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第二部②『私のあの子の名前は安倉ユウナ』

「クルミはぼくを獣畜か何かだと思っている」


「ふむふむ、それまたどうして」


「いくらぼくでもこういう犬や猫の餌みたいなのは食べない。クルミからひどい扱いを受けてぼくはとても悲しいよぅ」


「ほうほう」


「きみたち人間と同等のものを出してほしい。たとえぼくらの生態が不明でも、せめてそれくらいの敬意は払ってくれないか」


「なるほどなるほど」


ぼくは不満を通り越して悲しんでいるんだ。ヌイグルミ状のポジルンは目の前の『餌』を前にそう訴えている。


羅刹との激闘を経て友情らしきものが芽生えた次の日の夜だというのに、早くもクルミとポジルンの関係に緊張が走る。


「これ、あたしの家の晩御飯なんだけど」


「…………」


「それを獣畜の飼料だと 。なるほどなるほど」


「ごめんなさい。食べます。ごめんなさい」


缶詰を開けて皿に移した、鯖の水煮。


地雷を踏んだポジルンがガツガツと貪ることにより難を免れたが、世界の平和はあろうことか鯖によって崩壊するところであった。


一般的に、魔法少女がサポート役のパートナーに鯖の水煮缶を与える場面はあまり見覚えがないが、ともあれ、閑奈家はこういう食生活を送っている。


「鯖缶おいしいのに」


「……むしゃむしゃ…ごめんなさい」


「刻みタマネギも混ぜてお醤油まで垂らしてあっておいしいのに」


「……おいしいです…ごめんなさい」


正体がバレれば大騒ぎになり怪人がモリモリと自宅に訪れるであろう。その警告を受けたクルミは、捨てられたペットをこっそりと育てるかのように、親の目を盗んで自室でポジルンと同居している。


あたかもファンタジーな光景だが雰囲気は険悪。昨晩の歯車の噛み合ったかのような二人はどこへやら。未知との同棲生活は上手くいかないものである。


「ごちそうさまですごめんなさい」


「大丈夫、あたしそれほど怒ってないから、語尾にごめんなさいなんて付けなくていいよ」


「そ、そうなんだ」


「それよりポジルン。あたしこれからも戦い続けるんでしょ?この街を、ポジルンの世界を、守るために戦うんでしょ?」


「魔法少女でいる限りそういうことになるね」


「あたし、この街を好きになれるかな?」


「……またその話?」


「好きになれる気が全然しない」


クルミの24時間の中にはダウナーなテンションが訪れることがある。


一周回ってハイになり『テメェ』だのといった暴言を吐きたくなる心持ちになることもあるが、概ねがダウナーである。


それもそのはず、今日も今日とて登校から誰とも会話せずに下校したのだ。思春期の女子にとって存在否定にも近いダメージとなる。


「クルミは、どうして自分の住む街なのに好きになれないんだい?」


「……まぁ色々あるからね」


そこは具体的に言わないクルミである。いや、クルミでなくとも、自身の屈辱的な状況を簡単に他人に話せるだろうか?


『みなさんの悩みならなんでも気軽に相談してくださいね』と集会で挨拶した若い校内カウンセラーの女を、クルミはまったく信用していない。


(どうやらこのカウンセラーにとっては『悩み』は『気軽』に相談できる程度のものだと思っているらしい。そんな程度の認識しか無い奴なんかに相談などできるものか)というひねくれ者の発想ゆえである。


「ポジルンは自分の世界が好きなんでしょ?だから守ろうとわざわざあたしのところまで来たんだよね?」

「そういうことになるね」


「チッ」


「舌打ち!?」


「あ〜あ、立派だなぁ。あたしも『落ち込んだりすることもあるけど私この街が好きです』って言えるようなポジティブな魔女っ娘になりたいなぁ」


妬みでも僻みでもない。明るく前向きな人間、というのがクルミの理想像。残念ながら現在の彼女と対極のイメージである。


そんな、遥か遠いゴールを夢見ながらも、具体的な行動を起こせるわけ でもなくひたすら足踏みばかりを繰り返しているのだから、現実と理想の距離は縮まることはない。




そんなある日のことである。


日直などという公教育特有の謎システムの発動により、放課後、クルミは黒板消しをクリーナーにかけたり机を布で拭いたりなどの雑用に従事していた。どうして教育を受けている側である生徒がこんな雑用などせにゃならんのか、文句を言い出せばキリがないだろう。


