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第一部②『陰キャクルミの学校生活』


さて、どうして閑奈クルミが魔法少女などという事態に陥ったのか。時間を少し遡ってみよう。


自己申告の通り、閑奈クルミはいわゆる『陰キャ』であった。で、あるので、キャピキャピと会話が飛び交い教室が華やぐハッピーでパステルなカラーで彩られたお昼休み、それはクルミにとって無縁なもの。大多数の女子中学生にとって、お昼休みといえばかけがえのない楽しい楽しい時間であるが、そうでない人間だっているのだ。


事実、たくさんの笑い声を背にひとりでモソモソと弁当を口に運ぶクルミの表情は、実に暗いではないか。

切り干し大根や厚揚げといった主に茶色で彩られた地味極まりない弁当を、どうしてかその蓋で覆うように隠しながら、つまらなそうに口に運ぶばかり。


死んだ目をしながらクラスの片隅に一人きり。今日も今日とて教室のすみっこで隅っこ暮らし。


そう、クルミには友達がいないのだ。


「だからどうした」と言える人はハートの頑丈な人である。すばらしい。そのまま強く生きてほしいものだ。


しかし、クルミばかりでなく、大抵の女子中学生にとっては、友達がいないことはイコール即死級の痛手に直結する状況なのだ。やわなハートをキリキリと圧迫するような言い知れぬ胸苦しさを覚えるのだ。色々とつらいのだ。それをどうか分かって戴きたい。


とはいえ、クルミは『諸事情』あって基本的に人間嫌いであるのだから、本来はむしろ孤独を好むはず。

実際、休日は部屋に籠ってひとりでベッドの上でモニョモニョしていることに幸せを覚える。そういうタイプなのだから願ったり叶ったりではないのか。


そうではなく、集団の中で孤立するという状況 。これがどうにも耐え切れないのだ。クルミは無意味に他人の目ばかりを気にする。だからこそ集団と言う空間の中で苦しみ悶える。


そう、性根が無駄に自意識過剰にできているからこそ、『友達がいないあたし』の姿を晒すのが惨めったらしくて我慢できないのだ。孤立している自分の後ろ姿を誰かがクスクスと笑ってる気がする。ケラケラと蔑んでる気がする。被害妄想だとは分かっている。


でも、どうしようもないほどの焦燥感がある。そのうち嘲笑が幻聴となって聞こえてきそうな気すらする。

「キャハハ」と耳にキンキンと響くハイトーンな女子の大きな笑い声に、小動物のように小さいクルミの心臓はビクッと反応してしまう。苦手なのだ。


そんな状況下でクルミの精神は、やがてねじ曲がり、自己否定感MAXなばかりでなく、周囲をうらめしそうな目で眺めることになる。時計をちらりと見ると、ああ、次の授業が始まるまではまだまだ時間があるではないか。この中途半端に長い昼休みをクルミは心底恨んでいる。


(うるせぇ!メシくらい黙って喰えバーカ!)


などと卑屈なまでに敵意丸出しな怒声罵声が今にも胸から飛び出してきそうで、ごはんが上手いこと喉を通らない。


だが、本音のところはクルミとて陽の当たるところで堂々とはしゃいでみたいのだ。ほら、校庭ではさっさと食べ終わった陽気な女子たちがキャッキャとスカートをヒラヒラさせながらバレーボールで遊んでいるではないか。


そんな、陰キャの目玉が潰れるような眩しい姿を見ると(どうしてあたしはあちらにいなくて、こちらにいるの?)などという哲学的な問いにぶつかることもある。残酷に対比された自分の境遇に泣きそうになってしまう。うっかり瞳がじわりと濡れてしまう。


(なんであたしは『黙れ』とか『バカ』とか攻撃的なこと考えながらお弁当食べてるの?そんなあたしって何なの?社会不適合者なの?)


でも、ここで泣き出してしまったら何かが決壊してしまうから、クルミはキュッと我慢する。涙を流せばどれだけ楽になるだろうかと思いながら。こうした負のオーラを持っている人間には友達はできないものである。負の連鎖である。どうしてこうなってしまったのだろうか。


クルミは思う。たしか幼い頃に観た魔法少女モノのアニメの学校生活ってやつは、みんなが一人残 らずキラキラと輝いていたような———


と、そこへクルミ、不意の襲撃を受ける。


———いつからそこにいたのだろう?


机のすぐ側に二人、女子がじーっと覗き込むように立っていることに気付かなかったのだ。


クルミの脳内はいつだって妄想に忙しい。ゆえに周囲の変化を察知できない。見上げると同時に妄想から現実へ急激に引き戻される意識。


「ねぇねぇねぇ!閑奈さんってさっ、なーんでお弁当、隠しながら食べてんのっ?」


「はわ、はわわ、」


こうしたとき、すぐに返答できないのは脳の回転が遅いからだろうか、それとも、コミュニケーションに慣れていないからだろうか。不測の事態に低スペックの思考回路はショート。そんなときクルミは『はわわ』 する癖がある。不審者丸出しである。こんなんで社会で生きていけるのかと本気で何度も思ったほどである。


