第四部③【まだ見ぬ君を探し求めて】
「こっち」
「こっち?」
「そっちそっち」
「そっち?こっち?」
「あっちあっちあっち」
「あっち?どっち?どっち?」
などとアホみたいなやりとりをしながらポジルンの指示に従いあっちこっちに歩き回っているうちに、とっくに公園を出てしまい、クルミは自分でもよく分からん街にまで迷い込んでしまった。
太陽は傾き、影の落ちる見知らぬ住宅街をうろつくのは、実に心細いものである。おまけに一日中移動を続けたわけだから、クルミの華奢な足に溜まる疲労。そうなりゃイライラも募るというもの。もしも、これが徒労だとしたらポジルンごとリュックをゴミ捨て場に置き去りにしてやろうと決めていた。
「きっとそろそろアルプスが見えてくるの」
「やあ、クルミの住む街は山岳地帯だったのかい?」
「そんなわけねぇだろ。これで追加戦士が見つからなかったら無駄骨だからな。せっかくここまで歩き続けたんだから今日中に探し出すの!」
「うん、そんなクルミにとても言い出しにくいんだけどね、ぼくの鼻に匂ってた香りは途切れたみたいなんだ」
「つまり?」
「……ごめん」
そして、クルミは黙ってリュックをゴミ捨て場に投棄した。
だが、『ピキィ——————!』と聞いたことの無い鳴き声を発するポジルンに後ろ髪を引かれ、仕方なく回収し、コンビニに立ち寄って店内でアイスティーでも飲みながら自らを慰労するのであった。
「なーにが『ぼくの鼻は正確なんだ』だよ…ハァ…もう…」
「ごめんよぅ…たぶんすぐに見付かると思ったんだけど…」
「まぁいいや…あたしは他人をあまり責めるのはやめるの…あたし自身だってこういう不手際で迷惑かけるし…」
「とか言いつつさっきはぼくをゴミとして捨てようとした」
「ごめんなの。謝るの。ちょっと立場が変わったからって他人に厳しくあたるようじゃあたしはダメ人間の二乗なの」
「へぇ、意外だよぅ」
「何がさ」
「自分に優しく、他人に厳しく、みたいなタイプだと思ってたよぅ」
「あたしはそこまでクソじゃないの。自分自身がミスばっかりだったら、他の人のミスくらい受け入れなきゃダメでしょ。だから、さっきは素直にごめんなの」
「……ふぅん」
「何さ」
「そういうとこあるんだなぁ、って」
光る車のヘッドライト。店の外はすっかり日暮れ。夜の闇がどっぷりと落ちていた。
ふむ、失踪したと勘違いされて警察でも呼ばれたらどうしよう、などとクルミは考えたが、そういう母親ではないことは知っている。知ってはいたが、クルミにとってはそれほどの大冒険に思えたのだ。
こうしてコンビニのフードコートでアイスティーなど飲みながら休憩する自分の姿が、ちょっとオトナな気がして 少しだけ誇らしかった。
「ポジルンはさ、こうして知らない世界に一人ぼっちで、心細くはないの?」
「珍しいね。クルミが自分以外のことに興味を持つなんて」
「うるせぇ」
「心細いさ。いつだって帰りたいと思ってる。こんなことをクルミに言うと反発されそうだけど、それでも踏み止まっているのは、ぼくの世界を護りたいっていう気持ちなんだ」
「……護りたいって気持ちねぇ」
「でも、最近はちょっと違う」
「違う?」
「ぼくの世界だけが護れればいいってわけじゃない。この世界だってぼくは護りたいんだよ」
「良い子ちゃんぶったセリフを吐くねぇ。ポジルンからしてみれば他人の世界じゃん」
「そうじゃない。たとえば、さっきクルミにアイスティーを渡してくれたお姉さん。笑顔が素敵だった。きっと彼女にだって大切な生活があるんだ。ひょっとしたら、それを自覚してないかもしれない。けれど、不意にすべてが壊されたら泣いてしまうんじゃないかとぼくは思うんだよぅ。クルミが歩き続けてすれ違った人は何十人?それとも何百人?この街に住む人は何千人?何万人?それぞれに人生があるならぼくは赤の他人だって護りたいんだ」
「……そういうセリフって本来は魔法少女のあたしが言うべきなんだよねぇ」
「やっぱり共感はできないかい?」
「ちょっぴり共感できる、かもしれない」
「それはよかった。ごらんよ、クルミ。これがきみの護った世界なんだ」
歩き疲れた果ての景色が普段より少しだけ輝いて見えたせいだろうか。
心 のギアが錆び付いていると自暴自棄に自嘲していたクルミであったが、滞りなく動いている平和な世界に、なんだか頬がつんと痛んだ。
———だが、その景色の中に見慣れたジャージの群れが歩いていることには目が行かなかった。
それはガラスの反射のせいだろうか。それとも、遠くまで来た大冒険のつもりが、実は自分の学区内程度に収まっていたことに気付かなかったせいだろうか。
「……行こう、クルミ」
「ほえ?」
「感じるんだ。すぐそこにまで迫ってるんだ。クルミのパートナーとなり得るもう一人の魔法少女が!」
パートナー!そのあまりに親し気な響きにクルミは一気に現実に引き戻されたのだった。遠い世界を眺めているような感傷は消え失せ、一転、目の前に迫った人間関係という危機に冷汗が滲むのであった。




