Ep.7 再会
「――」
重たいまぶたを持ち上げる。
ぼんやりと霞む視界が徐々に透き通り、見知らぬ天井が視界に映る。
「(ここは……どこだ……?)」
上体を起こし、周囲の様子を窺う。
そこは豪奢な一室だった。
全体的にアンティーク調で整えられた部屋は、華美ではあるが下品ではない程度に飾り付けられ、主のセンスの良さが窺える。
室内には大きめの箪笥と机、椅子と最低限の家具が揃っており、広々とした部屋にしては些か寂しさも感じられる。生活感のないその様子は、まるで屋敷の空き部屋のようだ。
「(俺はたしか……村を出て……とにかく人がいるところを目指して……それで……)」
意識が朦朧としていたため、村を出た後のことはほとんど覚えていない。
それでも最後の瞬間、途切れかけた意識の狭間で、誰かの声が聞こえたことは覚えていた。
「……助けられたってことかな」
改めて自分の状態を確認すると、乱雑に巻かれていた血だらけの包帯はどこにもなかった。代わりに清潔な純白の包帯が、丁寧に巻かれていた。
全身を蝕んでいた痛みも消え、今は多少の気怠さに落ち着いている。
血と汗と汚れで辛うじて衣服の体をなしていただけのボロ布も、上質な黒布で仕立てられたナイトガウンに代わっていた。
「よっと」
明らかに一人で使うには勿体ない大きさのベッドから出て、窓辺に向かう。
窓にはこれまた上質なカーテンが掛けられており、閉じられたその隙間からはわずかに光が漏れていた。
明らかに高級品であろうそれを、アルはおっかなびっくり触り、カーテンの向こう側を覗く。
「おぉ……金持ちの屋敷かと思ったけど、それどころじゃないっぽいな」
硝子越しに飛び込んできた景色に、思わず感嘆の声を漏らす。
まず視界に入るのはどこまでも続く青空と、わずかに浮かぶ白雲。アルの視線の高さに蒼穹が広がるということは、相当な高所ということだ。
視線を下に落とせば、遠くに乱立する山々や深緑の景色が見える。見覚えのある山脈もあることから、ここが魔界なのは間違いないだろう。
更に下には、見栄え良く整理された無数の建造物。その規模はかなり大きく、かなり発展した都市のようだ。行き交う人々は活気にあふれており、賑わっている様子が遠目からでも見て取れる。
金持ちの屋敷、というよりも、王城から見る城下町といったほうが的確な光景。
どうやらアルを救ってくれた誰かは、相当な身分のようだ。
「早くお礼したいけど……むやみに出歩かないほうがいいよな」
アルを救ってくれたのがこの建物の主本人であるかまでは分からないが、こうして一室を貸し与えられている以上、アルのことを認知はしているはずだ。どうしてアルを助けてくれたのかは分からないが、お礼は言いたい。が、恩人の住処をうろつくのも憚れる。
これだけの豪邸だ。最悪アルのことを認知していない衛兵や使用人に捕まる可能性も捨てきれない。
「どうすっかな」
気軽な気持ちでベッドに腰かけると、柔らかさと弾力を兼ね備えた極上の感触が返ってくる。先ほどは気にならなかったが、このベッドも相当高級なものを使っているようだ。
たまらず身を投げると、ポスンと深く沈み込む。
「このまま二度寝するのもいいかもしれないな……」
どうせすることもないし。
生まれてこのかたまともな生活をしてこなかったアルからすれば、こんな上等なベッドで休む機会などなかった。
体の不調も相まって、このまま快楽に身を任せるという欲望が鎌首をもたげる。
欲望に抗えず瞼を閉じようとした瞬間、ノックの音が響く。
慌てて上体を起こすと同時、扉が開いて――アルの時が止まった。
「おや、失礼しました。起きていらっしゃったんですね。ご気分はいかがでしょうか?」
丁寧な所作で部屋に入ってきたのは、一人のメイドだった。
特別身長が高いわけではないはずだが、ピンと伸びた背筋と厚底のブーツのせいか、女性にしては目線が高い。
