第三部⑦『vs巨人型怪人』
(あたしに必要なものって、何だろう?)
目まぐるしく光り輝く変身空間の中でクルミは、そっと目を閉じて自問した。足りないものなら数えきれないほどある。なのに、手に入れているものは、何もない。『あなたには特に何もない』ツグミの取り巻きにそう言われてカチンときたのは、それが図星だからに他ならない。
あたしはカラッポじゃない、と啖呵を切ったけれども、結局は自分が持っているものは胸の奥底から湧き上がってくる得体の知れない情操ばかり。
それだけでは人間として生活するにはちょっと少なすぎるみたいだ。きっと、もっと必要なものがどこかにあるようだ。
(あたしは、あたしを変えたいの)
オムライスのように覆い隠すのではなく、中身の足りない部分を補いたい。クルミはいつだって自分のことが大嫌いで、自分ではない何かになりたかった。
それは変身願望という形で、魔法少女への憧れとしてずっとずっと胸の奥底に残り続けた。いざそれが実現されようとも、空洞を埋めることはできず、クルミのカラッポな身体を隙間風が通り抜けてゆく。
ざっ、と異次元の夜に着地したクルミは顔を上げた。
風は吹いていなかった。
ポジルンが優しくしてくれた。クルミはその優しさに応えようとした。そのとき心の穴が少しだけ埋まったような心地がした。毎日が憂鬱で自分のことしか考えられなかったクルミが、誰かのために動いてみようと本当のほんとうに思った。
他人のために活躍するからこそのヒーロー。足りなかったピース。パチリと音を立て、ちょっとだけ浮かび上がった理想の魔法少女の姿。
(———あたしは優しい魔法少女になりたい。あたしはそういうふうになりたいの)
それを口に出すのはちょっと違うと思った。こういうのは己の奥底にこっそり秘めておくのが丁度良いと確信した。
様々な表情を見せてきたクルミの顔が今日は引き締まって見えたのは、その心境の変化のせいであることは言うまでもない。
「クルミ!アレ!アレ!」
「ふぇっ?どれ?どれ?」
「変身直後にいつもやってたやつだよぅ!」
条件反射的にクルリと回ってポージングをキメたのは、洗面所で練習を重ねてきた結果である。几帳面でも努力家でもないくせして、こういう余分なところにばかり如才ない。力の入れどころがズレているからクルミは変人扱いされるのだ。
「漲る魅力で起こすミラクル♪魔法少女クルミン♪」
「それ!それ!」
「えっへ〜〜〜〜〜っ♪ピスピス♪」
「そういうのはいらない」
「てめぇ!?やらせといて好き勝手なことヌカしてるんじゃねぇぞ!?———ハッ?」
さよなら、優しい魔法少女。つい先ほどに夢見たばかりの理想像がクルミの前から猛ダッシュで逃げてゆく。
ついつい噴出する負の感情が制御できずに口から飛び出してしまうのだ。ハラワタが真っ黒どころか腐ってるんじゃないかと自分を疑ってしまう。
「……あたし、やっぱり優しくないのかな」
「戦いの前から自己嫌悪モードにならないで。今のは茶化したぼくが悪い。ごめんよぅ」
ずしん。重い地響き。
反射的に身構えたが、震源は遠くであることはすぐ分かった。そして、遠くでありながらこれほどの振動が伝わるのだから、かなりのパワータイプの怪人に違いないことも。
「クルミッ」
「分かってるの。でも、ずいぶん距離があるの。だから、あたしの弓なら対処法はいくらでも見付けられると思うの」
「!?」
「どうしたの!?」
「いや、ヤル気満々だなって思って驚いたよぅ」
「ハッ、あたしはいつだって痛々しいくらい真剣に生きてるんだから茶化さないでよ」
「今のは茶化したわけじゃないんだ。なんというか、焦点が定まってるっていうか、いつになく頼もしいよぅ」
さらに響く第二波。
