第二部⑩『いじめのかたち』
「閑奈さーん投げるよー」
「へ?」
休み時間の教室に舞うのは、シャーペンと、赤ペン。
二本同時にパスされたそれらを宙空で華麗にキャッチできるわけもなく、一本は机の上を跳ね、もう一本はクルミの額に直撃したのだった。
「……」
「あはは〜!ごめんごめんごめん、大丈夫だったぁ〜?」
「…………はは」
「フツーならどっちか取れると思ったんだけどさぁ。閑奈さん慌てすぎじゃない?っていうかキョドりすぎ?っていうか運動神経無さすぎ?マジウケんだけど〜☆」
加藤だか佐藤だかも分からぬ、里奈ツグミの取り巻き女によるこの仕打ち。
『筆箱を忘れたから』と仕方なく貸した筆記用具をこんな形で投げて返すなどという、なんとナメたことをするものだろうか。しかも、見れば手元に忘れたはずの筆箱も机に置いてあるではないか。コイツ殺してやろうかとも思った。
そんな理不尽に対して胸一杯の殺意が芽生えても、それでも文句ひとつ口にしないで、むしろ愛想笑いまで返すのは、クルミが立派だからではない。ド底辺を這いつくばるド陰キャだからである。
「なーんて、冗談冗談冗談〜♪」
「………そうだよね」
この『冗談』という言葉がクルミは心底嫌いであった。他人をからかうことに慣れている人間は決まって冗談という言葉を口にする。
つまり『これは本気でないのだからあなたも本気になってはいけない』という、ふざけたルールを押し付けているのだ。器用に振る舞うことのできないクルミのようなタイプには効果覿面である。
敵は正面衝突を避け、その冗談バリヤーの向こうへサッと身を隠すのだから、喉のすぐここにまで出てきた文句を引っ込めざるをえない。
どうしようもなくなってしまい、机を抱き込むように突っ伏したクルミは、バッグに増えた怪人のヌイグルミを撫でながら思う。
(あなたは正面から正々堂々とぶつかってきたよね。どっちもあたしにとって迷惑に変わりないけれど、あなたの方がどれだけマシか分からないの)
昨晩の勇者は、今日の陰キャである。
自信も誇りも雲散霧消。風の前の塵に同じ。激闘の痕跡といえば、クルミが突っ込んだコンビニで立て続けに缶ジュースが数本ばかり破裂した程度。
街をメチャクチャにされても反映されたのはその程度。あとはクルミの周囲には何一切といっていいほどに変化が起きず、ただ憂鬱な学校生活を続けるのみ。
ちなみに、安倉ユウナはといえば、昨日の放課後の出来事なんぞすっかり忘れているかのように、いつも通り佇むばかりであり、猫のように静かに気ままに過ごしていた。
要するに「またね」は約束でもなんでもなかったのだ。だが、もちろん自分から話しかけに行くことだってできなくはない。
とはいえクルミにはそれがどうしてもできそうにない。どういうふうに声を掛けたらいいのか、どういう顔で接したらいいのか、分からないのだ。
「どうにもままならないの」
低迷する日常を送り続けるクルミであったが、刻一刻と状況が動き始めていることに、気付いてはいなかったのであった。




