第三部⑤『学校空間における公開処刑の構造について』
(あっ、まただ。また乗り遅れちゃった)
授業中。気付けば数学の教師が一次関数の変域だとと、わけのわからないことを語っているではないか。
しかも、自分以外の大多数がそれを理解している様子で説明は進んでいるではないか。
連立方程式のときもそうだった。その前の単元だってそうだった。他の教科だってそうだった。いつもそうなのだ。
クルミは「クルミ会議」の世界に入り込み、外界をシャットアウトする悪癖がある。
脳内で開催される「クルミ会議」には小さなクルミがいっぱいいる。しかし、どれも所詮は本人の分身なので、ネガティブで、そして役立たずなのだ。授業中。いや、それ以外も。時と場合を選ばずに自問自答の脳内会議を始めるクルミは、こうして気付けば一人、取り残されてきた。
(こんなんじゃダメなの。せめて勉強くらいで きなきゃ、あたしは生きていけないの)
(いや待てよ?勉強ができたところで、その先があたしにあるの?)
(仮に、良い高校に入って良い大学に入ったとしよう。それで?あたしになにができるの?)
(学校ですら孤立するあたしが、社会だったら溶け込める?そんなバカな。難易度上がるだけだろう?)
(だからといって一切合切の勉強を放棄して中卒で働き始める?そんなバイタリティがあたしにあるの?)
(って、この脳内のやり取りは何度繰り返したの?何か有意義な結論が出たことが一度だってあったっけ———)
「はい、閑奈。このときの変化の割合は?」
パチンと、妄想上のクルミ会議はシャボン玉のごとく弾け飛び、現実世界に引き戻された。
ピンチは突然に。質問の意味すらも分からず、聞いてなかったことが一目でわかるアホ面を晒すばかり。
「えっ、あっ、その、ええっと、ええっと、」
「変化の割合じゃ分からないか?傾きと言い換えればいいか?それともxの増加量/yの増加量と言えばいいか?」
「あ、あ、あ、あ、」
「y=ax+bのaの部分を出せって言ってるんだけど分からないか?代入すればいいだけだぞ?」
「あの、あの、あの、あの」
クスクスと周囲のクラスメイトに笑われるといよいよクルミの思考回路はショートする。そして理系の教師特有のサディスティックさというか、とっくにTKOとなっているクルミのダウンを許さずに、調和を乱す奴は許さんとばかりに、ひたすら言葉で殴り続けるではないか。
「さっきまでの話の流れで言えば、ここはどうなるんだ?田嶋が答えた通りのことをお前も答えればいいんだぞ?」
「………………あう」
「どうしてお前だけが答えられない?同じ教室で同じ授業を受けているんだぞ?どうしてそうなるんだ?お前だけが?」
「…………………」
もちろん非はクルミにある。だが、その非をひたすら詰るように痛めつけるのはある種の残虐ショーのようなものである。
そして、古今東西のあらゆる場面で見られるように、観衆はそうした残酷なシーンを見るのが、大好きなのである。特に、刺激の少ない退屈な状況に置かれた者たちにとっては、尚更。
生贄として火炙りにされているのはクルミであって、自分ではない。だとすれば、クラスメイトの心の声は「行け!行け!もっとやれ!」なのだ。
このとき、執行人たる教師は当然ながらテクニックが求められる。
「不真面目」なクルミに対しての「指導」というギリギリのラインを外れない程度に収めねばならない。「イジメ」と呼ばれないギリギリのラインを。
そして、観衆たちが充分に楽しんだところでショーを切り上げねばならない。しつこくなり過ぎて飽きさせてはいけないのだ。
「先生。変化の割合はa=50です。代入してもいいですけど問題文を読めば秒速50mlで水槽に溜まると書いてあるから計算しなくてもa=50です」
「おおっ?さすがは里奈だな。その通り。いや〜、これから先生が説明しようとしてる部分まで答えてくれちゃったな〜」
観衆の中のリーダーが、ショーを締めくくった。
閑奈クルミと里奈ツグミ。ダメな子とデキる子。その明確なまでのコントラストによって。
普通は、執行人の領域に観客が手を伸ばすことはできない。できるとすれば、いや、介入を許されるとすれば、それは特別な存在と認められている場合のみである。
ただの優等生がこれをやろうとすると「KY」の烙印を押されかねない。民主主義の名のもとで正式な選挙を経て選ばれしリーダーのみが許されるのだ。
「ったく、ちゃんと聞いてろよ閑奈。お前、このままだと今回のテストも厳しくなるぞ」
「………すみません」
生贄として選ばれたクルミは炎上しすぎで消し炭のように成り果ててしまった。
もっとも「すいません、聞いていませんでした」の一言をもっと早く言えることができれば、ここ まで燃え盛ることは無かったであろう。そう、クラスメイトたちの嘲笑は、そんなクルミの致命的な不器用さに対しての笑いでもあるのだ。
燃え尽きたクルミの遺灰は誰にも回収されることなく野晒しとなり、かくして授業中に突発的に起きた残虐ショーは閉演を迎えたのであった。
(こんなで生きていけるのか?あたしは?)
