第四部⑪【ひとりぼっちだとやっぱ怖いね】
「漲る魅力で起こすミラクル!魔法少女クルミン!」
この距離で変身したならば、どうなるだろうか?そう、いきなり目の前に悪鬼羅刹である。遠距離攻撃を得意とするクルミが羅刹相手に思いっきり姿を晒すことになるのだ。
「馬鹿野郎!目と鼻の先じゃねぇか!」
「そうだよぅ!変身の口上とか、やってる場合じゃないんだよぅ!」
ところが、突如、目前に現れた魔法少女に、羅刹のほうこそ『アウッ』と驚きの声を上げた。
それくらいの知能はあるようだった。だが、その姿は明らかに、知的生物とは思えないほどに醜形にして異形。異質というならば今までで一番ソレに近いだろう。
大きく裂けた口。全身を包む鱗。どう見ても爬虫類に寄ったフォルムである。3mほどの巨体を前に、クルミの身体は あまりに小さい。
「あた、あた、あたしはどうすりゃいいの!?」
「もう一回シンプルに言う!なるべく相手を注意を引きつつこの場から離れるように逃げながら戦って!」
「そんな器用なマネができるか!」
「ぼくは元の世界に一旦戻る!ツグミを見付けたら必ず帰ってくるから!」
「あた、あた、あたしも帰るの!」
「クルミは相手を倒すまでこの空間から出られないんだよぅ!」
「ふざけろポジルン!あたしだけ修羅の世界に置いてけぼりか!?」
などと、会話ができる余裕があったのも、怪人の体型ゆえである。
巨体。木をなぎ倒すほどのパワータイプ。第一印象から素早い攻撃が飛んでこないと踏んでいた。だとするならば、素早さで勝るであろうクルミであれば、 ポジルンの言う通り逃げ回りながら誘導することもできるのかもしれない。
「長居はできない!幸運を祈るよぅ!」
「あっ、てめぇ待ちやがれ!」
肩からピョコンと降りたポジルンの尻尾を掴もうとしたが、キュルっと回転して虚空へ消え去ってしまった。
かくしてクルミ、異空間にひとりぼっち。
否、羅刹とふたりぼっち。
おしゃべりする相手がいなくなると、途端に弱気になってしまう。まさか羅刹と和気藹々おしゃべりするわけにもいかないだろう。
また、到底言葉が通じる相手とは思えなかった。今までいくらか人間らしい格好をしていた羅刹と比べ、今回は見た目からして獰猛な爬虫類。
「ひぇ〜〜……」
場は硬直していた。
少しでも動いたら、それをキッカケとして攻撃が飛んできそうな緊迫した空気。
このシチュエーション、クルミは何かに似ていると思った。凶暴な犬がじっとこちらを見詰めており、少しでも動いたら、きっと吠えるだろうというあの感じに。
「……………………」
逃げるがミッション。
それでも迎撃の準備も無く逃げ回るのは、あまりに心許ない。
ゆっくり、ゆっくり、クルミの右手は矢を探して背中のほうへと動く。
刺激しないように。刺激しないように。
「…………ひとりぼっちだと……やっぱ怖いね」
緊張に呼吸が荒ぐ。
何も動いていないというのに身体に汗が浮く。
たったひとりで、この爬虫類型の怪人を相手にするプレッシャーは、ポジルンとふたりでいるときの一体何倍だろうか。昨日は『一人でやらせてほしいの!』とダダをこねた。本当に一人になった途端に仲間の大切さを知った。
「……落ち着くの……あたし落ち着くの…」
右手に矢を持ち。左手に弓を持ち。
だが、装填してから発射するまで何秒?
敵との距離は4mほど?
っていうか、もしも、この瞬間に襲い掛かってきたら迎撃可能?
