第一部⑩『ネガティブ・ヒーロー』
失敗ばかり繰り返してきた。
そんなクルミの自己評価は著しく低い。
『どうせ上手くいかないの』という諦観は未来へ歩んでゆく上での足枷であるが、紙屑並みに弱くできているメンタルを守るためには、むしろ必要だと彼女は理解している。
そう、性根がどうしようもなく臆病にできているクルミには欠かせないのだ。失敗のための予防線というやつが。
———怪人が振り返ったとき、そこには、すでに二の矢を引き絞る魔法少女の姿があった。
一発目の矢が『運よく』『この風の中で』『ピタリと頭部に』突き刺さることなんてこれっぽっちも望んでいなかったクルミの指は、成否を見る前に次なる矢にかかっていたのだ。
その表情に動揺はない。当たるはずのなかったものが、当たらなかったことに、動揺する必要などないのだ。
そして何より、射出された一の矢の軌道が風により変化する様子を目で追い観察できていたのは、クルミが失敗を前提にしていたからに他ならない。
「一撃で決められるほどカッコよくないの、あたしって」
鮫のように凶暴な眼をした怪人と視線が合ったとき、すでに矢は放たれていた。
軌道修正。
標的に身を晒すリスクを背負ってまで、あえて狙撃位置を変えなかったのはこのためである。別角度から狙えばまた違う風が吹いたに違いない。
一度目はまるで避けるように外れていった。
しかし、二度目はまるで吸い込まれるように。
空気に圧され弧を描くように飛んだ矢は怪人の眉間をドツッと射抜いた。
『グギィッ!?』
「この場に流れる空気、読んだよ」
ドヤ顔をかまそうとも額の脂汗は引いていない。緊張はまだ解けていない。もしかしたら仕留め切れていない可能性だって残されているからだ。指はすでに三の矢にかかっている。
突き刺さった矢尻には、特にこれと言って、ヤドクガエルの粘液が塗ってあるといったアイヌ仕様ではない。相手を毒殺する魔法少女はいないもんだ。
そうでなく、魔法少女使用に施されたファンシーな矢に込められた特殊能力と呼ぶべきものか、怪人の身体を光子に分解するが如く、断末魔の絶叫と共に、瞬く間に虹色の光球となり四散消滅してゆく。
『オゴゴゴ……ゴ………!!』
勝利の確信を得ているポジルンの中ではすでに戦いは終わっているのだろう。
気を抜くまいとしていながらも明らかに弛緩しており、一刻も早くクルミと達成の喜びを分かち合いたいがゆえに、ちらりと視線を移した。
だが、クルミはまだ祝杯を拒んでいた。その顔は未だ不安げであり、ポジルンは(本当に臆病な子なんだ)と同情すらも覚えた。
「!?」
崩壊する肉体から繰り出された、怪人の一撃。
道連れに命を刈り取るが如く、真っ直ぐに長く長く異様に伸びた腕から、執念の、渾身の、最期の、一撃が放たれる瞬間をポジルンは見ていなかった。
だからこそ、『危ないっ!』という言葉すらも吐くことができなかった。しかし、その魔手から逃れることができたのはクルミが臆病だからである。弓矢の間合いにいながらもまるで安心していなかったのは心配過剰だろうか。
いや、結果から見れば、その過剰なまでの警戒と不信があったからこそ、予想外に素早く伸びた腕を辛うじて横っ飛びでかわすことができたのだ。
『……………オ…オ』
羅刹は足掻けども打つ手なし。膝から崩れ落ちると、いよいよ全身が輝く粒子へ包まれた。
そしてポンッとポップな音を立て、そこそこ可愛らしい手のひらサイズのヌイグルミへと変化して転がったではないか。
土埃の中、クルミは四足獣じみたポジルンよりも四足獣らしく伏せた格好で、その粒子の風に流されて消え去る行く末までも見守っていた。
「………ポジルン」
「な、なに」
「これって完全勝利ってことでいいんだよね ?勝ったなら勝ったって言って。緊張の糸が心に絡まって自分じゃ切れないの」
「……勝ったよ」
「ほんとうに?」
「本当にほんとうだよ。勝った。クルミは勝った。勝ったんだよぅ!」
「縄文人なの…あたしは…名誉縄文人なの…」
それなりにカッコいいポーズで伏せていたクルミの華奢な身体が力を失い、ぺしゃりとつぶれた。
今までの人生で使った集中力の総量を圧倒的に上回る勢いで集中していたクルミの精神的疲労は、それだけすさまじかったのだろう。
「……ねえポジルン。どうして体育会の人間はヘトヘトになるまで働いた後に打ち上げパーティーとか開くだけの体力があるの?」
「君たちの文化はそこまで知らない!」
「そういう人たちって本当にタフだなぁ。 あたしはダメだ。疲れたの。そういう席で周囲と楽しくやる自信なんて無いや。早く帰ることばかり考えて隅っこ暮らしだよ。そんでもって帰った後は『明日みんなに何て言われるんだろう』とか思いながらベッドでビクビクするんだろうなぁ。やっぱりあたしダメだ」
「ねぇ!?クルミは勝ったんだよ!?そんなダウナーな妄想なんていらないんだよ!?」
「えへへ、いいのいいの。ネガティブなあたしで良かったって、今日だけはそう思えそうなの」




