Ep.8 二人の距離は遠く
「こちらになります」
リーシャに先導され着いた先は、想像よりも小さな扉だった。
もちろん華美な装飾の施された扉は上品で、十分な大きさを誇っている。
しかし、てっきり王座の間のような仰々しい部屋に案内されるものかと気構えていたアルからすれば、やや拍子抜けしたのは否めない。
「こちらは執務室になります。玉座の間もあるにはありますが……メア様があまり好まれないため、滅多に使うことはありません」
アルの疑問を察したのか、リーシャが補足してくれる。
「(あぁ……なんとなく想像がつく)」
メアは自然体を好む性格で、あまり偉ぶることはない。冗談で偉そうなふりをすることはあるが、本気で崇められるのは好まないのだ。
『何っていうか、こう、背中がゾワ~~ってするんだよ……あんまりへりくだられると』
そう言って本気で嫌そうな顔をしていたメアを思い出す。
そんなメアが自分から玉座の間なんて仰々しい場所を用意するとは思えない。
そうなると、メアの反対を押し切って玉座の間を設置したのはリーシャだろうか。
リーシャは一見メア全肯定メイドに見えるが、その実そうではない。
メアがおざなりにしがちな体裁的な面を保つために、時にはメアの意志に反することもある。
特に魔帝を目指すメアにとって体裁は重要なもので、他勢力に舐められないためにもある程度の権力の誇示は重要だ。
そういった面を考慮し、リーシャが譲らず、メアが渋々折れたのだろう。その光景が容易に思い浮かぶ。
他にも事務仕事をやりたがらないメアを叱りつける光景も割と日常茶飯事で、意外とメアはリーシャに頭が上がらなかったりする。
閑話休題。
扉の先にメアがいる。
そう思うと、自然と体が緊張で強張る。
「(ビビるな……メアに言うんだろ)」
何度も繰り返してきた言葉を反芻し、意志を固める。
「では、入りますよ。失礼します、客人をお連れしました」
相変わらず完璧な所作で扉をノックし、開いたリーシャは、そのままアルに入室するよう促す。
「(よし……)」
決意を胸に、アルは扉をくぐる。
一歩、二歩。
進んだ先にいたのは――何よりも望んだ、最愛の少女だった。
「――――――」
アルの胸中を、様々な感情が渦巻く。
喜び、感動、昂揚、感涙、興奮。
次から次に湧き上がる感情の波がないまぜになり、アルから一切の言動を奪った。
ただひたすらに、眼前の少女に視線が釘付けになる。
「……ん」
豪奢な業務机に腰かけ視線を落としていた少女は、アルたちを認識すると、そのガーネットの瞳をゆっくりと向ける。
瞬間、交差する赤い瞳。
少女はアルに気が付くと、わずかに目を見開き、そして――、
「あっ! 目が冷めたんだね! よかったぁ~」
一瞬、それが自分に向けられた笑顔であることを、アルは認識できなかった。
玉のような瞳は弓を描き、人好きするような笑顔を浮かべる少女――メア・クローリー。
メアのことはいつも隣で見ていた。
仲間に見せる心配の顔、敵に見せる冷徹な顔、そして、アルに見せる親愛の笑顔。
だからこそアルは瞬時に理解した。
メアがアルに向けるその笑顔は――余所行きの笑顔だと。
「(……なに、ショック受けてんだよ)」
期待しなかったと言えば、嘘になる。
――メアは、俺に気づいてくれたから助けてくれたんじゃ?
――そうじゃなくても、一目見れば、会えば、気づいてくれるんじゃ?
