第四部⑩【敵襲】
こうして、ポジルンが自爆することにより場は一旦収まった。
ぐったりとしてしまったポジルンの白く柔らかな毛をナデナデするのはクルミ。『どうせ役立たずだからサポートに回れ』などと言われたからこそ、ここは自分が飼い主であることを主張するかのようにポジルンの介抱を買って出たのだ。
勝手にして、とばかりに呆れたポーズを見せたツグミは二つ離れたベンチでクールダウン。熱くなり過ぎたことを後悔するかのように。
(……ヒソヒソ)
「ん?」
(あの子がクラス全体を仕切っているのかい?)
(まあね)
(ふうん)
(なにさ)
(……きみたちふたりは似てるよぅ。理想のヒロインに憧れながらも真逆のことをやって自分を責めてる。ぼくの見立てだとね、クルミが悪人じゃないのと同じように、ツグミも悪人じゃないような気がするんだよぅ)
(テキトーなこと言わないでほしいの)
(ぼくの鼻がそう言ってる。テキトーじゃなくてきちんと利く鼻だよぅ)
(あっそ)
(できればふたりは仲良くしてくれたらぼくは安心できるんだけど)
(超無理なの)
(ピキィ……)
(…………)
(…………)
(ん?クラスを仕切ってるかどうかって話はどこいっちゃったの?)
(ああ、これもぼくの見立てなんだけどね、きっとツグミのようなタイプは、いずれ…………)
(?)
しゃがみこんでいたクルミが不意にバランスを崩 し、湿った土の上にペタンと手を付いた。
疲れてるんだと思った。眩暈か何かだと思った。しかし、次の瞬間には災害か何かだとさえ思った。
地面が振動していたのだ。ズシン、ズシン、という音はずいぶん近くから響いてやしないだろうか。枝葉がザワザワと揺れる。水面に細かい波が立つ。
「キャッ!?」
異変に気付いた三人のうち、ツグミだけが悲鳴を上げた。クルミとポジルンは分かっていた。『アレ』が現れたのだ。正体を知ってるがゆえに動揺はツグミほどではなかった。だが、真相は深刻であった。ポジルンの鼻はそれを正確にキャッチしたからこそ声を上げた。
「すぐ後ろだよぅ!!」
クルミもツグミも咄嗟に背後を見た。茂みの暗がりが広がってるばかりだった。
それでも分かる。
何か質量の巨大なモノが空間を歪めている。確かにそこにはいる。見えないのにいる。そう、たとえば次元のすぐ向こう側に。
クルミたちの世界に直接干渉できるほどに、すぐ近くにまで。荒い息遣いまでも届いてきそうなほどに。
二つ離れたベンチに座っていたから助かったのだ。
その距離感が大切だった。
文字通り「根こそぎ」倒された大木は、メキメキと音を立て、充分な加速をもってクルミとツグミの間に横たわるベンチに直撃した。
「…………ッッ!!!」
ドスン、一瞬だけ宙に浮いた心地。
地面から離れるその一瞬が恐怖。
もしも潰されたあのベンチに座っていたならどうなっていただろう。全身挫滅、つまりペチャンコ というやつだろうか。陰キャはグロい情報ばかり無駄に知っている。脳裏に挫滅などという滅多に使われることのない単語が浮かぶのがクルミである。そんなんだから気味悪がられるというのに。
日々の授業で必死こくことのないクルミの脳であっても、必死の状況となれば回転する。現実直視。状況把握。最善手を選ばねば詰みは必至。
「一旦逃げるの!」
相変わらず逃げてばかりいる魔法少女である。もちろん、体勢の立て直しは必須であり、おそらくその判断に間違いは無いだろう。
だが、ポジルンと息が合わなかった。行動のベクトルが逆を向いてるかのように。
「ちょっと待って!?無防備なツグミが向こうにいるんだよぅ!?」
言われて初めて気付いた。
びっくりするほど頭の中に無かった。
緊急事態であっても瞬時に他人の心配ができるのがフツーというヤツなのだろうか。こうなるとクルミ、ヒューマニズムが深刻に欠けていると自省せざるを得ない。
(他人のことなんてこれっぽっちも考えなかった。やっぱりあたしはサイコパスか何かなの?)
『そんなアンタが魔法少女?勘弁してよね。どうせ自分のことしか考えられないんでしょ?』というツグミの言葉がリフレインする。
分かっちゃいたが、その通りだったのだ。
クルミは自分を責めるように唇を噛んだ。
「ツグミ!大丈夫かい!!」
二つ離れたベンチに座っていたから直撃を免れたが、その代わりに両者は分断されてしまった。もしも距離感がもっと近く、同じベンチに二人で座っていたなら、こうはならなかっただろう。
「安否よりも、と、と、とりあえず変身なの!」
「忘れたのかいクルミ!?手を繋いでぼくが次元の向こう連れて行かなきゃ変身はできないんだよぅ!クルミは変身できるけど、その場合ツグミはどうするの!?こっちの世界まで干渉してるほど近いんだからきみたちの戦いの衝撃に生身で巻き込まれるんだよぅ!」
「!?ポジルンが何言ってるか分かんない!ごめん!あたし頭の回転遅いの!」
「ぼくだって説明は上手じゃないんだよぅ!とにかくツグミと一緒に……!」
メキメキ、メキメキ、音を立てて二本目が倒れこんできた。どうやら悠長に作戦会議をしている時間も無さそうである。
「ひゃいっ!」
女子中学生そのままのスペックでは回避するのも精一杯。ポジルンのほうが獣じみているだけマシというもの。
このまま逃げ回ろうともいずれ捕捉されることは目に見えているだろう。バサバサと枝葉に覆い潰されて身動きが取れなくなったら、次の攻撃から逃げる手立ては、おそらくない。
「仕方ない!クルミだけでも変身しよう!あっちの次元へ送るよぅ!」
「そうして!」
「でも、ぼくはすぐに引き返してツグミのほうへ向かう!せめてもの時間稼ぎのため、クルミはなるべくこの場から離れるようにしながら戦っておくれ!」
「は!?へ!?どういうこと!?あたし分かんない!!なんでそんなことするの!?」
「ぼくだって説明は上手じゃない!でも分かってくれ!これは連携プレーだよぅ!」
クルミは本気で理解していない。
次元がどうのというわけでなく、誰かと連携すること自体がひどく苦手なのだ。仲間だの味方だのが次にどう動くかということにまで想像力が及ばない。参加者が増せば増すほど脳が混乱を起こす。それは体育の授業などで証明済である。
「時間が無い!行くよぅ!」
とはいえ、ポジルンの導き出した答えが必ずしも正解とは限らない。事実、弓での遠距離攻撃を行うクルミがこの距離で変身したならば、どうなるだろうか?
クルミは後悔する。
自分なりの考えを持ち、対案をバシッと示していたならば、と。
基本的に他人に流されるがままに動いていてはロクなことにならないのだ。




