恐ろしい神託が下された
「ねえ、疑問なのだけど。もし許されるのなら結婚したいと、そう思う神官はいるのかしら」
「お戯れが過ぎます。神官は世俗の感情を捨て神に心身ともに仕えるからこそ、神官なのです。聖なる力を得たとしても、神に仕えず結婚し家族を持ちたいというのなら、最初から神官にならぬ道もあります」
聖なる力、つまり聖力があってもそういう道があるのか。と、驚きながら話を聞く。
「聖なる力を持っていても、結婚しない」
「その場合、聖なる力は持っているだけで使えはしないかと存じます。聖なる力というものは神官の修行を長年行い使い方を学ぶものです。私たちは大聖女様と違い生まれた時から聖なる力を持っているわけではありませんから、習わず使うことなど出来ないのです」
なるほど、ただ力があるだけでは駄目なのかと納得する。
私は生まれた時から聖力を持っていたし、使い方は前の大聖女様に教えていただいた。そこが私と神官達と大きく違うところだ。
「結婚の話に戻りますが、聖なる力を持って生まれた方、つまり大聖女様は別です。大聖女様は世界樹の守り手としてお生まれになっているのですから、大聖女になる以外の選択肢は存在しておりません」
「そうでしょうね、それに不満はないわ。むしろ結婚して世界樹の側から離れて暮らしていいと言われたら、そちらの方が困るわ。私泣き暮らすようになるわ」
多分私は神殿の外では暮らせない。
そう思わせられているわけではなく、世界樹から離れると落ち着かないのだ。
私の体の一部を忘れて来てしまったような、何か足りないと感じてしまう。
「人でしかない私が言うのは烏滸がましいのかもしれないけれど、私と世界樹のつながりは誰にも切り離せないのよ。この国の世界樹を守るのは私の役目だし、私が生きている限り誰にもこの役目を譲ることはないわ」
「勿論でございます。それにしても、困ったことになりましたね。狂人の妄想だとしても、神殿も王家も敵にすることです」
神官は余程腹に据えかねたのか、とうとう狂人扱いをし始めた。
「一度会ってみるしかないかしら」
「大聖女様がでございますか? とんでもありませんっ」
「でも、確認した方がいいと思うのよ。私が直接会うのが難しいのなら、大神官なら……さすがにあれかしらね、そうなると神官長辺り?」
高熱でおかしくなったとして、一般人が認知してるかどうか分からない聖女になるなんて、なぜ言い出したのか分からない。
分からないけれど、放っておくのは良くない気がする。胸のあたりがモヤモヤするのは、神のお告げに近いものを感じているからだ。
「この手紙を神官長と大神官に読ませて、放っておくのは駄目な気がする。この辺りがモヤモヤするから、これは悪い知らせよ」
手紙を神官に返しながら、自分の胸のあたりを指さすと、神官の顔色が変わる。
「なんですと、畏まりました。すぐにお伝えして参ります」
「お願いね、私はちょっとお伺いを立ててくる。本当に悪いものなら何か見えるか神託がいただけると思うわ」
蜂蜜パンに温めた牛乳、頭にちらりと浮かぶ私の幸せに未練はあるけれど、モヤモヤしながら食べてもきっと美味しくない。
急ぎ足で部屋を出ていく神官を見送り、部屋の中に祀ってある神の像の前に跪く。
「お知らせ頂いたものは悪いものでしょうか、大きな厄災になる穢れでしょうか」
祈りを捧げ尋ねると、神の像から神がゆらりと現れて私を見下し始める。そして暫く私を見下した後、神の手がゆっくりと動き私の額に触れた。
『…………っ! そんな』
一気に頭の中に入ってくる、それは強い力を持った未来の一部だ。
「なんてこと、それではこの世界すべてを守る世界樹を枯らすというのですか」
高熱を出した後おかしな言動をするようになった令嬢が『これから聖なる力が発現し聖女になるの、そして最後は悪役令嬢を断罪して王子殿下と結ばれ王妃になる』と、大聖女の私にも神官達にも理解できないことを言ったのは、実はこの世界のものとは違う世界の死者の魂がこの世界を漂っている間に偶然高熱を出した令嬢の中に入り込んでしまったのが発端だと言う。
違う世界では確かにその令嬢に聖なる力が発現したけれど、でもその力を正しく使わず妄言を吐きその世界の王子をたぶらかして王子の婚約を破棄させて自分が王子妃になったのだそうだ。
その世界でも『私はこの世界のヒロインなの』と言っていたそうだから、その頃から妄想ぐせのある令嬢だったのだろう。
その妄想癖のある聖女だという令嬢の企みにより王子と婚約破棄させられた令嬢は、冤罪で魔物の餌にされ恨みを持ったまま死に、その恨みから王子妃を呪い殺した。
だが呪い殺しただけでは恨みは消えず、罪を犯した王子妃の魂が神の国に行けず彷徨っているところを別世界に追い出してしまったが、それでも恨みがおさまらず令嬢の魂もこの世界まで追いかけてきたのだそうだ。
「それでは私達はどうしたら良いのでしょうか」
恨みから冤罪で殺された令嬢に呪い殺された上、別世界に魂が追い出されたというのに、その王子妃の魂は新しい世界で好き勝手に生きられるよう寄生できる体を探した。
王子妃を呪い殺して魂を追い出し、自分も異なる世界に入り込むことになっただけで冤罪で殺された令嬢の魂は疲弊して動けずにいたというのに、王子妃の魂は野望と欲望に満ちていて、新たな地で新たな欲を満たそうとしているのだから恐ろしい。
王子妃自身の魂は穢れていてもまだ聖なる力は持っていたから、信仰心が篤い者の方が自分と波長を合わせやすいと気がついたらしい王子妃の魂は、信仰心が篤い貴族令嬢が高熱を出し弱っているのを見つけその体に入り込んでだのだ。




