Ep.9 それぞれの思惑
「――なるほどねぇ」
それなりに長い話が終わり、メアは体重を背もたれへ預けた。
アルの自己紹介から数十分。
アルは如何にして死にかけたのか、その理由を話していた。
当然だが転生云々の話はせず、アルが生まれたところからだ。
地図にも載ってない(だろう)田舎の村で生まれ育ったこと。
つい先日襲撃に遭い、自分以外の村人は全員死んだこと。
その襲撃者の正体は”第七魔神”マガチカであること。
何故かアルだけは見逃され、死に体で人里を目指していたこと。
道中力尽きて倒れたこと。
アルの事情を一通り聞いたメアとリーシャは、同様に難しい顔をしていた。
「マガチカ……ボクも会ったのは数回程度だから詳しくは知らないけど……良い噂は聞かないね」
思い出すだけで身の毛がよだつ骸骨の武者。
今の自分では――いや、例えアルフレッドでも勝てるかどうか分からないほどの強者。
マガチカからすれば、太刀の一振りでアルの命など簡単に摘み取れたはずだ。
改めてなぜ逃がされたのか。
アルがいくら考えても理解はできなかった。
「やっぱり本当なのか。あの骸骨……マガチカが魔神だってのは」
「うん。第七魔神マガチカ。正真正銘、魔神の称号を冠する怪物だよ。そして、最も新しい魔神でもある」
アルの記憶にないことから恐らくそうなのだろうとは思っていたが、奴はアルフレッドが死んだ後に魔神になった存在のようだ。
「……でも、そっか。ごめんね、こんな話させて……君の村の人たちは、もう……」
メアは伏し目がちに謝る。
相変わらず優しい少女だと、アルはその変わらなさに笑みが零れる。
メアからすれば知る由もない話だし、例え知っていたとしても、今日会ったばかりの他人の不幸を本気で悲しむことができる者はそう多くはいないだろう。
昔から持っていたその優しさは、魔帝になっても失われていないらしい。
「メアが気にすることじゃないよ。もちろん悲しい想いはある……でもそれ以上に、俺は自分の弱さが憎いんだ」
アルは思うままに本心を伝える。
アルとて十数年を共に過ごしてきた友人や家族が失われたことに、悲しみを抱かないかと言われれば嘘になる。
村を出た後は怪我の痛みで、メアの城で目覚めた後は予想外の再会で村のことを考える余裕はなかった。
しかし今は違う。
すべての現実を受け入れたうえで、マガチカに負けた弱い自分が許せないのだ。
村の人たちが死んだことは悲しいし、忘れることはない。
マガチカへの憎悪も当然ある。いずれは強くなって、復讐をするつもりだ。
だがそれ以上に、怠惰に過ごしていた自分の軟弱さが恨めしい。
メアとの距離を実感し、自分がいかに怠惰に過ごしていたのかを理解した。
初めから本気で剣を振っていたら。
初めから死ぬ気で訓練に取り組んだら。
マガチカに勝てずとも、未来は変わっていたかもしれない。
家族を逃がすくらいはできたかもしれない。
すべて……とまでは言わずとも、大部分はアルの惰弱さが招いた結果だと、受け入れている。
「当然だけど、マガチカのことは許せないよ。いつか今よりもっと強くなって必ず倒すつもりだ。そのために、今はうじうじしてる暇があるくらいなら全力で鍛錬に打ち込む。奴をぶっ倒して初めて、みんなに顔向けできると思うんだ」
だからそれまでは悲しみを押し殺して前に進む。
メアの隣に立つのに相応しい男になると決めた時、同時に決めたことだ。
「……そっか。強いんだね、アルファストくん」
アルの決意を受けたメアは、まるで眩しいものでも見るかのように、そっと目を逸らした。
「……それではアルファスト様は、行く当てがないということですか?」
メアの斜め後ろに立ち、アルの話を静かに聞いていたリーシャが問うた。
「うん、そうなる。だからできればなんだけど……配下に加えてくれるとありがたいなぁって」
アルは気まずそうに頭を掻く。
助けてもらった挙句、配下にして面倒を見てほしいなど、図々しいお願いだ。
しかしリーシャの言うように、今のアルには行く当てがない。
