第二部⑤『死角』
自分の置かれた状況を客観的に見て呟いた感慨。通常の人類が経験することのないであろう次元を超えての変身。
浮足立っていたクルミも二度目となれば少しは慣れてくる。
スカートが、ソックスが、グローブが、ピンクのミニスカートが、装着されるたびに角度を変えて変身してみるほどの余裕。
ここはキュートに、ここはセクシーに、ここはプリティーに、などと幼い昔に夢に描いたポージングを思う存分に実践。
クルミが観てきたアニメの少女たちは(あたし可愛いんです!)と言わんばかりのパフォーマンスを披露していたではないか。クルミだって一度くらいはやってみたいと思って生きてきた。
そしてついに念願叶い、変身完了し華麗に降り立ってからの(あたし可愛いの!)と言わんばかりの、キメ顔。誰かに観られていたら憤死するであろうほどの、クソほどのドヤ顔。
「ぼくは見てたよ」
「ぎゃあっ」
羞恥のあまり腰から崩れ落ち、異次元でのたうち回った。
一見すれば変わらぬ街並み。だが辺りを見渡せば自分以外の人間がいない世界。どこかに怪人の潜んでいる次元。魔法少女クルミの活躍する舞台。
「そうやってふざけてないで!」というポジルンの叱責を受けて、マヌケな自らへ自虐的な罵り文句の一つ二つ吐き出し、気分を切り替えて向かうは羅刹討伐。
静寂の街を駆け抜けてゆく道中、いつもと違う、少なくとも前回とは違う、クルミの高すぎるテンション。
彼女が魔法少女としての使命に前向きでいられるのは、指一本触れさせなかった完封勝利があってこそであるが———
「ところでさ、日本語って次元を超えての共通語なの?」
「ぼくらの世界にはぼくらの言語がある」
「なのにどうしてそんなにペラペラなの?もしかしてポジルンって向こうの世界じゃ超秀才?」
「ぼくらの種は言語的能力が発達してるんだ よぅ。鳥が空を飛ぶが如く、人間が二本足で立つが如く、それが当然であるのと同じくらい当然のように容易く別言語を習得できるんだ」
「じゃあ、あたしがそっちの世界で二本足で立ってたら超天才?」
「そうはならない。わりと普通のこととして片づけられるね」
「チッ」
「ふふふっ」
「どうしたのポジルン。スゲー不気味だよ」
「クルミが少しずつぼくのことに興味を持って色々聞いてくれるのは嬉しいよ」
「よせやい」
クルミはユウナの顔を思い浮かべていた。たしかに他人から興味を持ってもらえるのは嬉しいのだ。もちろん歓迎できるのは友好的な興味のみであって、イジったりイジメたりする目的の興味は勘弁願いたいものであるが。
「普通のことだけれど、そうやって他人に興味が持てるだなんてクルミも成長してるんだなって思う」
「……成長、ねぇ」
「どうしたの?」
「あたしね、そういうのを『成長』って呼ぶの、吐き気レベルで嫌いなんだ。他人に興味を持つことが成長なの?他人に興味を持たないといけないの?」
「そ、そういうわけじゃないけど」
クルミは時折、何かのスイッチが入る。
突拍子も無く嫌な思い出が蘇ってきて、居ても立っても居られないでウキィと奇声を上げたくなるような衝動に駆られ、実際、口に出して叫んだりもする痛い子だ。
今回はどうやらポジルンの『成長』という言葉が無性に癪に触ってしまったらしい。厄介な子なのだ。
「何なの?他人に興味持ってキョロキョロすれば成長なの?っていうか成長って何?ゴールがあってそこにみんな向かっていけばいいの?そもそもそこはゴールなの?社会に適応することが成長ですかぁ?本当にそうですかぁ?成長ってそれだけなんですかぁ?奴らが勝手に『成長』と呼んでるだけじゃないんですかぁ?」
「ぼくに言われても、その、なんていうか、困る。っていうか奴らって誰だい?」