次元の狭間に起きる破壊。
魔法少女、出撃。
「焦点が定まっている」というポジルンの洞察はおそらく正しいのだろう。クルミの内面でぼんやりとしていた動機が、いくらか輪郭を伴った具体的なものになりつつあるからだ。
「行くよぅ!」
「了解!」
敵は向こうに在り。だが、魔法少女とパートナーが向かった先は、あろうことか正反対だった。反対方向へダッシュをかました勢いは現地解散の如く。
「クルミ!違う違う!そっちじゃない!」
「ふぇっ!?こ、こっちでしょ!?」
「そっちじゃなくて、あっち!どっちへ向かうつもりだい!?」
異次元空間に飛び交う、こそあど言葉。クルミとて無理に意地を張るばかりではない。ここはポジルンの聴覚を信用することにするのが正解なのだろう。クルッと反転してポジルンと共に走り出すも、思いっきり間違えてしまったバツの悪さは隠しきれない。3割減となってしまったクルミの元気。
「頼もしい魔法少女様のあたしがこの有様なの」
「……落ち込むことじゃないよぅ。そもそも、ぼくは無力なんだ。だから、戦闘に関しては全面的にクルミに頼りきりだ。ぼくの五感がクルミよりも優れてるとするなら、クルミは積極的にぼくを頼ってくれて構わないよぅ」
「そんなもんなのかな?」
「パートナーなんだから当然さっ」
「パートナーねぇ……」
「意外とクルミってさ」
「なにさ」
「ひとりで背負いがちだよね。今日だって、嫌なことがあったらぼくに愚痴を吐いてくれても構わないんだよぅ」
「ありがと。五感の件は頼るけど、愚痴の件は気持ちだけもらっておくの」
「どうしてさ?」
「器用に愚痴を吐ける性格じゃないの。あたし不器用なの」
器用な愚痴の吐き方とはなんぞや?ポジルンはツッコミを入れたくて仕方がなかったが、どうやらクルミの中には器用と不器用の基準があるらしい。分かるような、分からないような、そんな価値観に自分で閉じこもって硬い殻で塞ぐのがクルミである。
「うおっ」
そして第三波。
近付くほどに威力の強大さが衝撃となって足元にビリビリと伝わってくる。標的のバケモノ的なパワー。思わず声も上がるというものだ。しかし、怯んだ声とは違っていた。
二度経験した勝利は、自身でも気付かない程度に、心の奥底に自信という名の結晶として存在しているのだから。
「乗って、ポジルン」
ポジルンを肩に乗せ、弓矢を携えた魔法少女のシルエットはビルからビルへ飛び移ってゆく。
この街を護るため?
世界を救うため?
いや、どうしようもなくショボいばかりの自分自身を変えるため?
そして、少しばかりの温もりをくれたパートナーと共に戦うため?
クルミは上弦の月を背に夜を翔んだのだった。
「いやいやいやいやいや…………」
駅前バスロータリーの中央に屹立する怪人の姿に、思わずドン引きの声が漏れた。
10mくらいあるのだろうか?建物で言うと3階くらい?そんな巨大な図体をした怪人の手には、これまた巨大な棍棒。
そいつをゆる〜りと振り上げ、「むぅん」と息を吐いては無造作に路線バスに叩き付ける。破壊の余韻をじっくり味わってから、またゆる〜りと振り上げ、今度は駅ビルへ。
「もはや漏らす感想もロクにねぇわ。あんな大型重機みたいなのと、か弱い少女のあたしを戦わせようって言うなら、そんな酷な話は無いの」
「クルミは勇気があるよ。だってあんな巨人と今から戦うんだから」
「この野郎……他人事みてぇに言いやがって……」
トロール体型。筋骨隆々でなければ俊敏瞬足でもないゴム毬の如き丸っこさ。受ける印象は剛力。しかし、明らかに、鈍重。破壊力はあれども遅い一挙一動。
巨体を見下ろす屋上から眺めているクルミもさすがに気付く。
あれれ?対処法ならいくらでもあるのではないか?
