神託により動き始める大聖女
「令嬢に憑りついた王子妃の魂は寄生した令嬢の信仰心を自分の力の糧にして、己の聖なる力を強めただけでは満足せずに、もっと強い力を求め世界樹を狙い、その悪しき魂に世界樹は穢されて枯れてしまうというのですか」
あまりの事に呆然として、呆然としている場合ではないと思いなおし解決策はないのかと、改めて神に尋ねる。
私は自分の命を縮めることになっても、世界樹を守らなくてはならない。
私はそのために生まれ、生きているのだから。
「……私の体に婚約破棄された令嬢の魂を下ろし、世界樹の守りを強化するのですか。それから令嬢の体から悪しき王子妃の魂を切り離し、浄化の珠に閉じ込めて清める。畏まりました、大聖女ミカ未だに前大聖女様には力及びませんが、このお役目精一杯果たしてみせます。あの……私がもしこの件で命を落とした場合、すぐに新しい大聖女は生まれるでしょうか」
私は世界樹を守るために生まれこれまで生きてきたから、お役目を果たし命を落とすことは怖くないけれど、新しい大聖女に引継ぎを終わらせられずに亡くなってしまったら、前大聖女様に顔向けできない。
「……ありがとうございます。では、もしもそうなった場合は、どうぞ私が引継ぎを終えるまでは世界樹の傍に魂だけ置いてくださいませ」
大聖女とはいえ、私の体は普通の人間でしかないから、長生きできず役目の途中で一生を終える場合もある。
それは怖くない、それが私の運命なら受け入れる。でも、次に力を引き継ぐ時間だけは欲しいと神に願うと、私の思いを受け入れて約束を下さった。
「さあ、忙しくなるわ」
自分の部屋を出ると、私は手紙を読んでやきもきしているだろう神官長と大神官と手紙を持たせた神官のところへと走った。
いつもなら神殿の中を走るなんてと叱られるところだけど、今は僅かな時間も惜しいから大目に見てもらう。
「皆一大事よ、世界樹を守るために大急ぎ準備しないといけないわ」
ばたんと大神官の部屋の扉を開くと、部屋の中で深刻そうに話をしている神官長と大神官と神官が一斉に私の方を向いた。
「先ほどの手紙の一件の影響が、世界樹にまで及ぶと言うのですか」
いつもなら目を三角にして私の扉の開けかたを叱る神官長が、今日はさすがに叱りはせずに尋ねてくるから、私は真面目な顔で大きく頷き神託の内容を話すと、三人は頭を抱えてしまった。
「そんな恐ろしい魂が」
「それでは、大聖女様は浄化の珠をこれから作られるのですね」
「そうよ、私は最強の浄化の珠をこれから世界樹と一緒に作ってくるから、皆は魂下ろしの準備と、この手紙の主に密かに娘さんを連れて神殿に来るように連絡を取って欲しいわ」
その王子妃の魂に取り憑かれた令嬢の近くに、可哀想な他の世界から来た令嬢の魂がいるはずだから、元凶を連れてくれば一緒に神殿にやってくるだろう。
その魂を私の体に魂下ろしをして、彼女の魂の中にある恨みの力を私の体で聖力に変換し世界樹に注いで世界樹の守りを強化する。
その上で王子妃の魂を令嬢から切り離し、浄化の珠に閉じ込めて浄化するのだ。
「浄化の珠を作るには三日三晩の祈りが必要よ、だから浄化の珠ができたらすぐに魂下ろしができるように手配して欲しいの」
「畏まりました。それでは先方には大聖女様の準備が出来次第ご令嬢のお体を確認するとお伝えして、その間は神殿内で誰とも関わらぬ様に結界を張った部屋でお過ごしいただきましょう」
「その辺りは任せるわ。浄化の珠……作るの初めてだから不安だけど、絶対に成功させるから。これから頑張る私には蜂蜜たっぷりのパンと温かい牛乳が必要よ」
大聖女の仕事は不安な心を持ったまま行うことが一番良くないのだと、私は前大聖女様から教えられている。
だから、絶対にできる、私は大丈夫だと笑顔で宣言し、まずはお腹を満たすべきだと神官に微笑む。
なにせ浄化の珠を作るためにこれから私は三日三晩祈り続けなくてはいけない、その間なにも飲み食い出来ないのだ。
これは大袈裟に言っているのではない、三日三晩寝ることも食べることもせずに祈り続ける。
私は神ではなく人なので本当なら飲み食いしなくてもお手洗いに行きたいと言う感覚は無いといけないが、不思議なことに祈りの間はそれも無くなるらしい。
大聖女が祈る間世界樹に注ぐ私の聖力はとても強くなる、もしかしたらその間は人より神に近くなるのかもしれない。
まあ、初めてすることなので私は大聖女様の知識から、そうなると知っているだけなのだけど。
「すぐにご用意いたします。それにしても他の世界の穢れた魂が二つもこの世界に来ているとは、恐ろしいことです」
「一つは違うわ。穢れた魂は令嬢に憑りついた魂だけよ。もう一つは恨みに固執した憐れな魂、間違えてはいけないわ」
神の神託を受けた時、私の中に恨みを忘れられない辛い記憶が流れてきた。
あの魂は穢れてなんていない、そうでなければ神が私の中に彼女の魂を私の中になんて言わないと思うんだ。
「失言でございました」
「いいの、混乱する気持ちは分かるわ。でも神は浄化の珠に閉じ込めて浄化する魂は王子妃の魂だけだと言っていたの。もう一つの魂は、そうする必要はない、つまり穢れた魂は一つだけなのよ」
哀れだと、神はそう言っていた。
ただひたすらに努力していただけ、弱いところを見せたがらなかったせいで誤解が誤解を生んでしまったから、誰も助けてくれなかった憐れな令嬢の魂なのだ。
生きていたころの彼女に罪なんてなかったのだから、例え恨みから相手を呪い殺したとしても私達が彼女の魂を穢れていると言ってはいけないと思う。
「大聖女様、お部屋に蜂蜜パンと牛乳をご用意いたします。世界樹のところに行く前にしっかりと食べてくださいませ」
「ありがとう」
美味しいものの存在は大切だから、これからの事を考えると緊張するし不安だけれどしっかりと食べるつもりだ。ねっとりと甘い蜂蜜の味、ふわふわの小麦の香りがするパン。あったかい牛乳の優しい甘さと匂い。祈りの途中で辛くなったら、それを思い出す。
私にとって蜂蜜パンと温めた牛乳はご馳走だ、私の好きな味と匂い。両親や兄弟と分けて食べた、神官達とも一緒に食べた。大切な記憶だ。
甘みは貴重だというのに、このパンにだけはたっぷりと蜂蜜を掛けてくれる。私の大好物だし頻繁にねだるわけではないと神官達は知っているからだ。
私が苦手な貴族とのお茶会に行かなくてはいけない時、王宮に呼ばれた時、気疲れして帰ってきた私を労わるために用意してくれるご褒美なのだから。
ご褒美を先に貰うんだもの、食べた分以上に頑張るわ。
私は世界樹のために存在する大聖女だからね。




