燃え尽きずにこの街へ落ちたなら、何か変わるかな?」
『わたしは世界の中心ではない』というシンプルに残酷な現実、それくらい中学生になれば充分に理解できるだろう。
どうしてかって、簡単だ。自分の才覚の無さに気付くのが中学生くらいなのだから。頭の中に描いていたファンタジーは夢から覚めたが如く、儚く消え去る。
そして、だいたいの自分の大きさを知って等身大で生きてゆく。そういうものである。ならば、等身大の自分があまりに小さかった場合は、私たちはどうすればいい?
そう、世界の大混乱を期待する者は、閉塞した現状を打破するような劇的変化を求めているのではないか。
「意味も無く世界を滅ぼそうとしてた悪役たちって、きっとこんな気持ちだったの。だとしたら、あたしはもう魔法少女になれないのかな」
こんなはずじゃなかった。幼き日に画用紙いっぱいに描いた魔法少女の肖像は、いつしか現実に汚されてしまった。
成長すればするほど見えてくる景色はパステルカラーと程遠くて、クルミは時折、幼児のように泣いてみたくなってしまう。でも、泣くわけにはいかない。この不満だらけの現状を堰き止めて必死に耐え続けている心のダムが、決壊してしまいような予感がしているから。頬の内側がツンと痛んで涙が零れそうになったのを、上を向いて堪えた。
「あっ……また流れ星……」
キラリと一筋。キラリともう一筋。
さらにキラリともう一筋。おやおや、またキラリと一筋。
幾筋にもキラキラと光の軌道が夜空に描かれてゆくではないか。ナントカ座の流星群?いや、そんなニュースは新着情報に無かった。
これは何かの異常?それとも超常?少なくとも通常ではないだろう。クルミはこの現実にひび割れが起きる予兆ではないかと期待した。
「……あたしは一生あたしのままでしかないの。きっとショボい あたしのままなの。きっとそうなの。だったら願い事なんて決まってる!お願いだぁ!流れ星さまぁ!どうかこの世界に風穴をブチ開けてほしいんだ!だってあたしはもうどうしようもなく窮屈で死にそうなんだってばぁ!」
毎日が息苦しい。たまらなく生き苦しい。
ああ、この世が音を立てて崩れ去ってくれやしないだろうか?死にたくなるような毎日がガラリと一変してくれないだろうか?
そして願わくば、願わくば、幼き頃に夢見た、あのキラキラと輝く一等星のような魔法少女の姿に、変身させてくれないだろうか?
クルミ自身バカバカしいと思っているその妄想———妄想のまま終わる運命だった『それ』が———
「ハァー………ハァー………!?」
おや、夜空に 滑る流れ星の軌跡の一つが、明らかに、明らかに、常軌を逸した動きをしているではないか。
まるで意思を持った生き物かのようにヒュンヒュンと、右に曲がり左に曲がり、円を描き直線を描き、空を飛び回っているのだ。
通常の流星がこんな軌道を書くわけがない。通常ではなく異常。むしろ超常現象ではないかとクルミは確信した。もはや流星ではない。流星とは違う『何か』である。
「こ、こっちへ?向かって来る、は、はわ、はわわっ!?」
縦横無尽に飛び回っていた正体不明の光源はクルミの頭上に一条の閃光を描きながらふっ飛ぶように越えてゆくと、
ほとんど音速のような勢いでこの街へ目がけて墜落してゆき、薮生い茂る公園のほうへ突っ込んで盛大な爆発音を上げた。
「ひゃあっ!!」
その音を聞いていくつかの家庭が窓を開けて事故か事件かテロかと確認していた。だが、飛来してきたそれが『得体の知れない何か』であると確信を得ているのは、ぼんやりと夜空を見上げていたクルミだけじゃないだろうか。目を丸く、口をぽかんと開け、しばらく身動きが取れなかった。
「隕石?人工衛星?ミサイル?それとも、それとも、異世界から飛んできた魔法の———」
その先を言いたがったが、とりあえずはごくりと唾を飲んだ。飛来物の正体について現実的な解釈をつけようと思えばいくらでもつけられそうだった。
だが、どうしてか、クルミはそれを知っている気がした。幼いころからアニメで見てきたアレと90%くらい一致しているよ うな気がしてならないのだ。
「なんだろう、すごく見覚えがあるの。見たことないのに見覚えがあるの」
そんなことあるわけない。理性のレベルではそう思っていても、クルミはあえて不条理のほうへ賭けてみたかった。
その飛行物体が現実を打ち破る、ファンタジーの扉を開く鍵である可能性に賭けてみたかった。だから駆け出したのである。