しかし、クルミにとって雑務は、面倒だが嫌いというわけではない。特にこの手の単純作業はどこか心が落ち着く気すらもする。


『自分の頭で考え適切に行動せよ』といった課題には精神的ストレスで発狂するかパンクするかのどちらかだが、それと違い、掃除などは何も考えず手を動かせば与えられた目的を達成できるのだ。なんと楽チンであることか。単純作業が好きな理由はそこにある。


いつだったか、クラスの誰かが交通事故で大腿骨を軽トラにヘシ折られて入院したため、担任が千羽鶴の作成をクラス全体に命じたことがある。


おしゃべりの相手のいないクルミは休み時間をも使って黙々と折り続け、周囲が10羽とか15羽で飽きているところを、彼女のみが100羽も200羽も折った。


これは陰キャ特有の特技と言って差支えがないだろう。無心で特定の作業を繰り返すことが得意なのだ。

ところが『あの子、あんなに折ってるんだけど〜キモ〜い』などと冷やかされる声を聞くや否や、机の上に積みあがった鶴の山がアホほど恥ずかしいもののように思えてしまった。


もしも、彼女が周囲の目に無関心であればどこまでも我が道を征くこともできるのだが、クルミは中途半端に人目を気にする性質を持つのだ。


「……こんなもんなの、っと」


黒板の桟の部分までキッチリ拭くという意外なまでの徹底っぷりを発揮。これは几帳面というよりも、こだわりに近い。


陰キャというもの、他人からはなかなか理解されないどうでもいいことに異様なまでのこだわりを見せるのである。それが評価へと結びつけばいいのだが、残念ながら大抵は奇人変人カテゴリーにポイ捨てされて終わるのだ。


実際にクルミは担任の体育教師から『そんなところまで掃除しろって頼んでないんだけどな』などと酷薄なことを言われたこともある。熱血を自称する教師ほど、 自分に懐かない生徒に対し冷淡なように思えるが、気のせいだろうか。それとも単純に彼女が担任から嫌われているせいだろうか。


ともあれ、余分に掃除したからといって、別に褒められなくとも嫌味を言われる筋合いもあるまい。


どうせ、お気に入りの生徒だったら『そんなところまで掃除するなんてすごいじゃないか!』とでも言うんだろう?そう考えるクルミはますます学校が嫌になった。


「閑奈さん」


「ひゃいぃ!?」


自分の世界に没頭していたクルミに浴びせられる不意打ち。黒板の右下にマグネットで貼られた二枚の名札。日直は二人いるのだ。


こういうときに全身でビクッと驚いてしまうのは対人恐怖症じみた反応だろうか。『なぁに?』とか『どぉしたの?』とかいう普通の相槌が打てない。


「……閑奈さんって、最近何か変わったことあった?」


「は!?はいぃ!?」


再び心臓が高鳴った。

今度は一度目よりも大きく。


想定外の、しかも核心をダイレクトに突く質問に、思わずクルミは不審人物の如き挙動不審。『何か変わったことあった?』と問われても『はい、一昨日の晩は魔法少女に変身して街の平和を守りました』などと脳みそミラクルなことを言えるわけもない。


「な、なにも、ない、よ?」


「ふぅん」


もう一人の日直の少女は、適当な手つきで黒板消しを並べた。その手つきの自然さを見るに、何気ない世間話でもするつもりだったのだろう、とクルミは思った。


仮に、彼女が魔法少女に関する何かしらの情報を得てい たとしたら目をひん剥きながら胸倉掴んででも詰問してくるだろう。しかし、そんな風でもない。


なるほど、これは思い過ごしだったのだ。これは自意識過剰による疑心暗鬼だったのだ。一安心である。薄い胸をほっと撫で下ろしたものの、それはそれで困るのである。


(ああ、『なにもない』だなんて、まるで会話をシャットアウトしたみたいになったの。これでまたクラスメイトの溝が深まってしまうの)


先述の通り、クルミはこれでなかなか他人の目を気にするフシがある。こうしたちいさな挫折は下校途中の反省会のネタとなるのであろう、そう、いつもならば。


「なんかいつもと違う感じがしたんだけどなぁ」


「………!?」


彼女にいったい何の確信があるのだろうか。

あるわけがない。すると第六感というやつだろうか。


他人と目を合わせることが大の苦手なクルミも、思わずギクリとして顔を上げた。他人の名前や顔を覚えるのが大の苦手なクルミも、その少女だけは覚えていた。


それだけ印象に残っていたのだ。


『私、ああいうの興味ないから』と平然と言い放つことのできる、『安倉ユウナ』のことは。


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