「なんでなんでなんで?」


「はわっ」


左右にキョロキョロと忙しく揺れる黒目。「なんで?」という質問が、好奇心なのか意地悪なのか友好なのか敵意なのかニコニコなのかニヤニヤなのか、クルミには理解ができない。


早口で同じ言葉を三回まくし立てるキャピキャピしたカースト上位の女子様の名前が、加藤といったか佐藤といったか、それすらも曖昧になりながらも、呂律の回らぬ舌で一応の返答はせねばならない。もちろん下手な返答などはできない。ニコニコとナチュラルな笑顔を見せつつ友好ムードを前面に出しながら着せられた陰キャの汚名を払拭するような当意即妙の最適解となる返答を!ああ、そんなことを考えてしまっては自分で上げたハードルはどこまでも高く高く上ってゆくではないか。他人の目を気にするがあまり何も言えなくなってしまう。


「あの、その、えっと、えーっと、えーっと」


「なにそれ。普通に話しかけてるだけなのにそうやってキョドってるのとかウケるんだけど。ね、ね、ね。なんでなんでなんで?」


「え、え、えと、イ、イタズラ、イタズラされちゃったら、どうしようかなって」


「…………はぁ〜?」


「いや、ちが、くて、な、な、なんでもないのっ!!」


「何それ、被害妄想エグすぎ。イタズラされるかもしれないからお弁当隠してるとか、ぜんぜん意味わかんないんだけど? 」


「意味わかんないでしょ!私も意味わかんないの!ふひっひ!」


「……うわ……何…この子…きっつ」


理解不能の得体の知れないグロテスクな何かを見るかのような目。他人が何を求めているのかイマイチ理解できないクルミでも、相手の嫌悪感というのは、不思議なくらい、不幸なくらい、敏感に分かってしまうのだ。もちろん加藤だか佐藤だかの吐き捨てた『きっつ』の言葉の意味だってクルミは分かる。(そりゃそうだ)と相手の立場から同意だってできる。


自分に上げたハードルに自分でブチ転んでしまい、コミュニケーションがロクに成立しないのだから、そりゃもう『キツい』人間と見られても仕方ないのだろう。


(また、しくじったの)その確信に泣きたくなってしまう。 頑張っても結局はマイナスプロモーションでしかなかった。


「ね。その子に絡むの、やめよう」


「べつにさぁ、イジワルしようとしてるわけじゃないんだけど、わけわかんないこと言うから……」


「この子、昔っからずっとそうなんだよね。ま、仕方ないんじゃないかなぁ」


「ツグミ知ってるの?」


「私と小学校が同じだったからよく知ってる。よ〜〜〜〜く知ってる」


「よ〜〜〜〜く知ってる」の「よ〜〜〜〜く」の部分にはこれでもかってほどの嫌悪と憎悪と悪意と軽蔑と侮蔑がべっとりと込められている。


ツグミと呼ばれるこの女子、幼馴染である里菜ツグミは、怖い。


ギロリと上から見下す目線に射竦められ、クルミは怯えるように目を伏せた。押し付けられる弱肉強食の摂理。その名前に反して口を噤むことなく言いたいことをズバズバ言う系女子であるツグミは、クルミの天敵のようなものである。


「……ま、見たらわかるでしょ、この子さ、こうやって絡まれるの超苦手なんだよね。距離を置く付き合い方っていうのも、あるんだよ」


「あっ、なんかなんかそのフレーズすごい。ツグミってオトナっ♪」


「まあいいや、私、休み時間終わる前にお手洗行ってくるから」


「あたしもあたしもあたしも〜♪」


去っていく二人の背でクルミはそっと陰キャ弁当の蓋を閉じた。食欲が失せたのだ。そして誰にも聞こえないようにつぶやいた。


(———うそつき)


誰も見てないとき、すれ違いざまにケリを入れてくるツグミの、その口が『距離を置く付き合い方』などと言うのだから。


耳を強く引っ張られて裂けて血が出たこともある。それで絆創膏をつけていたら「なにそれ私への当て付けかなぁ?」などと言いがかりをつけられたことすらある。なんとひどい話だろう。


それでもクルミは表立って文句を吐くことができない。どうしてかって、相手は、この教室という狭い檻の中を大きな顔をして飛び回っているツグミである。その力関係にすっかり屈してしまっているのだ。ああ、底辺を這いつくばるクルミは、こうしてすみっこ暮らしをずっと続けるのだろう。


頬に手を当てて、指でなぞると、自分がなぜだかニヤニヤと笑みを浮かべていると分かった。ツグミがその視線で突き刺したのは、この卑屈な笑みなのだろう。

幼き頃に観たアニメではみんながキラキラしていた。だから中学生になれば誰でもキラキラできると思っていた。


それがフツーだと思っていた。(なのに、どうしてあたしはそうなれなかったんだろう?)と、思った。


教室という現実から目を逸らすように校庭を眺めた。陽気な女子たちが相変わらず仲間たちと楽しそうに遊んでいる。


ああいう子たちが主人公にふさわしいに違いない。あたしは一生すみっこ暮らしなんだ。クルミはそう思っていた。


クルミが魔法少女に変身する、その日の昼の出来事であった。

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