第五部④《人間って、他人に認められてこそ初めて価値が生まれるものでしょう?》
その言葉を待ってました、とばかりにピョコタンと起き上がったのはポジルン。
「そうだよぅ!今はツグミこそが憧れの戦士そのものなんだよぅ!」
「すっこんでてポジルン!あたしに言わせて!」
「ちぇ、ずっと待ってたのにひどい扱いだ」
「ツグミちゃんは現実になんて従わないでいいの!むしろ、あたしたちが作る世界を現実と呼ぶの!オトナの真似事なんてしなくたっていいじゃん!だって、これからオトナになるのはコドモのあたしたちなんだよ!?魔法少女のあたしたちなら、世の中を塗り替えちゃうくらいのミラクルだって、きっと起こせるはずなんだから!!」
「ストップ!クルミ!なんだかよく意味が分から ないこと言ってるよぅ!」
「うるっせぇ!意味なんて知ったことか!気持ちを伝えるのに大切なのは意味じゃなくて勢いなの!」
先程までのしっとりとした雰囲気が一転してドタバタのひっちゃかめっちゃかである。我先にと自己主張を通したいがゆえにこうなるのだ。もっと言えば、互いに自分がこの場をバッチリとキメたいと思ってるからこそこうなるのだ。こうした、ゴチャゴチャとしたものをツグミは本能的に嫌う。ゆえに、すぅっと息を吸って快刀乱麻を断つが如くスパッと切り落とす。
「クルミ!ポジルン!そこまでっ!」
「「はいっ!」」
「クルミ、私が『似合わない』って言ったのは単純に身体が成長したから!私は今でもキラキラしてるつもりでいるんだから!」
「嘘つけ!他人の脛を蹴る陰湿で陰険なことをしておいて、何がキラキラだバーカ!」
「ごめん、もうやらない!アンタのマヌケな姿を見てすっげーイラッときても我慢する!必ずそうする!約束する!」
「やったぁ!」
「なりたい自分になるって意思なら、私は貫くから。弱い者イジメみたいになってた私なら今すぐ変えなきゃダメだよね。今までごめんなさい」
「ツグミちゃんダイスキ〜!」
「次はポジルン!私、頑張るから!世界を護る魔法少女なんて夢みたいな話なら、私が現実にしてみせる!だから、困ったことがあったら私に言って!でも誤解しないで。それはクルミが頼りにならないとか、そういう意味じゃなくって、私のほうが話が通じやすい場面もあるだろう、ってことだから 」
「ぼくもツグミのことダイスキ!」
「クルミ!これでいいでしょっ!?」
「傷付き易いあたしのことまで配慮してくれてありがとうなの!配慮ダイスキ!」
「ま、これがオトナの言い回しってところかなぁ!」
知能指数が一桁下がったかのように、ツグミのことをワッショイワッショイと奉り崇めるクルミとポジルン。
そんな狂気じみたテンションで溢れた部屋のドアが、ガチャリと開いた。
「お醤油足りてるかしら〜?」
「ひゃあ!バ、ババア!ノックしてから開けろって何万回言わせるつもりだ!」
「あっ、ありがとうございます。充分間に合ってましたし、すべて戴いちゃいました。お心遣いありがとうございます。厚揚げおいしかったです」
「そぉ〜!ごめんなさいね〜、ほら、あたし、田舎の生まれだから、こういうときに咄嗟に洋菓子とか出せなくって〜!」
「お、お、お願いだからこれ以上恥を晒す前に出てってくれ!何億回言わせるつもりだ!」
「はいは〜い。それじゃあ邪魔者は退散しま〜す♪」
どうやらクルミ母には混乱を混乱で塗りつぶす能力が備わっているようだ。生身の泥臭い生活感をゴリゴリと押し付けるような圧力がある。
それはさておき、母親の乱入により、ボルテージの上がっていた場はクールダウン。祭りの後のような雰囲気になった。
「お母さんのことババアなんて呼ぶの、良くないんじゃないかなぁ」
「また出た。オトナの意見なの」
「そんなんじゃないよ。クルミは知らないだろうけど、今回の事故が起きたとき 、先生から連絡を受けた親同士で互いにすぐに相談し合ったんだよ。それで、なるべく大きなトラブルにならないように尽力してくれた。治療費とかそういう生々しい話を含めて、私たちじゃできないようなことを片付けてくれた。クルミからしてみれば、その、ちょっと、クセの強いお母さんかもしれないけど、オトナとしての『責任』を果たすことができる、立派な人だと私は思う」
「…………」
「クルミがオトナの対応を嫌う理由もなんとなく分かるよ。たしかに形式的なことは多いよね。でも、だからといって全てを否定しちゃダメなんじゃないかなぁ」
「……そうだね」
「あらま、あれだけ喚いてたクセして案外素直だね」
