第四部⑦【ゆらぐ存在価値】
「……その話を私に信じろって?」
「すぐに受け入れるなんて普通は無理だよぅ」
「あまりに人知を超えてて気が狂いそうになる。私、常識人だし」
「まぁ、クルミは早い段階で信じてくれたわけだけど」
「そうだろうね。あの子は常識が無いからね。だから非常識なことも受け入れられるんじゃないかなぁ」
「もしくは、ぼくの話をあまり聞いてなかったか」
「そっちもありえるだろうね。あの子は普段から人の話を聞かないからね」
ツグミの方角からチクチクとトゲが飛んでくる。
家族を利用された恨みは根深いのだろう。
ポジルンの説得により、昼間通った公園の、なるべく人気の少ない池の周りのベンチへどうにか移動できたものの、トゲが痛い。
説明をするポジルン。苦々しくもそれを聞くツグミ。そしてクルミは、そこから数メートル離れたところで時折飛んでくるトゲに刺されていた。
同席はできない。
やはりツグミのことは、苦手なのだ。
(冷静になってみれば、なんであの女を必死に勧誘したんだろうアタシは。ぶっちゃけ、一緒にやりたくないの)
(そんな後悔も、もう遅いの?このまま『魔法少女活動』にあの女が参加したら、あたしはプライベートでも付き合わなきゃならないの?)
(……嫌なの)
(どうせリーダーシップみたいなの発揮して色々あたしにモノ申すに決まってるの)
(いつもいつも細かいことでイチイチグチグチネチネチ言いやがって。あんたみたいなマウンティング女王がいるから世の中ギスギスするんだよ)
(パートナー?無理でしょ?どうせあたしのピンチが訪れたら全力で無視するでしょ?だったら無意味じゃない?無駄じゃない?)
公園の池へ蛙が飛び込む水の音。
自分の世界へゆっくりと沈んでゆくクルミにはその響きは届かない。
当然であるが、ポジルンたちの会話もすでに耳に入っていない。脳内会議に夢中なのだから。
(同じ顔見知りならユウナちゃんの方がどれだけマシだったろう)
(ああ、どうしてツグミがそこにいて、ユウナちゃんがそこにいないのだろう)
(そもそもポジルンの鼻は確かなの?その女が魔法少女に選ばれていいものなの?適応できなくて変身途中に拒否反応で五体が爆裂四散することとかないの?)
(待て待て、ポジルンの嗅覚を疑うということは、あたしが選ばれたことを自分自身で否定することにもなる云々かんぬん……)
「ねぇってばクルミ!!!」
「ひゃいぃ!?」
「ぼくの話聞いてたの?クルミ?」
「大丈夫!聞いてた!聞いてたの!」
聞いてないのである。
保身のため、咄嗟につまらない嘘をついてしまうからクルミは不要な苦労ばかりする羽目になる。まるっきり自業自得である。
ツグミの目はその手の誤魔化しを敏感にキャッチする。その有様を見れば口もへの字に曲がるというものだ。
だが、もはや今回は蹴りを飛ばすどころか、呆れ果てたような溜息を「ハァ」と漏らすのみ。
「ポジルン、だっけ?あんたの話が仮に本当だとしたら私たちの街の命運は、このど〜〜〜〜〜う見ても頭が足りてない閑奈クルミが握ってたってことになるのかなぁ?」
「言葉はキツいけど、そうなるよぅ……」
「一歩間違えてれば色々な人が犠牲になっていたかもしれない、と」
「まあ、その通りといえばその通りだけど……」
「ふぅん」
先ほどからチラチラとクルミのほうへ向けられるポジルンの視線。それは『そろそろいつものようにキレてギャンギャン喚くんじゃないか?』という心配の目線。
だが、そんなことができるわけもない。何を言われようとも、どんな扱いを受けようとも、感情を表面化させないでグッと押し殺してきたクルミなのである。
(こっち見ないで。惨めなあたしを見ないで)
『頭が足りてない能無しのクルミ』そんなレッテルを貼られても怒ることすらできないで、黙ってうつむく姿を、ポジルンには見られたくない!
性根がスタイリッシュにできている彼女にとっては耐え難い状況なのだ。願わくば『反応しないで受け流す大人なクルミ』であると誤解してほしいのだが。
「ハァ……私ってまともな中学生やってたつもりだったんだけどな……スゲー頭痛いや……」
「きみの動揺はぼくにも分かるよぅ。世界観がひっくり返るような出来事に驚いているきみに、今すぐ協力してほしいとは言えない」
「ううん。するよ協力。だって、しなきゃいけないでしょ!?」
「ほほう!?」
「私はね、今でも信じられないんだよ。この状況が。すべてが幻だったらそれでいいと思う。だって私の頭がおかしかったってだけで済むんだから。でも、この身に起きてる出来事が全て本当だったら?そう考えたら、頭痛くなったって協力するしかないじゃん!!私たちが生きるこの街だって!もちろんポジルンの世界だって!!私の力が必要だっていうならどれだけでも貸すんだから!!!」
この時、クルミは正直言って驚いたのだ。
里奈ツグミとはこのような人物だったろうか?
ネチネチと嫌味ばかりを並べ立てて他人を詰るような腐れた性格の人間だとばかり思っていた。それがどうだろうか。これほどまでにヒーロー然とした言葉を、目を純粋に輝かせて、屈託なく吐くことができるのだ。
他人とは本当に未知である。
今まで里奈ツグミがクラスの中心人物であったことが不満で不思議で不愉快で仕方がなかったクルミであるが、この言葉と笑顔から伝わる頼もしさを見るに、納得してしまうほどだ。
(結局、腐れた性格を持っているのはあたしだけなのでは?)と自省するしかない。なにせ、この街を守ろうだなんて、一度たりとも真剣に考えたことがなかったのだから。
「いいね!魔法少女!私も子供の頃は好きだったんだ!やるからには本気でやるからよろしくね!ポジルン!」
「ヘイヘーイ!聞いたかいクルミ!?これだよぅ!ぼくがきみに求めていたのはこのノリだよぅ!」
とうとうポジルンまでもがツグミに飲み込まれてしまった。
ああ、この胸騒ぎは何だろう?
自分の味方だとばかり思っていた間柄のポジルンが、天敵であるツグミを受け入れているのだ。冷静に考えればそれも当たり前なのだろうか。アニメの向こう側にいる魔法少女を体現しているのは果たしてどちらなのだろうか。
いや?ツグミは先ほどから自分のことをまるで無視しているではないか?『よろしくね』といつになったら言ってくれるのだろうか?
精神の置き所が不安定になる。胸がざわめいて仕方がない。これだから、追加戦士など要らないと言ったのに———
こんなこと ならひとりぼっちになりたい。
心の中で奏でられて鳴りやむことなき不協和音。




