第三部④『邪悪なあの子』
「ポジル〜ン!!今日はケチャップライス大盛りなの!!」
「卵は!?」
「無いの!」
「はぁ!?」
「これはこれで素敵だと思わない?」
「どうしてオムライス一歩手前でやめるんだよぅ!?どうして!?ねえ、どうして!?」
クルミのエプロンに爪を立ててぶらさがりながらポジルンは「どうしてどうして」と無念の声を上げ続けた。実に気の毒な姿である。悲壮な雰囲気すら漂っている。食べ物とはそういうものだから。
「わ、わ、分かったの。ごめんごめん。そうだ、そんなに言うならポジルンが自分でフワフワ 卵作ってみてよ。あたしトロトロしか作ったことないから自信が無いの」
「ぼく見ての通りの四足歩行だよぅ!?どうやって作れっていうんだい!?」
「!?」
「作れるわけがないじゃないか!?」
「郷土料理って言ってたじゃねぇかよ!?どうなってんだてめぇの世界は!?」
不毛な喧嘩はポジルンのエネルギー切れにより終結し、再びキッチンに戻ったクルミは致し方なくオムレツの制作を始めたのだった。
今日も今日とて帰りの遅い母親を恨む気は無い。むしろ、ある意味では娘の自立を認めてくれたような心地がして気分が良いし、何より一人(+α)で過ごすほうが楽なのだ。その+αの部分を楽だと思えるのは、クルミにとって自分を隠すことなく話せるポジルンだからこそであるが、まだ本人はそのことに気付いていない。
「ふんふんふふん♪ふん♪ふん♪ふにゃららら〜♪」
卵だけではペラペラで頼りない。ここは適度なミルクをまぜまぜしよう。幼き頃に聞いた魔法少女モノのソングを口ずさみながら。
クルミは頑固なほうである。「隠さなくてもいい」などと言われたところで「はいそうですか」と従うつもりはないし、背負っている業はそんな軽いものでもない。「そっちのほうが好き」などと言われてすぐに覆る程度の自己否定感であれば、そんなものは所詮は元からファッションでしかなかったのだろう。
相も変わらず、クルミはありのままの自分を受け入れがたいのだ。なので、ポジルンの抗議を受けたせいもあるが、やはり改めて見てみると生身 のケチャップライスは血みどろみたいな色をしていて、卵で覆い隠したほうがいいだろうと思った。
「…………」
鼻唄が止まった。
ユウナとの下校はクルミ史に残るほどのカラフルな彩り加えてくれたのだが、一点引っかかっていたのだ。
「私ね、苦手なんだ」
「何がなの?」
「他人の悪口だけで繋がってるような関係」
「何の話なの?」
「閑奈さんの言う通りなんだと思う。表ではみんな本音を覆い隠してる。でも、裏では仲間だけで集まって悪口で盛り上がってる。まるで悪口を言えば言うほど結束が固くなるみたいに」
「別にそんな泥沼みたいなグループなんてどこにだってあるじゃん」
「隠すから泥沼が出来上がるんだと思うよ」
「………」
「閑奈さんは自分で自分を『醜い』って言ったよね。そういうふうに思える人ってきっと偉いよ。きちんと自分の汚い部分まで見つめてて、偉いよ」
「偉くないの。卑屈と事実なの」
「私ね、里奈さんはそれほど苦手じゃないんだ。クルミさんにとっては天敵かもしれないけれど、あの人、他にも色々な人に言いたいこと言ってるよ?もちろん私にもね。それよりも、ずっと表で隠し続けて、ずっと裏で正反対のこと言い続ける人のほうが、怖い」
「怖い?さっきから誰のことなの?」
「———田嶋ハル」
ユウナはその名を出してちょっぴりバツの悪そうな顔で笑った。自分もまた隠していたのだろう。
その名を「ああ知ってる知ってる」などと言ったクルミに対して「嘘でしょ」 と指摘してからは、あえてその話題を続けずに有耶無耶にした。知ったかぶりをするのはクルミにとって致命的なまでに悪い点である。人と人との繋がりが希薄すぎるがあまりクラスほとんどの名前を未だ憶えていないのだ。それを隠そうとしたのは陰キャの持つ素早き反射神経のようなものだろうか。
「誰だっけ?」
頭の上にハテナを浮かべるクルミの手元には、過剰なまでにシェイクされ尽くされた卵。クルミにはスイッチのONとOFFしかないのだろうか。
部屋では、待てども待てども夕飯が完成しない飢餓地獄にポジルンはまたも苦しんでいるのだが……。