それが無理な話であるというのは、アル自身理解している。
転生なんて突飛な話、本気で信じている方がどうかしている。
そうでなくともアルファストは容姿も雰囲気も、アルフレッドとは何もかも違う。
一目でアルだと気づけというのは土台無理な話だ。
それでもメアは、メアならば、と。
甘い、あまりに甘すぎる期待を抱いていたアルは、直面する現実に失望を感じずにはいられなかった。
「(違うだろ。失望するのは、俺自身にだろ)」
アルは自信を襲う悲嘆を押し潰すように、拳を握りしめた。爪が食い込みギリギリと皮膚を圧迫する。
その痛みすらも、今のアルには必要なものだった。
「(俺が言ったんだ。待っててくれって、俺が伝えるって)」
いつかの約束を思い出す。
「(女々しいこと言ってんじゃねえよ、アルファスト・オーセイン。俺の口から伝えなきゃ意味ないだろ……そのために転生してきたんだ)」
こちらにトテトテと歩み寄るメアを捉えながら、軽く深呼吸をする。
弱ったらしい自分を追い出し、決意を改めるように。
「びっくりしたよ~! ちょっとサボッ……用事があって友達のトコに行ってたんだけどね、帰り道に血まみれの人が倒れてるんだもん!」
「そ、それはごめん……驚かせた、か? 色々あって……死にかけてたんだ」
「魔獣にでも襲われたの? まぁそこらへんは追々聞くとして、まずは自己紹介かな!」
メアは驚きの感情や安堵の感情を分かりやすく表現して、朗らかに言葉を紡ぐ。
コロコロと表情を変えて気軽い様子で喋るメアは、あの頃と何も変わってなくて。アルは安堵を感じつつも、距離感を図りかね、しどろもどろに返すしかなかった。
「ボクはメア・クローリー。よろしくね!」
簡素な自己紹介には、彼女の大仰な肩書はない。
そういったものを誇示する性格ではないのは理解しているが、彼女のフレンドリーな様子も相まって、一見するとただの可憐な少女にしか見えない。
実際には魔王という魔界でもかなり上位の地位にいるのだが。
今度はアルの番とでも言うように目線を送るメア。
「(言うならここだ。ここしかない)」
ゴクリと生唾を呑み込み、紡ぐ言の葉を用意する。
上手く説明できるか分からない。
説明できたとしても、本当にアルフレッドの生まれ変わりなどと信じてもらえるか。最悪妄言と捉えられてもおかしくない。
それでも伝えるんだ。
全力で想いを伝えれば、きっと信じてもらえる。
そう信じ、アルは口を開く。
「俺は――」
「失礼」
アルの言葉が紡がれるその瞬間、メアを敬愛するメイドの冷淡な声がかぶせられる。
メアに気がとられ完全に意識から排除していたが、見ればリーシャは閉じられた扉の前で待機していたようだ。
言葉を被せたことに対して謝意を示すように頭を下げると、リーシャは一歩だけ前に出て、続けた。
「どうしたの、メア?」
「メア様ご自身が伝えると思い控えていましたが……その様子では伝える気はないようなので。僭越ながら私の方から先んじて伝えさせていただきます」
そこまで言われて、アルはリーシャの伝えたいことに当たりをつけた。
恐らく彼女は、メアが”魔王”であることを伝えたかったのだろう。
本来ならばメアが自己紹介の際に自分から名乗るのが定型なのだが、メア自身が省いたためリーシャが出張ってきたと。
メア以上にメアの体裁を気にするリーシャのことだ。
アルがメアのことを知らずに気安く接することのないよう、釘を刺しに来たのだろう。
思えばアル自身、メアに敬語を使うなどという考えすら浮かばなかったため、リーシャから見れば不敬に映ったのかもしれない。
そんなリーシャの考えは理解できるが……出鼻を挫かれたようで、アルとしては肩透かしだ。
「(ま、まぁ……俺がアルフレッドだって伝えれば、リーシャも口煩く言ってこないだろうし)」
今は大人しくリーシャの話を聞くか……そんなお気楽な考えは、次の瞬間、跡形もなく吹き飛ぶ。
「メア・クローリー様は事実上魔界を支配する”魔帝”の一角――”第七魔帝”メア・クローリー様です。以後、それを理解したうえで言動にはお気を付けください」
――魔帝。
その言葉の意味を理解するのに、アルは数秒を要した。
