第一部①『陰キャ閑奈クルミ、魔法少女になる』
閑奈クルミは猛烈に後悔していた。
憧れの魔法少女になった。そこまでは良かった。
だが、「大丈夫なの!あたしがこの世界を救うの!」などと、ああ、なんともいい加減なセリフを吐いてしまったものだ。世界だなんてデカいスケールの話を背負えるような器の人間でないことは、自分自身でもよぉ〜く知っているというのに。
そんな、根拠のないスカスカの自信はペラペラの紙切れのようにヒラヒラと風に吹かれて飛んでゆき、今となっては己の愚かさを悔いるのみである。すべては魔法少女に変身した嬉しさで口から滑って出てきただけなのだ。そう、世界を救おうだなんて立派なこと、今までこれっぽっちも考えたこともないのに。
「あたし、もうダメなの。どうしようもないアホなの」
「そんなこと言ってないでそこから出てきて戦ってよぅ!」
「分かる?伝わる?指先から心まで全部が冷え切ってるの。『戦って?』答えはNOだよね。もうこうなったら魔法少女より自衛隊呼んだ方がいいよ」
「魔法少女が自衛隊って言っちゃったよぅ」
「きっとファンタジーな魔法よりリアルに役に立つの」
「そ、そんな投げやりな言葉なんて聞きたくないよぅ!クルミはぼくに言ったよね?『これがあたしの夢だったの!』って!?それが嘘じゃないなら今こそ立ち向かうべきだよぅ!」
「今はね、そんなイキったあたしを縊り殺したい気持ちでいっぱいなの」
魔法少女はクルミの夢だった。ところが、夢の向こうに待ち構えていたのは、やっぱり逃げることのできない現実だった。
遠くから響く地響き。きっとモンスターが魔法少女を探して暴れ狂ってドカンドカンと街を盛大に破壊している最中なのだろう。
なのに、クルミは立ち向かうどころか、立ち上がることすらできなくて、こうしてビルとビルの隙間にスポッと身を隠してペタンとへたり込みブルブルと震えている。そう、怪物と対峙したクルミは(あっ、コレあたしで背負えるレベルじゃない)そう理解したのだ。瞬間。クルミの闘志はフッと消えてしまい逃走し、現在に至るのだ。
「クルミ!これは魔法少女として、じゃない。クルミが乗り越えるべき困難!クルミの成長のために必要な壁なんだよぅ!そうやって怖いことから逃げたり隠れたりしちゃ人間として大きくなれないだろぅ!?高い壁を超えてこそ成長できる、違うかい!?」
「うるせぇ!アスリートに憧れました系の熱血体育会系教師みてぇな説教すんなバカッ!分かる?伝わる?『誰にだってできる普通のことすら出来ない人間』もいるの。それがあたしな の。それが何?高い壁を超えるだって?ハッ。人生で一回だって壁を超えた経験なんてないね。むしろ壁にぶつかってばかりのダメダメな女子中学生だよ!……そんなあたしが世界を救う?あーあー調子コイたこと言っちゃったのあたし。自分のアホさなら充分に悔いてる。ごめんね、この世界滅ぶよ。アンタの国ごとね。許してほしいなんて言わないの。あたしのことなら呪ってくれて構わないの、ポジルンの好きなように呪い殺してくれて構わないの」
魔法少女にはパートナーとなるマスコットが付き物である。たくみに人語を操るフワフワの白い珍獣・ポジルンがそれである。
だが、こうして自分のダメさ加減を開き直りパートナーに逆ギレする魔法少女の姿など、誰だって見たくはないものだ。醜いやり取りはしたくない。とはいえクルミのメンタルで世界が崩壊したらたまったものではない。ポジルンは説得を続けた。続けるしかなかった。
「いいかいクルミ。だからこそ、今なんだ。出来ない理由を探すのはやめよぅ。今こそ自分を変えるべきチャンスなんだよぅ!」
「へぇ!自分を変える!いいね!ずいぶん軽々しく言ってくれるね!あのな、そんなに簡単に変えられるような自分なら悩んでる人間なんて地球上に一匹たりともいねぇんだわ!」
「いらない!そういう屁理屈なんてちっともいらないよぅ!」
「いらなくない!しかもなんだ『出来ない理由を探すな』だって?ブラック企業の社訓みてぇなこと言うんじゃねぇ!いいか?シンプルだからよく聞け。できねぇもんはできねぇんだよ!」
「そんなことない!だって……だって……!クルミは選ばれし魔法少女なんだから!」
「……そこなんだけどさぁ」
この不毛で不愉快な口喧嘩の不協和音が誰の耳にも届いてない、そんなことがあるだろうか。
隠れてるクセして大声でキーキーと騒ぎ立てている声を、『奴』が聞き逃すわけもなかった。一人と一匹をぬぅっと覆う、黒くて大きい影。
ハッと気付いたときには遅かった。ビルとビルの隙間から覗き込んでいるのは筋骨隆々のモンスターさんだった。大きく裂けた口でべろりと舌なめずりをしながら。誰が見ても分かる強烈な殺意をこちらに向けながら。
「ピャアッ」と小動物の如き情けない悲鳴がクルミの口から漏れたが、戦闘力 皆無のポジルンは、それでもクルミの背後にすがるように隠れるしかなかった。
「やめて!あたしの後ろはやめて!」
「だって他のどこに隠れればいいんだよぅ!」
「ふざけんな!隠れるな!逃げるな!自立しろ!」
「はぁ!?どの口でそんな言葉を吐くのさクルミは!?頭おかしいんじゃない!?」
「知らない!知らないの!も、もう、どうだっていい、逃げ、逃げるの!」
