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第三部⑧『魔法少女、詰む』

それと同時にクルミは、ポジルンを抱えて横に飛んだ。


経験上、知っている。何者かに狙撃されていると知った者が、確認するのは矢が撃たれた方向。


ならばそこにいてはいけない。


姿を発見されれば戦いがどのように転んでしまうか分からないからだ。すると理想は巨人を中心に円を描くような移動か。怪人との距離を一定に保ったまま狙撃を繰り返すことができたならば一方的に———無論、この作戦は一撃で決着がつかないことを前提としたものである。(どうせあたしなんて上手いこといくわけがない)というお馴染みのネガティブ思考ゆえなのだ。


さて、学校でダメダメのクルミが、戦闘となると一瞬でこうした画を描けるのはどうしてだろうか?


それは、集団行動と単独行動という違いがある。


根本的に性根がコミュ障にできているクルミは集団行動となるとすこぶる弱い。いや、弱いどころか、邪魔者そのもの。スムーズに行えない情報交換。他人の思惟をパッと察することができないのだからどうしてもワンテンポ遅れてしまうのだ。


そんなとき思う。(あっ、まただ。また乗り遅れちゃった)と。すると気付いたときには白い眼が向けられている。バレーボールなどの集団競技は苦手も苦手であり、ボールが自分に回ってくる前に空中で爆発して砕け散ればいいとすら思っている。


一方、単独行動となれば誰かに伝達するまでもなく自分の思うままにノビノビと動くことができるのだ。集団と単独。前者が苦手で、後者が得意な人間は、たしかにいる。もちろん、社会とは集団そのものであるため、大抵、そういうタイプの人間は不遇な状況に陥ることが多いのだが。


「…………ッ!!」


ずしん。地響き。

きっと怪人の棍棒が地面を砕く音なのだろう。


隣の商業ビルの屋上、室外機の裏に身をひそめたクルミは小さく舌打ちをした。(やっぱり一発じゃ仕留められなかったか)と。


されど動揺は無い。上手くいくことを望んでいなければショックを受けることもない。そう、いわば予想内。


「駅前だと身を隠す場所なんていくらでもあるんだから。何発でも撃ってやるんだから。怪人さん怪人さん、あんたのターンは残念だけど無いの」


予想内。

口からは余裕。

それでも緊張の汗が肌を濡らす。


そして、ずずん。

大地がおおきく揺れて波打つ。

棍棒のような硬い音ではなかった。


ならば一体?


いまいち正体のつかめない音にクルミの精神が揺らされる。(どうかどうか目が合いませんよーに)と深呼吸を一つして、現状を確かめるべく物陰から顔を覗かせたのだが———


「……ありゃ?」


ロータリーの真ん中で巨大なずんぐりむっくりは、膝をついていた。手にはもう棍棒など握られておらず、だらりと脱力していた。要するに、崩れ落ちていたのだ。ただの一発の矢は怪人の側頭部、こめかみの辺りに深々と突き刺さっている。


クルミがそこを狙ったのだから、そこに刺さっているのは、ある意味当然であるのだが、当の本人が信じられないような目をしてしまった。光子に分解され続ける怪人の巨体は、すでに動いていなかったのだった。


「やったか!?」


「やめてポジルン!そういうこと言うと勝利が遠のきそうだから!!」


臆病なまでに用心深いクルミは怪人のヌイグルミ化まで見届けた。(このまま終わっていいの?)という思いを抱えながら。


クリティカルヒットによる一発KO。といっても素直に喜ぶことができないどころか、むしろマックスに上げたテンションは不完全燃焼。


「……やった」


「本当にやったね」


「本当に勝ったの」


「勝ったよクルミ。勝った勝った。やったやった。もっと喜ぼうよ?」


「いやいや、そういうポジルンこそ声のトーンがダウナーだけど?」


「まぁ、その、なんていうか、正直言って大きい割にあっさりだった感は否めないよぅ」


「同感同感。別にあたしだって苦戦や激戦を望んじゃいないけど、なんだか肩すかしなの」


ふむ。こんなものか。

ある意味での予想外をクルミは食った。


不完全燃焼でありながらも完全勝利。

完全勝利でありながらも不完全燃焼。


破壊された駅前広場には異次元の静寂。さんざ暴れていた怪人がポンッと音を立てたきり、ヌイグルミ化し、沈黙してしまったからである。


薄い胸の奥 底に残るモヤモヤ。それをクルミはあまりに呆気ない勝利ゆえであると解釈したのだが、解釈しても釈然としなかった。


「ポジルン、夕飯のときのアレやって」


「アレって言われてピンと思いつかないよぅ」


「サイコセラピー」


「なんだいそれ」


「あたしに言いたいこと吐き出させるアレだってば。胸の奥に詰まってる言葉が出てきそうで、出てこなくて、なんだかモヤモヤが苦しい」


グダグダな会話をしながらグダグダと歩く二人の、その足並みはイマイチ揃っていなかった。共通の敵をこんな形で失ってしまったせいである。一致団結。目標が歯ごたえなく、ほぐれたからなのだ。


車はペシャンコ。道路はベコベコ。建物の窓ならバリンバリン。プチ廃墟に成り果てた駅前ロータリーの中心に向かうのは、とりあえずヌイグルミ化した怪人を拾うため。


「モヤモヤが苦しいの意味が分からないよぅ」


「うーん、学校の愚痴を吐くのとはちょっと違う感覚。言いたいことを抑え込んでいるっていうよりも、言いたいことの正体が何なのか自分でも分からない感じ」


「さっきクルミが言ったじゃん。肩すかしって」


「その表現だとまだ釈然としないの」


「さっきぼくが言ったじゃん。あっさりって」


「うーん、そういうのじゃないの」


このとき、PM11:54上弦の月が西の空にほとんど沈みそうであった。天体の運行はクルミの世界と同様のようだ。だが、次元の果てにはポジルンが住む世界があり、もっと果ての果てには常識すら通じない世界があり、上弦も下弦も、月すらも無い世界が有るのだろう。


「この決着は不満かい?見ようによっては非常にスマートで理想的な勝利だと思うんだけど」


「それそれ。非常にスマートで理想的で、まるでエリートみたいな勝ち方なの」


「だったら構わないんじゃない?」


「ああ、それだ。あたしの人生にそういうのは似合わないんだ」


「ネガティブの極みだね」


「何事も上手に運ばない。それがあたしの日常。なのに、あんな『倒してください』なんて言わんばかりの敵、そんなのまるでデコイみたい」


「デコイ?」


「囮ってこと」


その結論に辿り着くのが仮にもう少し早かったとしても、防ぐことはできなかっただろう。クルミたちにとってあまりに予想外なのだから。


狙撃のとき魔法少女はビルの上から怪人を見下ろしていた。


だが、それよりも数階ほど高いビルから同様に見下ろされていることに気付かなかった。


そもそも、誰もいるはずのない異次元に黒い「人影」が佇んでいること自体が、そう、予想外なのだから。


「あっ」


上弦の月によく似た弓の、弦の部分にするりと指が通された。クルミの指ではない。ならば誰の?


次の瞬間には弓は弾き飛ばされていた。


持ち得る唯一の武器が手元から離れて飛んで行った。クルミの思考は追いつかなかった。完全無防備となった空白の時間に「そいつ」は忍び込み、そして腕を搦めて魔法少女の行動の自由を奪ったのだった。


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