第四部②【追加戦士を求めながら歩く日曜の陰キャ】
日曜。
休日といえばクルミは家でゴロゴロが常である。
だが、平日の人煩わしさから解放されて一人でノビノビ、というわけでもなさそうだ。実際、家に居て充実した休日を送れるかと言ったらそうでもない。時間は『なんとなく』で埋め尽くされ、気付けば日が暮れている。
なんとなく眺めるネット上。なんとなく読み返すマンガ本。なんとなくプレイする痴呆老人の指遊びのようなスマホゲーム。
無為。
その一言である。
そんなもんだから、夜になる頃には(嗚呼また今日という日を無為に過ごしてしまった)と自己嫌悪に襲われる、それがクルミの休日である。
(ひょっとしたらあたしの人生ってずっとこんな感じなの?)と気が狂いそうなほどの不安に絞殺されそうにもなる。ニートと同様、ゴロゴロしているからといって気持ちが楽なわけでもないのだ。
ならば、とりあえず外に出ればいいじゃないか、と言ってもそうはいかない。陽キャな方々には分からないかもしれないが、陰キャであるクルミは、外に出てもまったく用事が無いのだ。
だって、誰とも何の約束もしていないのだから。
そもそも約束できるような相手も、いないのだから。
別に陽キャのように休日に河原でBBQだの公園でフットサルだとのいったことをやりたいわけではない。そういうのは御免なのだ。
とはいえ、約束の無い休日をず〜っと過ごすうちに、クルミは嫌でも痛感させられてしまうのだ。(やっぱり、あたし、誰とも繋がってないの)と。
そんなカラッポの休日に、予定がスッポリと埋まった。
「ハァ……憂鬱なの……」
「そんな露骨にテンション下げないでよぅ」
「下がるの。超下がるの。休みの日くらい家で寝かせてほしいの」
「ぼくが見るといつも寝転がってるように思えるけど、クルミはどうしてそんなに疲れてるんだい?何にそんなに疲れるんだい?」
「生きてるだけで疲れるんだってば。そもそも逞しい生命エネルギーがあったら陰キャなんてやってないの」
やれやれと、いかにもダルダルな様子を見せているクルミだが、内心はちょっと嬉しい。何もない休日が予定で埋まったのだ。今日ばかりは普通の人間としての資格を得たり。そんな気分になれる。
昼下がり、『いってきまーす』と母親に言えるのがちょっとだけ誇らしかった。『魔法少女を探しにちょっと街まで』とまでは、さすがに言うことはできないが。
「クンカ、クンカ」
「どっち行けばいいの?」
「うーん。今度はちょっと右のほうへ曲がってくれないかい」
「あんまり歩かせないでよ。あたしみたいな日陰者には日光はちょっとつらいんだから」
「まぁまぁ。今日はちょっと歩き回ってもらうよ。大丈夫、ぼくの鼻は正確なんだ」
ちょっと開けたリュックの隙間からはポジルンの鼻がクンクン。魔法少女として素質はニオイで分かる、とのことである。
先日、戦いを繰り広げた駅ビルでは崩落した外壁の修繕工事が行われていたが、それとて日常の一風景として溶け込んでいる。
こうなるとクルミ、いったいどこからどこまでか現実なのかよく分からなくなる。人々があまりに普通に過ごしているため、あの死闘のほうが嘘だったのではないかと疑いたくなる。
「この辺りに大きな公園はある?」
「あるけど……そっちの方から何か感じるの?」
「いや、新緑の良い香りがするんだ。こんなに爽やかに晴れた初夏なんだから、どうせだからそっちを通ろう」
「ざけんな。ピクニック気分かよ。大きなリュック背負って意味も無くウロついてる不審者丸出しな姿なんてあまり見られたくねぇんだよ」
「別に構わないじゃないか。せっかく外に出たんだ。ぼくは楽しみたいし、クルミだってたまには外の世界に触れたほうが良いと思うよぅ」
「マジで余計なお世話なの」
この街の中心となる恩賜公園は外周数百メートルの大きな溜池を中心としており、その周りに咲く桜を目当てに毎年春になると多くの花見客が訪れる。
幼き頃、クルミも母親に連れられて桜を見たこともあるが、最近ではまったくない。自我が芽生えてきたクルミは、もはや肉親といえども分かり合える気がしないので、連れ立って歩くことを嫌がっているのだ。
また、お花見をしようなどという友達もいない。だからといって一人で見に行くには他人の目が気になり過ぎる。
そんなわけで、クルミはこの公園の桜の花を最近ではまったく見ていない。なんというネガティヴな心の持ち主だろうか。
(いつか、あたしもここにいる人々と同じ権利を持って、お花見に行ける日が訪れるだろうか?)
クルミは青葉が茂る桜の樹を見上げて、そんなことを思った。そして、そんなことを思ってしまう自分が、クルミはキライだった。
「この世界の人々は自然を愛する心を持っている。眩しい緑の下で笑い合える心を持っている。ごらんよ、クルミ。これがきみの護った世界なんだ!」
「つまんねぇ言葉ばっか並べやがって……そんなポエムを吐きに公園まで来たのかよ……」
「クルミはどうしてそんなに腐ってるんだい!?あまりにひねくれてるよ!!」
「……苦手なの」
「?」
「ポジルンには分からないかもしれないけれどさ、ひとりぼっちでいるのって勇気がいるの。中には孤独が本当のほんとうに好きな人もいるかもしれない。けれど、こうやってみんなで楽しく過ごしてる景色を見てると、ちょっとうらやましくなって、やっぱりあたしは孤独に耐えられる人間になれないんだなぁって、思っちゃう。誰とも繋がってないことが急に怖くなるの。やっと踏み出したあたしの一歩は何センチ?あたしとみんなとの距離は何メートル?理想のあたしまでは何キロメートルあるんだろう?」
「…………」
「ハッ!ポジルンがポエムなこと言い出したからあたしだってポエムで返してやったんだ!バーカバーカ!」
クルミが冗談めかしたことを言っても、今更この暗い空気を拭い去ることはできなかった。沈黙のまま歩き続けたせいであろう、離れた池で鯉がドプンと跳ねた音がやたらと鮮明に聞こえた。水面がキラキラと揺れた。
こんなに爽やかに晴れた初夏の日差しが、やたらと眩しくて、目を細めながら遠い遠い道のりを魔法少女は歩き続けたのだった。




