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第二部①『透明なカノジョ』



たとえば、体育祭。


クルミには熱狂している連中の気持ちがまるで理解できないのだ。


あまりに理解できないものだから、声を張り上げ必死に応援しているクラスメイトたちの、その本気具合というものに気圧されてしまう。


体育祭などというもの、そりゃ体育会系の者にとっては祭典なのだろうからテンションも上がるのだろうけれど、意外にもそれ以外の者もそれなりに燃えているではないか。


同調圧力だろうか?同調圧力がそうさせているのだろうか?クルミは足りない頭で思考を巡らせてみる。ところが、本当に感極まって落涙するような子までいるので、そのテンションについていけず、すこぶる居心地の悪い思いをするばかり。ノンポリを貫いて友人とおしゃべりしてる奴らのほうがまだ共感できるというものだ。もっともクルミには友達なんぞいないが。


クルミには、正面切ってNOを突き付けてみせるだけの度胸は無い。


もしもボイコットなどしたら後でツグミのヤツに何を言われるか分かったものではない。ゆえに徒競走に出場させられれば一応走るのだ。無論、わざと無気力試合をするような挑発的なマネはしない。そんなもの要らぬ敵を増やすだけなので、できない。


ところが、全力疾走しても、勿論、ビリ。


どうやら学力ばかりでなく体力まで劣っているのかと、改めて現実を知り、トボトボと最下位の旗の下に座る。皆が走り舞う土埃を眺めて(竜巻でも起きねぇかな)と邪悪なことを願うのがせいぜいである。


そして応援席に戻れば「頑張ったねー」「すごかったねー」「惜しかったねー」などと互いが互いを讃えたり慰めあったりする。


「ねー」で交わす女子特有のコミュニケーション。その輪に入れないクルミはやはり一人でポツンと座るのみ。


(ああ、つまりはこういうことか)


ひとりぼっちだからつまらない。


スポーツは目的ではなく媒介であり真の楽しさは人と人との繋がりだろうか。そうした解釈に至ったクルミは心が締め付けられるような痛みに苛まれた。


(やっぱりあたしは誰とも繋がってないんだなぁ)


炎天下、ちょっとだけ泣きたくなった。孤独がチクチクと心を苛む。花形競技、リレー代表で走る里奈ツグミに飛ぶ声援は自分のためにあるのではない。それを羨ましく思えるくらいに弱っていた。


そして体育会終了後、教室ではクソありがたいことに簡単な打ち上げパーティーが開かれた。


(早く帰りたいのに)と思っているクルミのような生徒の存在を完全に無視する、担任の体育教師による忌々しいほどに素晴らしい計らいである。


ジュースと紙コップで乾杯。各々がキャッキャと歓談。これは、バイトで例えるならば業務時間なのか残業時間なのか曖昧な状況と言えるだろう。


さすがにクルミといえでも『帰っていいですかぁ?』と言うことはしない。そうすればツグミから強烈なビンタと盛大な罵声を受ける、ハムスター事件の再来となる。


不愉快なくらい甘くてぬるいオレンジジュースをチビチビ舐めながら収まるのは、やっぱり隅っこ暮らしのポジション。とっとと終わらないかと時計をひたすら眺めるハム太郎。


「………?」


そんな教室内で『異物』があった。


一瞬、見間違いかと思った。


体操着姿で文庫本を読む少女がいた。


誰もが席を離れて自由におしゃべりをする空間の中で、自席で本を開いているその少女のほうが余程自由に見えた。


名前を何と言うのか、別の小学校から来た子をクルミはまだ覚えていなかった。そもそも他人と関わっていないため覚える機会も無かった。


それほど距離のある人間に対して声をかけるだなんてクルミの性格上、普通はしない。


にもかかわらず声をかけたのはその姿に『直感的に惹かれたから』としか説明がつかないだろう。


「……みんなのところに参加しないの?」


自分に語りかけられたのだと気付いた少女は、やや驚いたような顔をしてクルミのほうへ振り返った。


クルミの常識で言えば、この状況で読書するバカなどいない。その常識がいつ誰によって植え付けられたのかは覚えていないが。


ともあれ口下手なクルミが言いたかったのは(どうしてこの状況で周囲を気にせずに悠々と本を読むことができるの?)である。


キョトン、とした表情をした少女は言った。


「私、ああいうの興味ないから」


周囲の女子と比べて少しだけトーンが低くて、どこか神秘的な響きのする声だった。


彼女の指す『ああいうの』が打ち上げパーティーを示していることは言うまでもないだろう。それを『興味ない』と躊躇いなく言い切ったのだ。


あまりに素直に出てきた過激な言葉に、思わずクルミの頬が変な笑いにゆがむ。嫌味?敵意?虚飾?いや、さらりと放ったその言葉は、そのどれでもないとクルミでも理解できるほど素直で透明だった。


そして(そういうのを自然体で言えるだなんて、変な子なの)と、自分のことを棚に上げて変な子認定したのだった。


それが中学1年の出来事であった。

中学2年の現在に至るまですっかり忘れていたのだが。

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