第四部④【新たな魔法少女、その名は……】
「こっち!」
「こっち!?」
「そっち!そっち!」
「そっち!?こっち!?」
「あっち!あっち!あっち!」
「あっち!?どっち!?どっち!?」
夜の街。アホみたいなやりとりを繰り返しながらも、ポジルンの鼻センサーは鋭敏に稼働していた。一方のクルミはと言えば、指示通りにパタパタと走り回ってはいるが、背中の荷物以上に心が重くて仕方がない。
それもそのはず、初対面の魔法少女とのファーストコンタクトについてあれこれとシミュレーションしてみるけれど、一向に成功のビジョンが思い浮かばないのだ。
ああ、自己紹介!
クルミは自己紹介が大嫌いなのだ。あの文化だけはこの世から必ずや滅殺しなければ気が済まないとすら思っている。初対面の場面だというのにコミュ障を第一歩目から躓かせる罠が自己紹介なのだ。初っ端から殺しにかかるのだから、一定の人間にとっては人間関係を断絶するためのフィルターでしかない。
それとなく輪にぼんやりと入ってゆく、というのではダメなのか。それともダメ人間排除の儀式なのか。冷汗。脂汗。心のどこかに穴でも開いたかのように不安だ。でも、やるしかないのだから破れかぶれの気持ちで「こなくそ!」とクルミは叫んだ。
「誰も褒めてくれないよね!このあたしの勇気!」
「なにがさ!脳内の出来事を突然アウトプットされても困るよぅ!」
「苦手なのさ自己紹介が!何度やっても常にマイナスプロモーション!でもね、それに再度チャレンジする心意気!そいつを褒めてくれって言ってるんだあたしは!」
「うん!その話は後でしようか!走ったまま喋ると息が切れるよぅ!」
「はひっ、はひっ、はひぃ、だ、だれも褒めてくれないの」
『自己紹介?そんなのみんなが当たり前にやっていることじゃないかなぁ!?』などとツグミだったら言うのであろう。
クルミの脳内にインストールされている仮想ツグミからのお説教が疾走中の胸に突き刺さる。「ちくしょう」と、クルミは呟きながらも怨念をパワーに変換して速度を増した。
「匂いの移動がゆっくりになった!バスを降りたんだ!」
「バ、バスを追ってたのかあたしは!そんなん知らねぇぞ!そ、そ、そういうことは先に言えっつってんだろ!追いつく わけないのぉ!」
「大丈夫!そこを右!右!向かってる方に先回りできそうだよぅ!」
「はっ、あっ、あひっ、ひぃ、ひぃ、ざけんな、はひっ、ひっ、ポジルン」
この時間である。ターゲットが帰宅途中であることは容易に想像できる。そもそも、どこまでも動き続けるわけがないのだから、冷静に考えれば家に帰ったところを狙えばいいのだ。
だが、いきなり家に押しかけてインターホンを鳴らして「どうも魔法少女でーす!あなたも一緒にどうですか?」などとキチ〇イ丸出しの勧誘をしてドアが開くとは思えない。それこそ警察沙汰になるであろう。クルミに選択の余地はない。走るしかない。走るしかないのだクルミは。
「な、な、生身じゃ、む、無理、だってば、はひっ、ひ っ、変身させて、ひっ、あひっ」
「そんなことない。ここで待機だよぅ。無事に先回りできたんだ。まもなくこの道を通るよクルミのパートナーは」
「ひゃあっ」
全力ダッシュの結果、なんとか先回りに成功したクルミは、並木道のツツジの中にガッサガサと飛び込んで身を隠した。
「………………ハァ……ハァ……」
「…………?」
「こ、これで、一安心なの」
「待って!?どうして隠れる必要があるんだい!?」
「はひ、ひ、じ、自分でも、わ、わかんない。これって防衛本能?ただ、パ、パートナーって響きにあたしが、テ、テ、テンパってることは事実なの」
動悸。発汗。息切れ。それらは日頃の運動不足のせい。そして、新しい濃密な人間関係が始まる極度の緊張のせい。
初めての挨拶はどうすればいい?まもなくターゲットが通ろうとしているこの瀬戸際、脳内にはゴミクズのようなアイディアが生まれては消えてゆく。どうにもファーストコンタクトからスベるような気がしてならない。きっとアウアウして終わるに違いない。与える印象は『変人』の二文字。
(ああ、また同じことを繰り返すのかあたしは)
土壇場に来て己の無策さを恥じた。もっと入念に準備をしていたなら、堂々とパートナー様をお迎えできたに違いない。頭をよぎるのは『失敗』の二文字。顔色が悪くなっているのがクルミ自身にも分かった。汗で濡れた指先がワナワナと震える。
「あっ、やだ怖いの」
「!?」
「ど、どど、どどど、どうしよぅ〜〜〜!?ポジル〜〜〜 ン!?」