「フシュ〜フシュ〜…」
「……息が生臭いんだよ…腐った魚みたいな臭いが……する」
前に出ていた足をジリッと後退させ、距離をじわじわと広げ、逃げ切り必至のセーフティーラインまで、ゆっくりゆっくりと。
相手から視線を外さぬよう。
細心の注意を払いながら。両者の間隔は5m。
大切なのは距離感である。
特にクルミのようなひ弱な魔法少女ならば尚更である。
———だが、その距離感が微妙に狂ってしまったのは、先ほどのツグミとのバトルのせいだろうか。
苦手な相手とは近付きすぎないように、それがクルミの生き方であり、逃げ方であった。なのに、さっきはクルミもおかしかった。感情的になってしまった。ぶつかり合ってしまった。
これがその他大勢であったならばそんなことはしなかっただろう。だが、相手は里奈ツグミなのだ。
今は天敵でありながらも、かつては大好きだった『ツグミちゃん』なのだ。だからムキになってしまったのだ———
たぶん逃げ切るに充分な距離を取った。
おそらく充分だと思った。
それゆえ気が緩んだ。
それが失敗だった。誤算だった。
きっと、ツグミと正面からぶつかったことで距離感がマヒしてたのだろう。恐怖に鈍くなっていたのだ。普段のクルミならばその二倍も三倍も距離を置いていたに違いない。
もう一つの誤算は、怪人の運動能力。巨木をなぎ倒したインパクトゆえに『パワー特化型』だと思い込んでいたのだ。
「ッッ!!!」
凶暴な犬が飛び掛かってきたかのように、怪人は一気に襲ってきた。踏み込んできた巨体は想像以上に早く、また、そして腕も想像以上に伸びたのだ。
『ヒャアッ』と声を上げ、横薙ぎに襲ってきたするどい爪を辛うじて回避したものの、土の上に尻餅をついてしまい、逃げ切るのはおそらく不可能。
ならば、とばかりに弓を振り絞った。
「喰らって砕けろぉ馬鹿野郎ぉ!!!」
的は大きく近い。
外れるとは到底思えぬこの状況で放った一撃必殺の矢は、咄嗟に防御した羅刹の手のひらにドツッと突き刺さった。
お風呂に入れた固形入浴剤のようにシュワシュワと音を立てて羅刹が手から崩壊してゆく。
「やったか!?」
命中すれば決着であった。
事実、今までがそうだった。
だが、『やったか!?』は大抵の場合は『やってない』のである。
今までの臆病なクルミならば、あらゆる最悪の事態を想定して動きそうなものだが、勝利の経験がクルミの勘を鈍らせた。
いや、勘を働かせていたとしても予測できただろうか。羅刹の行動は想定外であった。
羅刹は光子に分解されゆく手首の先端を、ためらうことなく、もう一方の手でブチッと引きちぎってみせたのだ。
「はあっ?」
命中から切断までがあまりに早すぎる。
まるで———こちらの行動が学習されている———としか思えないほどに。
クルミの背筋に鳥肌が立った。見誤った。危険レベルは考えていたよりも高かったのだ。もはや魔法少女のコスチュームが泥でまみれることに何の躊躇があるだろう。尻餅の体勢から身を反転させ泥を掴むようにして一時退避を試みた。戦術的逃走でもなければ、回避行動でもなく、目の前の危機からの緊急避難である。
しかし、避難経路は閉ざされていた。背後は地元でも有名な公園の大きな溜池だったのだ。
思い出してみれば、巨木が倒されたときも、横薙ぎの腕が襲ってきたときも、怪人の行動はどれも『水辺へ追い込む』ことで一貫していたではないか。
——————気付いたときにはすでに遅かった。
「しまっ………」
巨体が両腕を広げて突進してきた。
ダメージを狙うための攻撃ではない。
クルミを自分の身体もろとも池へ確実に突き落すためのタックルである。怪人の肉体と池の柵に挟まれたクルミの肺から『カハッ』と息が漏れた。
そこから力一杯、怪人がもう一押し踏ん張るとメキメキと柵は砕け、クルミの身体は宙を舞った。目の前には夜空。背後は水面。
(こいつ……水棲動物なの……!?)
真相に辿り着いたときにはすでに、クルミは水中に投げ出されていた。