可愛らしさや飾り気のない実用性重視の従者服は彼女の美脚のほとんどを隠し、漆黒のストッキングに包まれたふくらはぎがチラ見えする程度。
その相貌は端正な顔立ちと切れ長の目により、可愛らしいよりも綺麗という印象を抱く。
宝石のような紫紺の瞳、その左側の目尻にはチャームポイントの泣き黒子がちょこんと主張している。
「? 聞こえていますか?」
艶やかな黒色のおさげを揺らし、彼女は小首をかしげる。
その所作を、アルはよく知っていた。
普段はクールに振る舞う彼女の可愛らしい癖。
誰よりもメアを慕い、どこまでもメアに仕えると誓った魔界最強のメイド。
アルにとってはメアに次いで付き合いの長い、悪友にして同志。
どちらがメアのことを理解しているか言い合った回数は両手で数えきれないし、二人で酒を酌み交わした数も同様。
リーシャ・セーロス。
アルにとっては数年ぶりで、暦の上では百年ぶりに再会を果たした仲間だった。
そして――リーシャが仕える人物は、たった一人しかいない。
「(――メア)」
ドクン、と心臓が跳ねる。
まったく期待も予想もしていなかった展開に、アルの鼓動は早鐘のように鳴り始める。
いつかメアを見つけると意気込んではいたものの、こんなに早く再会の機会が訪れるとは思わなかった。
「(心の準備ができてないっての……!)」
そんな女々しいことまで考える始末。
このままメアに会えば、自分が抑えられなくなる。
とにかく落ち着こう……そう考え、アルは目を閉じる。そのまま深く息を吸い、吐いた。
「(よし……)」
短い深呼吸で何とか鼓動を落ち着かせたアルはゆっくりと目を開き……リーシャの紫瞳と交差した。
「い、いや。大丈夫だよ……まだちょっと、頭がボーっとして」
長年の付き合い故に、彼女の鉄仮面がわずかに怪訝に歪められるのを察して、慌てて取り繕う。
「そうでしたか。無理もありません、とても酷い状態でしたので」
平坦な声音の中に、わずかな心配を感じる。
「まだ辛いようでしたら、お休みいただいて構いません」
「いや、大丈夫だよ。色々と聞きたいこともあるし、お礼もしたいしね」
「さようでございますか」
「それで、俺を助けてくれたのは……」
「瀕死の貴方を発見し、この城に運ばれたのは……この城の主君、メア・クローリー様です。メア様も貴方に事情を聞きたがっておられましたので……お体が平気なようでしたら、ご同行いただいても?」
やはり――アルを助けてくれたのはメアで、この城もメアのものらしい。
随分な豪邸に引っ越したな……などと考えながら、アルは立ち上がる。
まだ多少の気怠さはあるが、痛みはないので問題ないだろう。
何より早く、メアに会いたい。
「じゃあ、行こうか」
はやる気持ちを押さえつけ、アルはリーシャを促す。
「……」
そんなアルを、相も変わらず冷徹な瞳で見つめるリーシャ。
「? どうかした?」
「……いえ。なんでも。それでは向かいましょう。ご案内します」
そう言うと、リーシャは丁寧な所作で部屋を出ていく。
アルは不思議に思うも、リーシャに置いて行かれぬよう急いで後を追った。
この時のアルは、まだ理解していなかった。
百年という歳月の重みと――――才能を捨てることの、本当の意味を。
気ままに人物紹介
【リーシャ・セーロス】
メアの専属メイド兼クローリー軍メイド長。
給仕洗濯掃除あらゆる分野で完璧な仕事をこなす超絶怒涛の完璧メイド。並のメイド30人分の仕事を一日でこなしてケロッとしている。副メイド長曰く化け物。
ちなみに武力もメイドに必要不可欠と考えている殺戮系メイドでもある。現状よわよわアルの100倍強い。100倍じゃ済まないかもしれない。
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嘘です、シテクダサイ。




