第三部⑩『デコイvsブラフ』
「……あんたさ、実は腕っぷしにそれほど自信無いでしょ?」
「は?」
「あたしが狙撃する姿をどこかで見てたんだろ。物陰でコソコソ隠れながら、さ。そういうのって正面切って勝てない奴のやる行動だよ。あたしがそうだからよく分かる。あの怪人はやっぱり囮。どうせ、あたしの手の内を先に観ておきたかったってところだろう?。そんでもって、あたしの戦い方を観て『弓矢が危険だ』ってあんたは思った。だからあんたは背後から近付いて弓を真っ先に奪ってポイ捨てしたわけだ。こんな華奢で可愛い少女の弓術を恐れて。 なるほどなの。賢明な判断なの。すげーショボいけどな」
「…それが…どうした…お前が今…無力であることに変わりはない」
「まぁ黙って聞いてろよ。あんたも見ただろ?あの『弓矢の効果』を?ひとたび刺さればあたしのカバンにぶら下がるキーホルダーさ。それを防ぐ術があんたにあるか?無いだろう?何が無力だ?殺したけりゃ殺せとかあたしは言わねぇよ!こちとら勝算があるから言いたい放題言ってるんだよ!」
このとき、クルミは脱力していた。
束縛に対して抵抗しなかったのだ。無理に抵抗すれば、それに比例して抑え付ける力も強まると知っていたからだ。
あれは幼稚園の頃だったろうか。クルミは些細な諍いで癇癪を起して暴れたことがある。その頃から社会に適応できていないのだが、さておき。男子にイジワルをされたことに激昂し、標的を殺害せんばかりに襲い掛かる小さきキラーマシンと化していたのであるが、所詮は幼稚園児、保育士にあっさり取り押さえられた。
クルミはそのときのことを憶えている。いや、身体が憶えていたのか。拘束に対して抵抗をすれば抑えられるが、無抵抗であれば締め付けは弱まると。
「………勝算だと?」
「ポジルンっ!!!今だ!その『矢』で背中から突き刺せっ!!!」
形勢逆転。
起死回生。
電撃作戦。
ポジルンによる乾坤一擲の一撃は———
なかった。
幹部が振り返った背後には、突然名前を呼ばれて頭の上に「!?」が浮いているポジルンがいた。当たり前だが矢など手にしていなかった。そう、言葉を交わさずとも心と心が通じ合うような連携プレイなどは起こり得なかったのである。つまりは失敗したのだ。
「へぁ!?」
ポジルンは素っ頓狂な声を上げた。
突然渡された不意のノールックパスになど反応できるわけもなかった。それもそのはず、魔法少女とパートナーの間に、完璧な相互理解などは生まれていなかったのだから。
まだ二人は分かり合えてはいなかったのだ。
そのことをクルミは———充分に理解していた。
(あたしだってあたしのことがイマイチ分かってないんだ)もちろん他人に分かってもらえることなど、初めから望んでなどいない。だが、それでいいと思った。黒マントの幹部の集中はたしかに背後の方へ逸れたのだから。
「……… !!」
魔法の矢の必殺性が頭をよぎったのだろう。これはクルミが繰り返しその効果について吹き込んでいたためである。
そしてポジルンの存在がノーマークだったのだろう。これについては単純に慢心としか言いようがない。
そんなマスクの幹部は、大げさなまでのリアクションで振り向き、同時にクルミへの拘束の手が緩んだ。
「ふぬっ!」
0:00。
日付が変わった。クルミは隙を狙って身体をねじった。
拘束に対して無抵抗であっただけ、一瞬に全力を発揮するかのように、幹部が(いかんっ)と思い締め付けを強めるのが間に合わないほど素早く。
結果、解けたのは片手だけ。だが、その片手が自由になっただけでも充分。目まぐるしく入れ替わる体勢の中でクルミ は精一杯にもがき、そしてついに果たせた束縛からの解放。
「…逃がすかっ!」
「逃げねぇ!あたし、もう負け逃げはしねぇ!」
一旦、距離を置こうと離れたクルミの判断。
そこまでは賢明であった。
しかし、折角開いた3mほどの間合いを自から縮めようと接近したのはまさに愚行。テンションが上がりすぎて暴走モードとなってしまったクルミは、あろうことか真っ向勝負を挑もうとしてしまったのだ。徒手空拳で。
「もう負け逃げはしない」と叫んだのは、昼間に学校で大敗北を喫したせいであろう。まさか鬱憤がこんな形で噴出するとは。いくら魔法少女のフィジカルが強化されてるとはいえ、それを押さえ付けていたマスクの幹部がそれを下回ることはないであろうに。
そんなクルミにストップをかけるように割って入ったのは、ポジルン。
「出直しだよぅ。ここは無理しちゃいけない」
白いシッポがふんわりと渦を巻くように回転したかと思ったら次の瞬間にはクルミの手を握っていた。ポジルンは無謀な戦いを挑むのであれば敗走を選んだのだ。駅前ロータリーの景色が復元されてゆく。同時に幹部の姿が薄れてきた。急速に異次元が遠ざかってゆく。
「チィッ」
追撃する幹部の拳が、グーからパーへと開く。
クルミは見た。手のひらの噴射口を。
これは、アレだ、見覚えがある。たぶん、エネルギー波というやつだ。めちゃめちゃ格好良い、アレだ。
それが自分に向けられているという現実を認識すると、クルミは先ほどの負けん気も引 っ込み「ヒッ」と小さい悲鳴を上げて目を閉じた。
ドウッ、ドドウッ。
青白い閃光が煌いた。数発ほど射出された怒涛の圧縮光線が、ロータリー中心の広場を、向こう側のビルの一階部分を、地面丸ごと抉り飛ばして粉塵が舞った。
クルミの弓矢を厄介に思っていたことは事実。だからといって「腕っぷしに自信が無い」わけではない。それを充分に証明する威力。
だが、爆心地の噴煙が晴れたとき、すでに魔法少女の姿はどこにも無かったのであった。