「ポジルンはサッカーって知ってる?」
「言葉の上でなら知ってるけど、実際には知ら ない。このタイミングでどうしたんだい?」
「こっちの世界にはサッカーっていう競技があってね、みんなはボールを足で蹴って運ぶの。でもあたしは思うの。手で持って運べばいいのに、って」
「……? ごめん、ちょっと言ってる意味が分からないよぅ」
「サッカーっていう競技は足を使ってボールを運ぶゲームなの。でもあたしは思うの。手で運べばいいのに、って」
「………? 足を使ってボールを運ぶのがルールならば手を使ってはいけないのでは?クルミが何言ってるか分からないよぅ?」
「だーかーらー!そういうお約束を破って戦うって言ってるのあたしはー!」
「…………? ルールとお約束は違うと思うよぅ。そもそも手を使ったらサッカーというゲームは成り立たなくなるのは?」
「だぁーかぁーらぁー!!あたしは例を提示したオシャレ会話で格好付けたいの!村上春樹みたいに!」
「全体的に言ってる意味がよく分からないんだよぅ」
「ふんっ、いいよいいよ。あたしにはこういうの不向きだってこと、よ〜く分かった!でもね!」
そしてスネた。だが、ヘソを曲げても、目的達成の志は曲がっちゃいなかった。屋上のフェンスを越え、身を伏せながら、獲物を狙う目は真っ直ぐであったのだ。
「———でもね!弓で狙うのは不向きだとは思ってないんだよね、あたし」
弓矢を構えるクルミの表情が真剣になった。
普段、学校などでは見せることのない表情だ。
短時間の集中。
向き不向きで言うのであれば、クルミはこっちのほうに適性があると自覚する。逆に、授業中などの長時間、適切な場面で適切に集中するような器用さはクルミには無い。発揮されることのない実力である。
「あのね、あたしがさっき言いたかったのはね、今回はこれで終わらせるってこと。今までみたいに直接戦闘なんてしないで狙撃だけで終わらせるってこと。あれだけ大きなマトでしょ?正直言って狙い放題じゃない?でも、もし失敗したり、一撃でトドメをさせなかったら、あたしは決して捕捉されないよう全力で逃げて、また狙撃を試みる。あたしの武器がコレだけだとしたら、一番正しい解答だと思うの。あの巨人に反撃の余地なんてこれっぽっちも無くて、空気なんて読まないで、お約束も無視して、手っ取り早くゴール目指すよ」
「あのさ 、このタイミングでどうしたの?って言われるかもしれない。でも聞かせて欲しいよぅ。クルミは今、何のために頑張ってるんだい?」
「街を護るため、ではないのは確かだね」
「じゃあどうして?」
「いい?恥ずかしいから二度言わせないでね?」
「分かった」
「あたしみたいなのに少しでも優しくしてくれたアンタのためにだよ。一肌くらい脱いでみたいなって、思ったの」
「それを優しさと呼ぶんだよぅ」
優しい?あたしは優しいの?
クルミは自分の吐いた言葉にちょっとした違和感を覚えた。『他人のため』?ああ、あたし、きっとウソをついてる。笑いたくなってしまうほどに。それは口にしたことで理解できるというもの。すると急にキザに振る舞ってみせた自分自身がマヌケに思えてきて、クスリと笑ってしまった。
「なーんてね。あたしってばそんなに善い人間じゃないの。たぶん『優しくなりたい』からアンタに『優しくしてる』だけなの。少しでもマシな自分になりたいって願望のため。つまりは自分のため。ガッカリした?ポジルン?」
「ううん。むしろそっちのほうがクルミの本心なんだろう?安心したよ」
「安心?」
「次元を隔てたぼくの国を護るため『だけ』に戦ってくれるだなんて、ぼくはクルミにそんなことまで望んでいないよぅ」
クルミはハハッと笑って見せたが、まだ違和感は喉元にモヤモヤと残っていた。どうにも的を射ていない気がしてならない。『自分のため』?それがあたしの本心?それもウソみたいに思えてしまう。
「ごめんポジルン。今のどっちもウソ。キャンセルします」
「はあぁ!?」
「えへっ♪」
「何を考えてるんだい!?分からない!分からない!やっぱり気がおかしいよクルミは!」
「まぁいいじゃん。あたしだってあたしのことがイマイチ分かってないんだ」
他人のために、自分のために、きっとそれはどっちも正しくて、配合の割合は分からないけれど、この薄い胸でブレンドされているのだろう。
だからこうして弓を握っている。それを『優しさ』と名付けても構わないのではないか?クルミはそう思った。
ブレンドされてても照準はブレてはいない。
的を射ていなくても的は定まっている。
そしてついに、睨みつけていた怪人の頭部。
それがピッタリと狙撃しやすい位置へと動いた。
「ポジルン。この矢は外れる気がしないの」
心に落ち着きがない。
それはクルミだが仕方がない。
だが、このときだけは、照準を定める瞬間だけは、ピタリと集中している。
ひょうふっと放たれた矢は、ほぼ直線を描きながら空気を切り裂いてまっすぐと飛んだ。