「何がさっ」
「やだやだやだぁ〜〜!お願いポジルン!あたしの代わりに先に声かけて!あたし初対面の相手が極度に苦手にできてるの!」
「なにそれ、ぼくはクルミのパートナーだけど保護者じゃないよ?ダメだよ。それを乗り越えてこそ身につくのがコミュニケーション能力なんだ。逃げたり、避けたり、誰かに助けてもらってばかりじゃ、成長できないよ?だから、ぼくはクルミの挨拶の後に続くよぅ」
「立派なことばかり言うのやめて!?成長とかどうでもいい!分かる?伝わる?『失敗って痛い』の!第一印象で失敗するのはもう嫌なの!ね、ね、ね、お願いだから!」
「大丈夫!心の中であらかじめ言いたいことをまとめておくんだ!そして、あとは自信を持って臨めばイケるよぅ!」
「その自信ってやつがあたしには欠けてるのおおぉ!」
「聞いてクルミ!ぼくは何だかんだ言っても、クルミがダメだとは思っていない。むしろ信頼している。ここ一番で発揮できる力を持っていると思っているよ」
「……その言葉、嘘じゃないよね!」
「嘘じゃ、ないさ」
「怪人と戦うときよりも心拍数上昇してるんだけど」
「相手は怪人よりも、小さくて、きっと優しいさ」
そうだ。あたしは魔法少女だ。
壁なら何度か乗り越えてきたじゃないか。クルミは藁をも掴む気持ちでポジルンの言葉を脳内に叩きこんで、自分を誤魔化した。
学芸会では名も無き農民として背景でひたすら阿呆のように鍬を振っていたクルミである。だが、そんな彼女にも一世一代の名演をせねば ならない時が来るのだ。今度は農奴ではなく魔法少女として、この薄暗い街灯をスポットライトとし、輝け!クルミ!
「来たよぅ。次にここを通る少女だ。準備はOK?クルミ?」
「……………あっ、ツツジの花。チューチュー吸うと蜜が甘いの」
「現実逃避はやめて」
「懐かしい思い出で自分を落ち着かせようとしてるの」
「ストレスによる幼児返りっていうんだよそういうの」
このとき、両者には誤解が起きていた。
ポジルンとしては『はじめまして』だのといった無難な挨拶を望んでいたのだが、クルミは違っていたのだ。
魔法少女として、という部分に過度にクローズアップした結果、出力された行動は。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ
ドッ、ドッ、ドッ、ドッ
「3、2、1……」
靴音と心音が交差した瞬間、ギリギリまで昂ったクルミは『ええいっままよっ』と呟いて茂みから飛び出たのであった。
———相手が、どこの誰かも確認しないままに。
「つ」
「!?」
「つ、月が、あの、その、き、き、綺麗よね」
「……?」
「にんにん人間、たちは皆、この、えっと、月明かり、の下で、明日も、じゃない、じゃない、今日今日、今日も、眠りに就くのです。でしょう。何何何も知らないままままに」
「…………?」
「この、月明かり、の下で、悪と戦う私たちの、その、うん、存在を、知らないままに」
「…………………???????????」
「よよよよよようこそ!新しい魔法少女さぁん!あなたはもう知ってしまった!この街を護るため戦うあたしという存在を!」
ラップではない。
キョドりが極地に達するとこうなるのだ。
焦りのあまり早口になり舌がついていかず言葉が伝達ツールの役割を果たしていないほどに崩壊している。もはや何を言っているかも伝わらない。
いや、伝わっていたほうが悲惨かもしれない。
なにせ脳内で組み立てたセリフは鼻がツンとするほど臭く、もはやそれはリアルタイムで黒歴史を製造しているに等しい。涙目になりながらも一応の挨拶をやりおおせたクルミはようやく相手の方に向き直り、そして、正気に戻ったのだった。
「………何やってんのアンタ?」
その冷たい声に、クルミの顔から血の気がサァっと引いた。頭に乗っていたツツジの花がポロリと落ちた。
先ほどの脂汗とは違う、ツツッと垂れ落ちるような冷汗が噴き出してきた。真っ赤だった顔が青くなった。
「ねぇ、頭おかしくなった?呆れるっていうか、ちょっと怖いんだけど、何?アンタ何なのかなぁ?」
「……あ……あう……」
そうだろう。
そうだろうよ。
どうやらあたしの運命とはこのように出来ているらしい。
クルミはグウの音も出なかった。おまけに、ありったけの軽蔑の視線に貫かれてロクに声も出なかった。いつもいつも怯えているあの視線だ。
里奈ツグミ。
クルミの天敵であり、新たな魔法少女である。




