第二部⑦『魔法少女としての資格がないよ』
「ひィ!」
悲鳴を上げながら逃げる魔法少女と、瞬発力型の怪人の追うスピードが、拮抗しているのはわずかの間。
強烈タックルをかましたあの速力を発揮されてしまうと一瞬で差は詰められてしまう有様。つまりは直線的に突っ込んでくる怪人を、かろうじてギリギリでかわすのが精一杯。
対抗手段が無い今、時間と体力が消費され続けるだけのジリ貧状態。いずれ掴まってしまうことは自明といえるだろう。
「詰んでる!あたしもう詰んでるのコレ!」
「将棋じゃない!打開策はどこかにきっとあるよぅ!」
「打開!そんなもんしなくていい!ギ、ギブ、ギブアップなのぉ!」
「プロレスじゃない!途中で離脱することなんてできないんだよぅ!」
「畜生め!あんまりに馬鹿だあたしは!どいつもこいつも同じって、あたしが一等一番で物事を見縊ってたんだ!」
「自虐に脳の容量を使うよりも、現状を打破するアイディア!それを見つけてよぅ!」
「そんなもんあたしの脳から出ないわ!ポジルンごめん!今度こそあんたの国滅びる!」
「ひゃあ!」
建物内に逃げて姿をくらまそうにも、失敗すれば袋の鼠。隠れんぼが無理ならば鬼ごっこ。全速力で公道を駆け抜けるクルミの背後にぴたりとつける怪人を振り切れることは可能だろうか?いや、怪人に余力があることはクルミからも見て分かる。
「ぼくの国が滅びる!きっとそれはクルミにとっては他人事かもね!でもきみの住む世界だって甚大なダメージを受けるんだよぅ!それでもいいと言うなら———」
「いいと言うなら、なんだよ」
「———それでもいいと言うなら、きっとクルミには、魔法少女としての、」
「なんだよテメェ!?まさか資格がねぇとでも言うつもりかよ!?」
「ああそうさ!無いよぅ!!」
怪人がまたも両脚をバネのように力を蓄え、高速直線タックルが飛んできた。
クルミがそれを必死にかわすたびに突撃を受け止めた建物が轟音を上げて砕けるのだ。
「そんな恫喝みたいな口調でさ!ぼくに好き勝手なことばっか言ってさ!しかも、ぼくの国が、滅びるって、それ言ったの二度目だよねっ!?軽々し く言うなよ!ぼくがこっちの世界へ命がけで来てるんだってこと、クルミには想像することすらもできないくらいぼくに無関心なのかい!?」
「…………」
「ねぇ!?クルミには本当に無いのかい!?きみの世界を守る動機も理由も気持ちもさ!!関心が無いのかい!?」
「…………ごめん」
再度の加速の気配。回避のため方向転換を計るため踏み込んだ足は砂埃を立て、体を反転させるとクルミの涙が一粒二粒ほど舞って散った。
「きっと他人への想像力が足りないんだね、あたしって。だから無自覚に人を傷ける」
ぼやけた視界がミスを生んだ。
寸でのところで怪人の腕がクルミの左腕を強かに弾いたのだ。
それだけで腕が千切れ飛んでしまったかの如き衝撃。大きくバランスを崩して倒れこんでしまった一瞬。
「———ひぐっ」
痛みならば感じている。先ほど喰らった胸元のダメージだってズキズキと痛んでいる。
それよりもこの一瞬に痛烈に襲い掛かったのは「終わった」という絶望感。ぼやけたのは視界ばかりでない。クルミの明日がぼやけて消えそうになった。
体勢を立て直してダッシュをするまで何秒?
それよりも早く怪人が再び突っ込んでくるまで何秒?
ところが。
怪人は今までと違い悠々と次のタックルの準備を始めたのだ。それゆえにクルミはかろうじて命を拾ったのだった。
「……っ!!」
再開された鬼ごっこ。現状を打開できぬままに蓄積され続けるダメージと疲労。敗色濃厚。
仮に「助けてっ」と叫ぼうとも異次元だから 誰にも伝わることがない。そもそも誰に伝えたらいいのか分からない。神様を頼ろうにも頼る神様の名を知らない。
「ああ畜生!こんなときに誰の顔も思い浮かばねぇ!どんだけ寂しい人生送ってきてんだあたしは!?」
追い詰められたときに『泣いて縋って頼りたい人』を脳内ネットワークで検索しようとも、まるでヒットしないではないか。あまりに乏しく希薄な人間関係に愕然とする。
誰もいない。どこまで辿っても誰もいない。繋がってきた相手があまりにも少なすぎるからだ。母親の顔すらもぼやけて浮かび上がることがないのだ。
だが、本当のほんとうにそうだろうか?
クルミの心の空洞の部分を埋める言葉は「またね」という口約束。
すがりついたもの。それは安倉ユウナの、「またね」と、明日を約束するいたずらな笑顔。