村に帰ろうにも朦朧とした意識の中歩き続けたアルには正確な場所など分からないし、村の皆に会うのはマガチカへの復讐を果たした後だと決めている。
何より隣に立てないといえど、再会したメアと離れることなど考えたくはない。
例え配下として対等な関係でなくとも、アルはメアの近くで、メアのために剣を振りたいのだ。
アルの歎願を聞き、二人は顔を見合わせる。
「……良いのではないかと。例え一度見逃したとしても、いつ気が変わって第七魔神がアルファスト様を襲うか分かりません。メア様の下にいる間は、第七魔神も易々と手は出せないでしょう」
リーシャが冷静かつ論理的にアルを配下に加えるメリットを提示する。
といっても、それはアルにとってのメリットだが。
リーシャが賛成することに、アルは驚きを隠せなかった。
リーシャは何よりもメアを第一に考えるメイドだ。少しでもメアに害を与える可能性のあるものは徹底的に排除する性質。
現状アルを手元に置くことは、メアにとってデメリットしかない。
大して強くないうえに、マガチカと敵対する可能性まであるのだ。リーシャは易々と手を出してこないと言ったが、必ず手出ししてこないわけではない。最悪の場合、メアたちとマガチカの全面戦争が始まりかねない。
そんな危険因子を簡単に引き入れるとは、リーシャらしからぬ行動だ。
対してメアは、最初からそうするつもりだった問わんばかりに大きく頷いた。
「うん、そうだね。ボクも賛成。ウチの子は基本この城か隣の宿舎に住んでるから、衣食住も保障できるしね! 行く当てがないならそうするといいよ!」
どうなるか不安だったが、上手くメアのそばを離れなくて済んだようで、アルは安堵の息を吐く。
「詳しい話はまた後でしようか。まだ万全じゃないでしょ? しばらくあの部屋を使っていいから、ゆっくり休むといいよ!」
と、メアはアルの体調を慮って解散を提案する。
「ありがとう。まだ少しダルくて」
「ゆっくり休んでね。えっと、部屋の場所は覚えてる? リーシャをつけよっか?」
「いや、大丈夫。一人で帰れるよ」
やはりまだ怪我が治りきっていないのか、数十分立っていただけでも全身の倦怠感が強まってくる。
今すぐにでもベッドで休みたいと思っていただけに、メアの言葉は渡りに船だった。
「じゃあ、また明日ね~」
そう言うメアは大きく手を振り、背後のリーシャは軽く会釈をする。
「(変わらないな)」
その対照的な様子にアルは苦笑を浮かべながら、執務室を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――どう思う?」
アルの姿が完全になくなった直後、メアは小さく問うた。
矛先は背後に控える腹心。長年メアに仕える彼女ならば、主語のないその問いの意図も完璧に理解してくれるだろう、という信頼の表れた問だった。
事実、リーシャはメアの真意を正確に把握していた。
「オーセインという名、白髪赤目の特徴……そして、第七魔神が襲撃した事実。間違いないでしょう。彼は、魔神の血を引く者かと」
冷静にかつ静かに、リーシャは己の考えを述べた。
この話は誰にも聞かれるわけにはいかない。
例えこの場に二人以外いないとしても、用心するに越したことはない。それほどまでの最重要機密。
魔神オーセイン。
歴史上唯一、称号としてではなく種族として魔神の名を冠した化け物。
数千年前、一介の魔族から魔神へと至り魔界を支配した理外の怪物。
今ではその名を知る者は少なく、一握りの限られた者たちにのみ共有される神の名前。
「噂はありました……この世界のどこかに、神の子孫の隠れ里があると。しかし……」
「実在したとはね。しかも本人にはたぶん自覚はないみたい」
先ほどのアルの様子を思い返す。
襲われた心当たりもないみたいだったし、村の場所も聞いていないと言っていた。
恐らく当の本人たちですら、自身の血統を知る者はごく少数に限られていたのだろう。
「無理もないけどね。もしもこのことが露見していれば、もっと早く襲撃に遭ってた可能性も高いし」
マガチカは極端な例だとしても、魔神の子孫が存在したと知れれば動き出す面倒な連中もいないとは限らない。だからこそその存在は秘匿されてきたのだろう。