だが、情けないように見えても、踵を返して躊躇なく背中を向け逃亡する判断はおそらく正しい。
事実、筋肉ダルマの如きムキムキなモンスターの機動力では、仮にも魔法少女に変身しているクルミの素早さには追いつくことはできないのだから。
おそらく、その気になれば夜通し延々と逃亡し続けることだってできるだろう。ただし、街がひたすらメチャクチャに破壊され続けるという現実を無視し続ければ、だが。
逃げる背中にビリビリ響くモンスターの咆哮。地響き。もはや怖さのあまり振り向くことすらもできないが、轟音から少しでも遠ざかろうと必死にひた走った。
そして、ビルからビルへ壁を蹴りピョンピョンと跳ねて屋上へと駆けあがったクルミが見た光景は、自身の暮らす街の惨状。
———逃げる足が止まった。
———立ち止まった。拳を握りしめた。
———ピンク色のコスチュームがハタハタとはためいた。風が、強かった。
破壊された街を背景にしたその姿はいかにもヒーロー然としているが、クルミという少女の心は王道のそれとはやや別方向に逸れていた。そういう子なのである。
「こんなことは言いたくはないけどさ、これがクルミが逃げ続けてきた結果だよぅ」
「……うん」
「立ち向かわなくちゃいけない時って、あるんだよ」
「…………うん」
「そろそろ現実と向き合おうよ、クルミ」
「………………あのさ、ポジルン」
「どうしたのさ」
「やっぱりあたしってどっかおかしいのかな?変なの。普通は自分の暮らしてきた街が壊されたら何か感じるのが当たり前だよね。なのに、なんでだろう。不思議なくらい悲しくならないの。まるで他人事。びっくりするくらい興味が持てないの。それはきっと、この街に私が『守りたい』って思えるものが何一つ無かったからなのかも」
「そんなことって……」
「あるの。あたし誰とも繋がってないの。だからちっとも何も感じないの。世界を救いたいなんて嘘。それどころか息が詰まりそうなこの街が壊れて少し安心してるあたしがいる。あたしを苦しめる世界が壊れてホッとしたあたしがいる。ねぇポジルン?そんなあたしの、どのあたりが『選ばれし魔法少女』なんだろうね?ポジルンはこんな心の寂しい人間を選んじゃいけないよ」
「クルミ……」
「ごめんね。分からないでしょ。伝わらないでしょ。あたし説明下手なんだ」
「だいだいのニュアンスは伝わってるから大丈夫だよぅ」
「毎日楽しくないし、友達もいないし、どこにも居場所はないし、コミュニケーションも苦手だし」
「それは、その、なんとなく感じていたよぅ」
「おまけに陰キャだし」
「陰キャって単語はよく分からないけど」
「ド陰キャだし」
「そ、そうなんだ」
「そしたら内面まで腐っちゃったろくでもない人間なんだ。こんなのあたしがなりたかったあたしじゃない。あたしが憧れた魔法少女って、こんなのじゃない」
「分かったから、そんなに泣かないで」
「情けない自分のために泣けても、他人のために泣けない。そんなあたし、泣きたくなっちゃうよね」
「いやいや泣いてるよ」
「あと何回、自分にガッカリすれば済むんだろう」
ポロポロと涙を流しながら佇む小さな背中が、哀れなほど無力で弱々しい。そんな背に向かってズシンズシンと音を立てて迫るのは筋肉ダルマの凶悪モンスター。
でかい図体をしながらも少年のように両腕両足を壁と壁に突っ張り、ビルを登り、魔法少女の顔面をぶん殴るというドス黒い情熱のためにズンズン迫りくる。
「来てる!すぐそこまで来てるよぅ!」
必死にペシペシ肩を叩き続けるポジルンに対し、クルミの応答はない。
ズンズンと徐々に近くなる破壊音がピタリ止まったかと思うと、ニョキッとビルの淵から怪人の手が伸びた。「ピャアッ」と悲鳴を上げたのはポジルンだった。クルミは黙って泣いていた。
そして、ぬっ、と姿を現した怪人の、その巨大な拳は、もう今にでも魔法少女の顔面をブン殴って陥没させたくてたまらないと言わんばかりにキリキリと硬く強く握りしめられている。
先程まで「立ち向かおう」とクルミを諭していたポジルンが、自身の意見を180度切り替えてしまうほどの攻撃性を伴って。
「グルブゥ……フグゥ……」
「にっ、逃げようクルミ!!」
「………ッ!」
暴力的なまでの迫力に気圧され、あと一押しでふたたび退転していたであろうクルミの足は、ギリギリのところで踏み止まった。
幼いころにアニメで観ていたキラキラの魔法少女に憧れていた。
気付けばなりたかった自分はそれとは程遠かった。
———逃げようと思ったって逃げ切ることのできない現実を前に、「やってやるよ」と小さく呟いたその声は、肩に乗っていたポジルンにもほとんど聞こえないほどに微かだった。
指は震えていた。それでも弓を握りなおした。
風が、強かった。
読んでいただきありがとうございます。
その昔、東方創想話というところで投稿していた頃の逸勢という名義でやってます。
書き溜めたまま公開しないのはもったいない。どこかの誰かが僅かにでも楽しんでくれたなら、という気持ちで投稿しました。このサイトの片隅で細々と連載しますが、もし気が向いたら評価とかコメントとかお願いします。
いや、本当にコメントとかあると嬉しいんで。
お願いします。