「(魔帝――魔王じゃなく、魔帝?)」
この魔界には、四つの地位が存在する。
魔公、魔王、魔帝、そして魔神。
最上位である魔神は自由奔放で部下を持つ者も少なく、魔界の統治などしない唯我独尊たる存在だ。
故に魔界の支配は事実上魔帝が行っている。
実質的な魔界の頂点、それが魔帝なのだ。
当然だがそう易々となれるものではない。
前世では片手の指で数えられる程度しかいなかったし、歴史上を振り返っても、魔帝の座が入れ替わったのは数回程度。
アルとてそう詳しいわけではないが、これまでに”魔帝”の称号を冠した傑物は、十を超える程度だと聞いている。
「(だって、メアは、まだ魔王だったはずで……)」
たかだが百年前後。
それだけの時間で、魔王から魔帝へ至れる存在が、この世界にどれだけいるだろうか。
あるいは才能など凌駕するほどに、メアは――。
「(……俺は、俺はどうだ…)」
アルはいつの間にか震えていた自身の掌を見やる。
この百年間、アルは成長したのか。
答えは否。
当然だ。死んでいたのだから。
「(いや、それどころか……)」
剣才を捨てた今のアルは、前世とは比較にならない程に弱くなった。
成長していないなんて話ではない。
アルフレッドがいた場所ですら遥か遠く、今のアルは大幅に後退していたのだ。
「(――遠い)」
今まですぐそばにいたはずのメアは、遥か遠く。
今のアルでは、その背中すら捉えることはできない、天上の存在。
アルは知らず知らずのうちに唇を噛みしめていた。
「(何が”好きだ”って伝えるだよ……)」
今の自分にそんな資格はあるのか。
「(死んでたなんて言い訳にもならねぇ……この十数年、俺は何をしてたんだよ……!?)」
勘を取り戻す?
少しでもアルフレッドに追い付く?
ふざけるな。足りない。足りるわけがない。
そんな覚悟では、何もかもが足りなかった。
「(今の俺には、メアの隣に立つ資格なんてない)」
きっとメアは否定するだろう。
資格なんて関係ないと。アルに隣にいてほしいと。そう言ってくれるはずだ。
だが、それはアルファストが許さない。
「(……ごめん、メア。もう少し、もう少しだけ待っててくれ)」
これは正真正銘、アルのエゴであり、我儘だ。
メアはきっと、今もアルのことを待っている。
アルはそう信じている。
メアのことを思うのなら、今すぐにでも正体を打ち明け安心させるべきだ。
ただでさえ百年以上待たせているのだ。これ以上待たせるなんて、なんと残酷だろうか。
「(それでも俺は、胸を張ってキミの隣に立つために――強くなるよ。アルフレッドにも負けないくらいに、もっと、もっと強く)」
アルファストがアルフレッドであるために。
メアの愛する”アル”であるために。
今度こそ生きて愛する人を護れるように。悲しませないように。
「(そんで、俺がキミの隣に立てるその日が来たら――今度こそ伝えるよ。キミが好きだと)」
今ここに、アルファストは決意した。
例え才能がなくとも。
例えアルフレッドより弱くても。
メアに誇れるくらいに強くなって――メアの一番近くで、好きだと伝えると。
「(だから今は――)」
「――初めまして。俺はアルファスト・オーセイン。助けてありがとう、メア」
”初めまして”と、そう言おう。
気ままに人物紹介
【メア・クローリー】
魔界の第七魔帝。今作のヒロイン。
よわよわなアルに対して強すぎるので、物語の都合上序盤はあまり出番がないことが確定している。コイツが出ると「もう全部アイツ一人でいいんじゃないかな」ってなる。その代わり日常回で出す予定。たぶん。
ヒロインの座を奪われないことを期待したい。
見た目は『終わりのセ〇フ』のク〇ル・ツェ〇シの黒髪バージョンみたいなのを想定している。もしかしなくても種族も一緒かもしれない。
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感想・誤字報告、お待ちしております。
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嘘です、シテクダサイ。




