第五部③《幼きあの頃、二人はたしかに魔法少女だった》
「昔から思ってたけどさ、クルミのお母さんって美人だけど、その、なんていうか、クセあるよね。もぐもぐ」
「なにそれ。この親にしてこの子あり、とでも言いたいの?もぐもぐ」
「そんなこと言ってないじゃん。ホントそういう卑屈なところイライラする。もぐもぐする」
「ほら、そういうトゲのある言い方するから、あたしツグミちゃんのこと苦手なの。もぐもぐなの」
「二人とも食べてるときくらいケンカするのやめよぅよぅ。結構おいしいじゃないか。もぐもぐだよぅ」
真っ白な豆腐の部分は余分なほど水分を多分に含んでおり、そのせいでまったくお茶が進まないが、それはさておき。
明らかに、以前と比べてクルミはツグミに物を申せるようになっていた。
「クルミさ、今のほうがいいよ」
「何がなの?」
「ちゃんと話せてるじゃん。学校のときみたいにオドオドしてモジモジするの良くないんじ ゃないかなぁ」
「どうして?オドオドもモジモジも別に自分だけの問題で悪くないよね。それとも誰かに迷惑かけてるっていうの?」
「迷惑っていうか、単純に隙があるように見えちゃうんだよね」
「隙?」
「隙があるとナメられるんだよ。ナメられるって結構大変なことだよ?だって自分の価値を低く見積もられちゃうんだから。一度そういうポジションに収まると這い上がれなくなるよ」
「……どうしてみんなそんなに殺伐としてるの?なんでそんなゲームみたいなことしてるの?」
「仕方ないじゃん。社会ってそういうもんじゃないかなぁ」
「もうやめようよそういうの。息苦しい世界をみんなで作ってるだけなの」
「ま、分かんなきゃいいや。一生そうやって幼い世界観の中で生きてれば?クルミも早く大人にならないと、本当に社会から切り捨てられちゃうよ?」
「人の家まで来てよくそんな辛辣な言葉吐けるの。遠慮とか知らないの?」
「知ってるよ、遠慮。はい、最後の一口食べてどうぞ。それが私なりの遠慮。ごちそうさまでした」
「そういう遠慮じゃなくってさぁ。もぐもぐ」
こうして他人と食事を共にするのはいつぶりだろうか。
弁当を隠しながら食べるという奇癖を持つクルミが、よりによって天敵であるツグミと一緒に厚揚げをつついている。ひょっとしたら、自分で苦手だと思い込んでいたアレやコレは、何かのキッカケで克服できるのかもしれない。
そう考えると、この八方塞がりな人生に風穴が開いて、新鮮な空気が胸の中に流れ込んでくるような 心地がした。
「……あのさ、アンタまだあんなオモチャで遊んでるの?」
「ひゃうんっ!?」
部屋の隅に転がっていた、魔法少女のステッキ。
そう、クローゼットから雪崩のように溢れ出てきたガラクタたちは、片付けきれてはいなかったのだ。幼稚園時代に泥だらけの手で握ったかのように、古ぼけてくすんだキラキラのステッキが、時を経てツグミの手へ渡った。
「懐っかしっ〜。私も同じの持ってたような気がする」
「気がするじゃなくて、ツグミちゃんも一緒のステッキ持ってたの。でも、同じキャラのを買っちゃったから『どっちが本物か』で争ってケンカしてた」
「よくそんな昔のこと覚えてるね。幼稚園の頃だっけ?」
「うん。そんでもって、最終的にはステッキを鈍器みたいにして振り回してお互いに殴り合ってたの」
「アハハッ!争いのレベルひっく!そんなんだったっけ私たちって!」
全力でケンカして、全力で殴り合って、そして仲直りして、全力で笑い合っていた二人の幼少期。
いつしか二人の溝は埋めがたいまでに開いてしまったが、それがこうして再び笑い合っているのだから、クルミからしてみれば奇跡のようなものである。
ミラクルを起こす魔法のステッキ。
そこにたしかに秘められた効果が今、発揮されたのかもしれない。
「私、好きだったなぁ。あのアニメ」
「あたしも大好きだったの!劇場版まで観に行って会場のみんなでライトをフリフリして応援したの!良かったよねぇ、ホント!」
「すっごく良かった。どの子もみんな良い子で、頑張ってて、挫けないで、キラキラしてて、最後は嘘みたいにハッピーエンドで。今観たら笑っちゃうくらい子供向けの内容なんだろうけど、憧れたなぁ。私も中学二年生になったらあんなふうにピカピカ輝けるのかなぁ、とか、そんなこと思ってたよ」
「……うん」
「でも、現実はそうじゃないって気付いた頃から、観なくなってた」
ステッキを振り翳したツグミは、懐かしむような目で、遠くを見るような目で。
いったい、あれから何年が経ったろう。
筒の中をビーズの粒子が移動するシャラランという音をチープに思ってしまうくらいには、お互いに成長してしまったようだった。
「なんかさ、『子供向け』っていうのを毛嫌いする時期って、あるじゃん? 私もそうだった。幼稚な世界観の中で生きているって思われたくなかったんだよね」
「そんなもんなのかな」
「色〜んなことに気付いて〜♪ オトナになるんだ、私たち〜は〜♪」
「なにそのシニカルな歌詞」
「ちょっとお、後期のエンディングテーマでしょ?クルミ、本当にちゃんと観てたのかなぁ?」
「そ、そうだっけ」
「すぐに出てこなきゃダメでしょ。ほら、あのダンス覚えてる?こうやってステッキをクルクル回して、パッてして……」
ああ、そうだった。
ツグミって、昔はこういう子だった。
おねぇさんのように振る舞ってはみんなのリーダーとしてグイグイ引っ張っていったのだ。ツグミはいつも正しいことを言っていたような気がする。精神的な発育も早かった彼女に、ナイショだけれどもクルミは憧れていたし、他の子たちも同じだっただろう。
だが、それだけに純粋さを失うのも早かったのかもしれない 。
理想のおねえさんになるために頑張り続けたのは事実であろうが、身に付けたアレやコレやの小手先の処世術は、クルミの大嫌いな生臭さを伴うようになっていた。
先生に気に入られるためにはこうあるべし。クラスで人望を得るためにはこうあるべし。問題を起こしたらこのように謝罪を行うべし。常に周囲に気を配り空気を読むべし。無邪気であることは幼いことであり、幼いことは悪いことである。常に向上心をもって成長すべし。べしべし。
「時〜には傷付いて〜♪でも、前を向いてなきゃダメなんっだ〜♪ 元気・やる気・ダイスキ♪ イエイ♪ ル〜ルル〜ルルルルッル〜……」
(そんなの鬱病コースまっしぐらなの)などといった茶々を入れたくもなったが、やめておいた。だって、あのツグミが、こうして幼き頃のように、無邪気にステッキを振り、純粋に舞っているのだから。
クルミは時折分からなくなる。
『こういう人なんだ』と思い込んでいた人間がまったく違う顔を見せたりするのだから、世の中というものはどこまでも不思議である。
今もそうなのだ。
これまで恐怖の対象でしかなかった大嫌いなツグミが、ずっと眺めていたくなってしまうほどにキラキラした姿で踊っているのだ。
「……なーんてね。今の私にはもう似合わないかなぁ」
「そんなことないの!」
「!?」
「だって、だって、あたしたち、ホンモノの魔法少女になったんだから!」