母親をババアと呼ぶことに確固たる信念を持ってい たわけでもないで、こうしてツグミのほうから歩み寄ってこられると、つい同意してしまう。そう、懐柔するような話し方をされるとフニャっと曲がってしまうのだ。
「オトナになる」だの「成長する」だのといった言葉に懐疑的なクルミではあるが、きっとツグミはそれを目指して頑張っているのだろう。うやうやしく謝罪に訪れたのもツグミなりに『責任』を取ろうとしたからであり、それを全て否定するのは、たしかにちょっとダメなのかもしれないと、そんなふうに思えた。
「そういえば、傷の様子はどう?見せてもらってもいい?」
「それはムリなの。ガーゼでしっかり固定されてるの。パックリ割れちゃってたみたいだから縫ってもらったからね。超怖かったの」
「悪かったってば」
傷口のあたりの髪を優しく撫でるツグミの手。
今までならば、手を差し出されただけでビクッと野良猫のように怯えていただろうに、でも今日だけは、クルミは飼い猫のように気持ちよく撫でられていたいとすら思える。
「ツグミちゃんは何なの?普段はあたしに厳しいのに、どうしてこんなときばっかり優しいの?」
「なんでだろうね。クルミのこと大嫌いだったけど、実際に私のせいで血を流してる姿見ちゃったら、なんだか急にショック受けちゃったから、かなぁ」
「だったら、あたしの心の傷も見せられるもんなら見せてあげたい。ボロボロだよ?」
「それも含めて、悪かったね」
「……久しぶりに私に触ってくれたの」
「?」
「きっと覚えてないと思うけどね、 中学生に上がったばかりの頃、ツグミちゃんがあたしにぶつかってきたことがあったの。友達と喋ってて前を見てなかったんだろうね。でも、そのとき、ツグミちゃんはどうしたと思う?すごく嫌な顔をしてあたしを睨んで、まるで汚いものを払うように自分の制服をパッパッって、叩いたの。ねぇ、それが、どれほどつらくて、どれほど悲しかったか、分かる?心がどれほど痛かったか、それを分かってくれる?」
クルミは、性根がスタイリッシュにできている。余計なところで見栄っ張りにできているのだ。
だからこそ『傷ついた』なんてセンチメンタルな告白なんてしたくもない。ナイーブな面は他人にはあまり見せたくはない。弱いくせに強がっていたいのだ。
『私は痛みに鈍感である』という演技は大切であって、そうやって他人を、自分も、騙しながらノーダメージのフリをして今日を生きてゆく。いちいち泣き叫んでいては明日は迎えられないではないか。
そのクルミから出てきた素直な心情の吐露。本当はこんな弱々しいことなんて隠しておきたいのだけれど、つい口に出してしまったのは『きっと受け止めてくれるに違いない』という信頼。
「今までごめんね………」
「———ッッ」
ツグミは正面から受け止めてくれた。その嬉しさにうっかり涙が零れそうになったけど堪えた。
「えっとね、その時はクルミのことをよく分からなかったんだよ。いつもオドオドしてるだけの精神的にも幼い変な子だと思ってた。でも、こうして話してみて少しずつ分かる ようになってきた。それにね、クルミはちょっと変わったところがあるけれど、ちゃんと自分の意見を持って会話ができるってことは認めるし、魔法少女として頑張ってことも———」
「………ツグミちゃん、それは違うんじゃないの?」
「は?」
分かり合えた実感。
その次の瞬間には違和感。
通じ合えているようで通じ合えていない、そんな壁に突如としてコツンとぶつかった。
「認めるとか認めないとか、そういうのは違うよ」
「違くないよ。人って、他人に認められてこそ初めて価値が生まれるものでしょう?」
「違うよ。価値だとか何だとか、そういうことは違うよ」
「違くない。私はクルミを認める。それでいいじゃん。何も、違くない」
「違うよ。誰からも認められないような人だったらどれだけイジメたっていいの?」
「世の中ってわりとそんなふうにできてるからねぇ。ま、無価値な人間なら仕方ないだろうねぇ」
「そんなの違うのッ!!!」
いきなりの激昂にポジルンが跳ね起きた。
そして、見た。
これまで見せてきたヒステリックなクルミとは異なり、静かな信念を持って怒っている目をしていた。
「無価値だなんてツグミちゃんが決めるものじゃないの!そんなの人が人を踏み躙っていいことの理由に一つもならない!!!」
堪えていた涙が今度こそ溢れて流れ落ちた。
これまでに鬱積した気持ちの果てに胸の奥から出てきた言葉は、今までと違い、意外にも短く、そして端的でストレートで———




