第四部⑤【世の中を変えるより自分を変えたら!?】
もしも、相手の顔をきちんと見て話すことができたならば、誰だか分かっただろう。そうでなくても、相手と正面から向き合うことができたならば、着ているジャージだけでも確認できたに違いない。きっと、思い返すも恥ずかしい『名演』をせずに済んだはずだ。
「……えへへ……へへ」
「笑って誤魔化すの、やめて」
「……あ……う」
「私のこと待ち伏せしてたのかな?私が家に帰ってくるのを見計らって?気持ち悪っ。アンタどうかしてんじゃない?」
このときクルミは、つい数瞬前までの自分をブチ殺して無邪気にツツジの蜜を吸う穢れ無き幼稚園時代からやり直したくなった。
それもそのはず。決して消えやしない黒歴史の特大号。人生の汚点と言うべき発狂モノのそれを今しがた生産したのだから。
記憶の奥底に厳重に丁重に永久に封印しようにも、悪いことに、御披露目した相手は里奈ツグミ。仮に学校で言いふらされたならば死より恐ろしいことになるだろう。
「月、出てないよね」
「へ?」
「スゲー曇ってるよ」
「は?」
「月が綺麗ね、とか、アンタはどこを見てそんなこと言ってるのかな?」
「あひゃあ!」
傷口に塩。先ほどまでの阿呆丸出しな自分の姿が鮮明にリフレインされてきて、クルミは悲鳴を上げた。ああ、この先の人生、これをネタとして延々とチクチクと心を抉られるのだろうか。考えただけで気が狂いそうだ。どうしようもないパニック状態へ陥ったクルミが助けを求めた相手は、そう、ポジルンしかいない。
「あ、あ、あたし、証拠、見せる魔法少女。ポジルン、いる、ここに」
原始人を思わせる文法であった。だが 、手段としては間違っていないであろう。話に段階があるのならば、この段階で逃げることが一等一番で不味いのだ。
ここはリュックの中身の生命体を見せて話を進めるのが最も手っ取り早い。
ガクガクと震える膝。ワナワナと震える指。ジッパーを開けば幻獣を思わせるような白い毛をしたパートナー、ポジルンが話をまとめてくれるに違いないだろう。
「——————あっ!?てめぇ!?」
「メモアテラレナイヨゥ……」
だが、ポジルンは硬直していた。ヌイグルミを装っていたのだ。そう、想像を絶する桁外れのスベりっぷりを発揮したクルミに巻き込まれたくないのだ。もっとシンプルに言えば、他人のフリをしたのだ。
「こ、この野郎!?ヌイグルミのフリしてんじゃね ぇよ!!」
「……それが魔法少女の相棒ってこと?」
「そ、そうそうそう、それ、それなの、それなのに、何も話してくれないの今日は、いつもとってもおしゃべりな、異次元からの来訪者なの。あたしを次元の向こう側へ連れ出して、あたし、変身するの、魔法少女に、そして怪人と戦って世界を護ってる、の、の、の。動け!喋れ!いつまでそうしてるつもりだポジルン!ざっけんな!あたしだけに説明任せるな!」
「……………へ…へぇ〜〜〜……すごいんだね」
完璧にアタマがイッてる人物を見る目のツグミである。
こうなるとクルミ、自分の頭を疑いたくなってしまう。今までのすべては狂人の妄想であったというオチならばどんなに面白いことか。
思考回路がショートしたままのクルミは月の無い空で道化を演じ続け、その理解不能な演目に、観客であるツグミはいよいよキレた。
「ねぇ?もう一回言おうか?アンタは、ここで、何をしてるのかなぁ?」
「あっ…あの…………」
「な・に・を、しているのかなぁ?」
「………ツ……ツグミちゃん……ごめんなさいなの」
「私の質問の答えになってねぇんだよ!!!」
ついに蹴りが入った。重心が崩れてペタンと尻餅をついたクルミを、ツグミは街灯を背にして見下した。
「いつからだろうね。私、アンタとはコミュニケーション取れなくなったよ。私のせいかな?違うんじゃない?質問してもロクに返さないアンタは私と会話のキャッチボールをする気が無いんじゃないのかなぁ?アンタって誰に対してもそうだよね。いつもキョドキョドしててさ、たまに誰かに話しかけられても、すぐに自分の殻に閉じこもってさ、それでいて『あたし被害者なのぉ〜』みたいなツラしやがってさ!!そういうのスゲー腹立つんだよね!」
「…………」
「学校が嫌い?社会が嫌い?世の中が大嫌い?そうなんだ、へぇ。アンタ馬鹿じゃない?楽しく毎日生活してる人間ならいっぱい居るって気付かない!?いっつもいっつも腐ったような目で周囲を見てるアンタみたいなのが逆恨みで事件を起こすんじゃないのかなぁ!?『世の中が間違ってる』とか言ってさ!?世の中変えるなんて超傲慢!!まずは手っ取り早く自分を変えたら!?その努力すらできないなら目の前からとっとと消えてよ!消えて!!消えて今すぐ!」
「……………………」
ツグミはまるで断罪するかの如き鋭い言葉を突き刺す。クルミは学校が嫌いだ。社会も嫌いだ。世の中に出て行くなんて考えただけで恐怖すら覚える。
でも、そんな世の中にだってどうにか適応しながら生きている人間が、いっぱい居るってことも分かっている。
クルミの目は腐っている。それくらいの自覚はある。だからこそ自分を変えようとする努力はちょっとずつしている。今日だって、今だって、滑稽なほど必死こいて自己紹介をしたのだ。
それが誰からも認められていないこともよーく分かっている。誰も褒めちゃくれないってことも、よーく分かってる。
でも、ツグミはそんなクルミのミクロな努力を分かっているのだろうか ?
ああ、クルミの心の中には言葉が満ちているのに、こんなときに限って、その口から溢れることはない。
(———でも、だからといってこの世界からあたしが消えるわけにはいかないの)
「最後に聞くね?アンタは、ここで、何をしてるのかなぁ?」
「…………」
「そう、答える気が無いんだね。じゃあねバイバイ」
呆れて立ち去ろうとするツグミをクルミは精一杯の勇気で遮った。話すことならいくらでもあるのだ。そして、リュックを鷲掴みにして、街路樹の茂みに目掛けて、力一杯に放り投げたのだ。
「うらっがぁ!!!」
唯一の希望である魔法少女にゴミのようにポイ捨てされるだなんて、たまったものではない。リュックの中から響いたポジルンの 『ピキィ—————!』という小動物じみた鳴き声。それは抗議の声か、それとも本能的な悲鳴か。
「ク、ク、クルミ!?きみは二度もぼくを捨てたね!?なんてことするんだ!あんまりだよぅ!!」
「うるせぇ!てめぇこそなんのつもりだ!!この、この、この、裏切者があ!!!」