「やっぱりリーシャがあの子のお願いに賛成したのって?」
メアもおかしいとは思っていた。
普段のリーシャならば、アルの配下にしてほしいという提案はいの一番に突っぱねたはずだ。
百年前ならいざ知らず、魔帝となった今のクローリー軍は大所帯だ。
本来正当な審査や試験を経て晴れてクローリー軍の一員となれるのだ。それがメアの一存で加入が決まる。そんな特別扱い、他の隊士から不平不満が出るのは想像に難くない。
にも関わらずアルの加入に賛同したのは、ひとえに彼が魔神の子孫であるがゆえにだろう。
「はい……。私は正直、彼を野に放つべきではないと思います。第七魔神のやり方は極端だとしても、魔神の子孫という存在は、一歩間違えば世界崩壊に繋がりかねない爆弾です。多少のリスクは負ってでも、手元に置き監視しておくべきかと」
「うん……そうだね」
リーシャの冷徹なまでの分析に、メアは苦々しい表情を浮かべつつも頷く。
心優しい彼女のことだ、リーシャの言うアルの扱いに思うところはあるのだろう。本来は監視という名目ではなく、単純な善意で彼を迎え入れたかったはずだ。
リーシャとて進んでアルを疑いたいわけではないし、彼自身が危険な思想を有しているとまでは思っていない。しかしアルの性格云々ではなく、アルの存在自体が世界にあだなす可能性がある。故に手元において監視する。
どこまでも冷静でシンプルな結論だった。
「もちろん彼を第七魔神から守るためという理由もウソではありません」
そしてもう一つ、メアには言わない理由がリーシャにはあった。
リーシャの行動理念はあくまでメアだ。
メアを守るため、メアの夢を叶えるため。
魔帝にはなった。
しかし、メアの夢――魔神になるためには、今のままでは足りない。
百年前に比べれば軍の規模は大きくなったし、戦力も増えた。メアもリーシャも強くなった。が、まだ足りない。
魔神のほとんどは生まれながらの魔神だ。
メアのように努力や研鑽で魔神に至ろうとするならば、本人の強さ以外にも必要になってくる。
魔神の血筋――それは扱いを間違えれば世界崩壊の爆弾となるが、使い方次第では強力な戦力になる。
アルの肉体や体の使い方を見るに、今のアルの実力は大したものではない。
しかし、メアもアルも魔族だ。数百年の時を生きる魔族の寿命を考えれば、鍛錬次第で化ける可能性は大いにある。
幸いアルはマガチカへの復讐を果たすため、強くなるのに意欲的だ。
今のうちにメアへの恩義を与えていけば、いずれ強力かつ従順な戦力になるかもしれない。何ならリーシャ自身が戦闘の手ほどきをしてもいいとまで思っている。
もちろんメアにそんな計略は微塵もないことなどリーシャは理解しているし、それがメアの美徳だとも思っている。
故に、これはリーシャの中だけで完結させればいい。
「……一応アルファスト様には忠告しておきましょう。無闇にオーセインとは名乗らない方が良いと」
「そうだね…どこで誰が聞いてるか分からないし」
何気なく名乗った相手がマガチカのような思想の持ち主でないとも限らない。それに、どこから漏れるか分からないのだ。用心はするに越したことはない。
「それと、専属メイドという名目でミーシャをつけましょう。アレなら万が一問題が起きても容易に対処できます。それに……」
リーシャは脳裏に、怠惰の限りを尽くす愚妹の姿を思い浮かべる。
「……あのバカには、そろそろ真面目に働いてもらわなければ」
ちなみにアルくんは敬語を使わないのではなく、使えないのです。育ちが悪いのでね。
一応理解はしてますが、使おうとするとカタコトになったり言葉遣いが変になったりします。
勉強しようねアルくん^^
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
感想・誤字報告、お待ちしております。
少しでも面白い、気になると思っていただけたら登録お願いします。でも読んでくれるだけでありがたいので最悪しなくても良いです()。
嘘です、シテクダサイ。




