美味しい蜂蜜のために頑張る大聖女の私
「私世間知らずな自覚あるけれど、役に立てるものかしら」
気が進まないと思いながら手紙に視線を落としてすぐにやっぱり気が進まないと顔を上げると、私を困った子でも見るみたいに微笑みながら見つめる神官と目が合った。
手紙を読みたくないと視線で訴えるけど、微笑んだまま首を横に振られるから、仕方なく続きを読み始める。
「終わったら蜂蜜パンが食べたい。温めた牛乳も一緒よ」
お悩み相談が嫌なのではなく、なんだかこの手紙を読むだけで凄く疲れそうだ。穢れまではいかないけれど似たような雰囲気を文字から感じる。だから、気が進まない。
それでも神官が見ているし、お役目を放り出すわけにはいかないから、頑張る自分を甘やかせと交換条件を神官たる彼に出す。
「畏まりました。ちなみにそのお手紙の主は、大聖女様がお好きな蜂蜜を定期的に寄進下さっている方でございますよ」
私の性格を熟知している神官は、微笑みと共に私に重要なことを伝える。
赤ん坊の頃から大神殿で暮らしている大聖女たる私の性格を、大神殿に仕える神官たちは熟知しているから、何を使えば機嫌が取れるかよく理解しているのだ。
「え、そうなの? それじゃお礼が必要、つまり頑張らないといけないのね」
甘いものは貴重だ、それを寄進してくれる人も同じくらいに私には貴重、だから私は頑張るしかない。
「こちらが要求しているわけではなく、勝手に寄進しているのです。あちらがお礼を望むなどとんでも無いことですし、あのご婦人は礼など考えてもいないでしょう。ただとても信心深い方ですから、大聖女様が彼女の日頃の信心をご存知だと知れば喜ばれることでございましょう」
神官の言い方はいつも面倒くさい。と内心思いながら、してくれたことに感謝するのは当然のことだと手紙を読み進める。
なにせあの蜂蜜はとても美味しい、聖力を沢山使った後は頭の奥が疲れてしまうけど、蜂蜜の甘みがそれを回復してくれるのだ。
つまり、私が大聖女の仕事を頑張るには、あの蜂蜜が必要。それを寄進してくれる人にお礼をするのは、人として当たり前のことだと思う。
よし、頑張ろうと私は心を集中させる。
「ええと、どこまで読んだかしら……私には今年十八歳になる息子と、十五歳になる娘がおりますが、ご相談したいのは娘についてです。つい十日程前に娘は高熱を出し生死の境を彷徨いました。幸い熱は下がり今は元気にしておりますが、体は元気になっても、精神がおかしくなってしまったようなのです。ねぇ、これ私で何とかなる話なのかしら」
頑張ろうと思った途端に挫けそうになる。
大聖女の聖力には、癒しの効果と穢れを祓う効果がある。
私だけでなく、どこの国の大聖女も同じ力があるけれど、それぞれ得意不得意がある。
神殿で定期的に行われる、神の教えの集いに大神殿に集まった人たちに聖力を使うのは大聖女の仕事の一つだ。
大勢に万遍なく使うから、一人一人が感じる効果は疲労が回復したとか、腰の痛みが和らいだ程度だけれど、神殿は人々が吸い込んだ穢れを祓うのが目的だから、彼らに強い効果なんてものはいらない。
穢れというのは、人の悪感情が溜まってできるもので、穢れは目には見えないけれど、それが溜まると厄を呼びやすくなる。
世界樹の力が効いている地には、あまり魔物は出ないけれど、人の体内に溜まった穢れは、その人がいる場所に悪霊を呼ぶことがある。
悪霊は人の命を縮め、病を呼ぶから体に障りが出る前に穢れを祓わないといけないのだ。
だけど、精神の異常を癒しとか穢れを祓う力でなんとか出来るとは思えない。
私の聖力は、まだ要努力要修行な段階で、万能には程遠いのだ。
「精神に異常、それはどうでしょうか。先代さまなら出来たでしょうけれど、うぅん」
案の定、神官はちょっと考えた後で無理だろうと結論づける。
「大聖女様の今の聖力の強さを考えますに、穢れに対してはとても強く効果を発揮されますが、重病を癒せるかと言われますと、まだまだ先代様程ではないと思われます。能力が低いわけではございません。経験が足りていないのでございます。大聖女様はお生まれになってからまだ十五年、今後成長と共にお力が強くなられあそばす筈でございますれば、日々の修行を熱心に行い……」
真面目くさった堅苦しい言い方で神官はゆっくりと私に告げるけれど、その言葉は私の右耳から左耳に通り過ぎていくだけだ。
もう、これ以上の日々の頑張りは無理だし、力不足を粛々と受け入れるしかない。
私は日々大聖女の修行をしているし、大聖女の仕事をしている。物心つく前からしていたから、修行するのは息をするのと同じだ。
その他に、この国の貴族学校で習うようなことも勉強している。
私は神殿と神官と家族に守られていて、一日の殆どを大神殿の中で過ごしている。
でも、たまにこっそり家族と神官付きで街に出ている。
修行して勉強しているだけでは足りなくて、世間知らず物知らずではいけないらしい。
私が街にこっそり出るのは、社会勉強なのだ。
神殿の中の狭い世界だけでなく、世間を知る機会を有効活用しなくてはならない。
私頑張ってると、思うのよね。
それが有効活用出来ているかは、分からないけれど。
「修行は大事、それは分かってる。努力はこれからも続ける。私大聖女だからね」
「それはようございました」
私が努力してないとはこの神官は言っていないし、他の神官も思っていないと知っているけれど先代が偉大過ぎて、どうしたって今の私の力は足りないところだらけに思えてくる。
先代は亡くなる時に、焦らなくて良い。と言ってくれた。
赤ん坊だったけれど、大聖女の能力を引き継いだから年齢以上の理解力はあった。だから覚えている。
大聖女様は、焦らなくて良い、努力の後の成長を喜びなさいと言ってくれた。
それから私を育てることで、周りも育つのだとも言ってくれた。
それでも、今みたいに私の力では無理だと思うことがあると、自分の力不足が情けなくなる。
力不足は情けない、これから成長するのだとしても今助けが必要な人を助けられないのだから、情けなくてたまらなくなる。
でも、今は自分の力不足を嘆く時じゃない。手紙を読まなければ。