「あたしの学校にはね、定期的に外部から講師みてぇな連中が来て特別授業とかロクに役にも立たなそうなこと喋りやがるんだよ。社会に出たらどうだの、人間関係がどうだの、人材としてどうだの、働くために生きてんのかよあたしはって感じで素晴らしく憂鬱な気分にしてくれるんだ。そんでね、大抵奴らはね、『成長』の前に『人間的な成長』とか余計な文 言を付け加えるよね!ハッ!ブチ殺したくなるね!人間的な成長って何だよバーカ!その前からあたしは人間だよ!それとも人間的に成長しないあたしは人間じゃないとでも言うつもり!?決まってドヤ顔で講釈垂れる可愛げもねぇクソな連中め!そんなクソ連中の口車に乗ってるバカな奴らも同様にくたばっちまえ!」
「ちょ、クルミ!待って!」
「心底気に入らねぇ!奴ら決まって成長成長うるせぇ!てめぇらのコピーになるくらいなら成長なんてしねぇほうがマシだなぁ!?」
「ストーップ!クルミ!!!」
「なに?どうしたのポジルン?」
「きみがどうしたんだよぅ!?ぼくが地雷を踏んだのはなんとなく分かるけれど、地雷の置き場がぼくには分からない!」
「分からねぇから地雷なんだろうが!」
「そ、そりゃそうだね。ぼくらは言語能力に長けているかもしれないけれど、そんな流暢に恨み言を吐くことはできないな」
クルミは考える。どうしてあたしは急に自分自身で訳も分からないままみっともなくキレてしまったのだろうと。
別に夕食前の会話のようにイヤミじみたことを言われた上で激昂したわけでもないというのに。そして頭をよぎったのは放課後に交わしたユウナとの会話。途中で一方的にブチ切れて終えたあの会話。
魚の小骨のようにクルミの心にひっかかっていたのだろう。クルミは思い出す。あのときあたしは何て言っただろう?
『普通になりたいの』という言葉に嘘偽りはない。平均未満である自覚を持った人間の宿命とすら思っている。なのに 、普通に向かう姿を成長と呼ばれると急激にクソ胸糞が悪くなるのは何故だろう?
「ねぇポジルン。普通ってなんだろうね?あたしは普通になりたいって願っているのに、普通を押し付けられそうになるとムカッときて反発したくなる」
「なんだかずいぶんこじれてるね。思春期ってやつじゃないかと思うよぅ」
「やめてポジルン。思春期の人間が一番嫌がるのが『思春期』って言葉で括られることなの」
「それはまた難しいね」
「……でもちょっとありがとうなの」
「クルミ?」
「悩みを思いっきり聞いてもらうだけでもスッキリするって、こういう感覚なのかも。さっきは突然キレてごめんなのポジルン」
「そうやって謝ることができるのも成長……なんでもない」
「よっし!あたしのメンタル再起動!この身に漲る自信で起こすミラクル!魔法少女ミラクル・クルミン!」
「……変な子だなぁ本当に」
「なにおう!?」
それにしても、夕暮れの教室で『普通ってなあに?』と問うたユウナの眼は、どこまでクルミのことを見抜いていたのだろう?
ユウナに吐いた言葉。ポジルンに吐いた言葉。正反対でありながらもどちらも本心なのだ。こじれてる。たぶんその通りなんだとクルミは素直に思った。
「……明日また安倉さんと話せるかな?」
次元のむこうにいるユウナに思いを馳せる。今度はキレずに答えを一緒に考えてみたい。きちんと向かい合って話してみたい。
———だが、同じ次元にいるであろう怪人の存在と向き合えているだろうか?
明日の予定を夢見ているクルミの現在に油断があったことは言うまでもない。
斜め上方。ビルディングの壁面にヤモリの如く張り付いている怪人の視線に気付かずにいたのだ。これは物理的死角である以上に精神的な死角でもある。
精神的死角。前回、筋肉達磨型の怪人と相対したクルミにとって『どーせみんな同じなんでしょー?』という見縊りがあったことは否めない。
「!?」
索敵のために奔るクルミの、背後に、どさりと着地音。
悲鳴よりも首筋にぞわっと立った鳥肌が先だった。
クルミが戦闘態勢に入るよりも怪人の機動力が勝った。
振り返った彼女が見た怪人は手足の長い瞬発力特化型のキレのあるボディをしていた。
『どーせみんな同じ』ではなかった。それぞれ個性があっ たのだ。
そしてあっという間に眼前まで詰め寄っていたのだ。
クルミの夢見る明日を刈り取るかのように突進してきた怪人はその勢いのまま魔法少女の華奢な身体に突っ込んでいった。




