第二部④『陰キャ、愛を見つける』
「おや?学校で何か変わったことでもあったかい?」
「別に?」
「そう、今日のクルミはいつもと違う感じがしたんだけどなあ」
「あたしに何か変わったところでもあるの?」
「うん。なんか上手く言えないけれどいつもと違うよぅ」
「ねぇ、ポジルン、実はね、今日あたしはアナ雪並みの真実の愛に出会ったの」
「アイタタ、それはアタマが重症だね」
そして帰宅して即喧嘩になった。
クルミの素っ頓狂な言動に対してポジルンが動じずカウンターパンチを叩きこんだからである。そのダメージは相手の勢いに比例する。
「てめぇみたいなケダモノに言われたくないんだよ!馬鹿野郎が!」
「落ち着いて!クルミ!ぼくの指摘っていうのは、いきなり『真実の愛』だなんて極端なことを言い始める、そんな様子のおかしいクルミに対しての指摘なんだ!」
「その指摘が的確だからこそ腹が立つの!ああ!くだらないこと言うんじゃなかった!」
胸の温かみは下校途中の一人反省会で過剰に増幅され、ツッコミを入れる者がいないからこそ、どこまでもピンク色に膨らんでいった。
なるほど、少しでも優しい声をかけられると勝手に脳内恋愛を始めるストーカー野郎というものは、こうやって生み出されるのかと、相似形のメンタリティを発揮した自分にうすら寒いものをクルミは覚えたのだった。
お喋りは乙女のビタミン剤であるという説を採用するならばクルミはとっくにビタミン欠乏症。病的な状態だったのだから多少の倒錯も錯乱も錯誤も致し方ないのかもしれない。
「はぁ、頭からぶっかけた言葉の冷や水ありがと うなの」
「皮肉じゃないと受け取っておくよぅ」
「あとは今しがた『真実の愛』だなんてぬかした恥ずかしい馬鹿をブチ殺してくれれば完璧なの」
「それはクルミのことだよね」
「あたしのことなの」
要は、なんだかんだ言って嬉しかったのである。超嬉しかったのである。
久しぶりに学校でクラスメイトと会話らしい会話を交わした上に、本性を見せても関係が断絶されないばかりか、『またね』とまで言われたのだ。
どうやら自分の常識では測れない価値観を持った他者がいるということを、クルミは知ったのであった。
「あたしね、世の中の人間ってみんな大体似たような感覚を持ってると思ってた」
「うん?」
「出会う他人に対してよく知りもしないくせに『どーせあなたも同じなんでしょー?』って思いながら生きてた。ダメだねそういうの」
もっと言えば、クルミは『どうせ、あなたもあたしを嫌うんでしょう?』と考えて生きていたのである。そんなクルミにとってじゃ誰も彼もが、皆同じだ。彼女がクラスメイトの顔も名前もロクに憶えていないのはその思い込みのせいもある。
そしてひたすら他人を遠ざけ続けたのも。
「あたしが考える以上に、この世には色んな人がいるのかもしれないなぁ」
「うん、たぶんね、クルミ、きみが抱いているその情操はきっと、もっと幼い頃に身に付けるべきものだったと思うよぅ」
「てめぇ!そうやって茶化すんじゃねぇよ!どうせこちとら周回遅れだよ!さっきからさんざ馬鹿にしやがって!やる気を削ぐ こと言うんじゃねぇぞ!」
「ご、ごめんよぅ、そんなつもりはないんだ!」
「今晩てめぇにやる鯖缶はねぇ!」
「また鯖缶!?クルミの食卓には今日も鯖缶が出るのかい!?」
「そんなもん毎日毎日出るわけないだろうが!どんな家だと思ってんだ!」
支離滅裂なことを吐き捨て、ティッシュ箱を投げつけ、ドアを叩きつけるように閉めて、クルミは自室から出ていった。
食卓に向かう階段の途中、こういう性格だから好かれないのだろうなと脳内プチ反省会が開かれたのであった。
取り残されたポジルンのシッポが不吉な予感にゾワッと逆立ったことを知らないままに。
「さっきはごめんなの。立場の弱い者に兵糧攻めするような鬼畜じゃないからね、あたし」
「クルミッ」
「な、なに?どうしたの?」
「次元の向こう側に不穏な気配がする」
「———それってまさか」
「行こうクルミ。変身するんだ魔法少女に!」
死闘、ふたたび。
全身の毛を逆立てて警戒するポジルンはすでに臨戦態勢。正直、クルミからしてみれば夕食後、即戦闘という勘弁してもらいたいタイミングではある。腹部を殴られればゲロを吐きかねない。
だが、敵が現れたからには無理にでもテンションを引き上げねばならない。それが魔法少女というものなのだ。
手にした鮭缶のマヨネーズ和えを床に置き、ギアチェンジとばかりに自分の頬をパンッと張った。
「よーし、やってやりますか!」
「頼もしい!頼もしいよぅクルミ!」
「へへっ、あたし前ので自信つい たの。今度はもっと上手に仕留めるんだからね!」
魔法少女としての使命に前向きでいられるのは、彼女の言う通り、指一本触れさせなかった前回の完封勝利があってこそである。
そんな甘美なる成功の経験。味わったことのない愉悦の美酒。それが今の彼女の重い身体を動かしたのだ。
「怪人のいる次元へ行くよぅ!さぁ、ぼくに掴まって!」
「あたしって本当に魔法少女っぽいことやってるんだなぁ」