悪いことが重なる日というのは、ひたすら重なるものである。
調和を乱せば目立つ。悪しきことが重なるのは必然なのかもしれない。授業が終わるなり、里奈ツグミの取り巻きの、例の名前が加藤か佐藤か佐伯か斎木もよく分からぬ女に絡まれる始末であった。
「あのさあのさあのさ?閑奈さんって、何か特技あるの?」
「……はぁ?」
「特技特技特技。閑奈さんって何ができる人なの?ねえ?」
「…別に」
「へぇ〜そうなんだ〜♪特に何も無いんだ〜♪」
取り巻き女たちはクルミというオモチャに興味を持ってしまったのか、三人ほどに増えていた。
まるで死肉にまだ食べられる部分があると判断したハイエナのように、群れとなって死んだクルミを食い荒らすではないか。こうなると、目も当てられないほど悲惨な状況である。
無論、このタイミングでの「特技あるの?」は「ロクに勉強すらもできないあなたに他に何か取り柄があるの?」という問いかけである。
いや、そのニヤニヤした顔を見るに「あなたのどこに存在意義があるの?」というストレートな悪意だとクルミは判断した。
クルミは「別にありません」としか答えられないのだ。それをクルミの口から告白させたのだ。これをオーバーキルと呼ばずして何と呼ぼう。
「だから、その子に絡むのやめときなってば」
「でもでもでも、閑奈さんって面白いんだも〜ん♪」
「次、音楽だから移動しよう。みんな先に行ってて」
ツグミはクラス内の秩序である。もちろんツグミもふざけて笑い合うこともある。だが、周囲が眉を顰めるような展開になりそうなところで、適度なところで、打ち切ることができるのだ。
空気を読むのではなく、空気を動かし、緊張も緩和もしっかりとコントロールできるツグミには、大人たちからも信頼が置かれている。リーダーである彼女が撤退を命じれば、取り巻きたちは「は〜い♪」とパタパタ退いてゆく。
そして教室に残るはクルミとツグミのみ。災難パート3である。
ツグミのサラサラ黒髪ロングは几帳面の証。日ごろから手入れを欠かしていないことが分かる。自分を高く保つための努力をし続けてきたツグミは、アホ毛がぴょんぴょん踊るクルミを、いかにも不愉快そうな目で、まるでゴミクズのように見下す。
「あのさぁ?あんたって、どうしてそんなにダメなのかなぁ?」
「…………」
「見てると腹立つんだよ、ホントに」
「………ごめんなのツグミちゃん」
「そうやって、謝る意味も分かんないんだよ!」
そして脛に蹴りが入った。
遅れて向かった音楽室からはすでにアルトリコーダーの音色が響いており、ドアの前でクルミは立ち尽くしてしまった。
この調和を乱してまで自分がそこへ入る権利は、無いような気がしたからだ。




