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無才の剣士 ~もう一度キミに好きと言うため、才能を捨てて記憶を選ぶ~  作者: 塚丸水産
再会編

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Ep.10 浴場の出会い






「アルー、そこの水取ってー」


 平坦な声音に似合わない図々しい要求。


 その発信源に視線を向けるとアルのベッドを堂々と占拠する少女が一人。

 うつ伏せで寝転がるその少女は一冊の本を読みながら、厨房からくすねてきたクッキーをポリポリかじる。


「ほら、水」

「ん。さんきゅー」


 渋々机に置かれた水を渡すと、少女はこちらを一瞥して受け取る。


「……」


 無表情ながらどこか上機嫌な様子の彼女は、白いタイツに包まれた細脚をパタパタと上下させる。

 リーシャのそれと比べて短めのスカートが脚の動きでわずかにズリ上がり、ガーターベルトと太ももが露になる。更にはその先の――、


「(見るなアホ……!)」


 アルだって男の子だ。目の前に美少女のあられもない姿があれば直視したくもなる。が、想い人と再会したばかりのアルが他の女子に現を抜かすというのはいかがなものか。


 そんな薄っぺらい理論武装をもって湧き上がる欲望をどうにか抑え、無防備な少女から目線を逸す。その先は豪奢なカーペットが敷かれていたはずなのだが、今ではその模様もまともに拝めない。


 そこには乱雑に置かれた何冊もの本や、脱ぎ散らかされた衣服、適当に放り投げられたブーツがあり、足の踏み場もない。


 数日前と比べて変わり果ててしまったこの惨状を見て、アルは深くため息をついた。


「(なんでこうなっちまったんだ……)」


 諸悪の根源が到来した日のことを思い返し、アルは辟易とする。


 ことの発端は数日前。

 メアと再会した次の日だった。











◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇












「おはようございます。お加減はいかがでしょうか?」


 メアとの再会を経て部屋に戻ったアルは泥のように眠り、気づけば朝日が昇り翌日になっていた。


 まるでアルが目覚めるのを見越したようなタイミングでリーシャがやってきて、丁寧なお辞儀とともに入室してくる。


「おはようリーシャ。おかげさまで大分よくなったよ」


 そう言いながら、体の調子を確かめるように肩を大きく回す。


 昨日の倦怠感も綺麗さっぱり消え去り、万全の状態となったアル。

 ほとんど死んだようなものだったアルがたった数日でここまで回復するとは。よほどアルを治療してくれた治癒師の腕が良かったのか、アル――白華の末裔とやらの肉体が特別製なのか。


「それは良かったです。今後のことでお話があるのですが……まずは湯浴みをしてからのほうがよさそうですね」


 アルの体をまじまじと見るリーシャに釣られて、アルも自分の体を見る。

 傷や血の跡は綺麗に拭われているものの汚れや汗は依然として残っている。軽く拭いていてはくれたのだろうが、清潔な状態とは決して言えない。


「助かるよ。正直ベタベタするし汗臭いしで困ってたんだ。こんな状態で人前に出れないしな」

「はい。その間にシーツ等を変えておきましょう。リラ、案内をお願いします」


 リーシャの呼び声に応じ、開いたままだった扉から一人のメイドがやってくる。

 リラと呼ばれた少女は優し気な笑みを浮かべながら、丁寧に頭を下げた。


「初めましてアルファスト様。クローリー軍のメイドを務めております、リラ・クラレットと申します。以後、よろしくお願いいたします」


 安らかな鈴のような声を紡ぐリラは、一言で言えば素朴な美少女といった印象だった。


 ゆるくウェーブのかかった茶色の髪はふわふわとしており、その頂点には二つの猫耳がちょこんと主張している。琥珀色の瞳はくりくりと丸く、垂れ気味の目尻と相まって優しい印象を受ける。リーシャのように簡素ではなく、なおかつはしたなくない程度に飾り付けられたメイド服の後ろでは、柔らかそうな尻尾が揺れていた。


 メアやリーシャのような目が覚める美少女というわけではない。

 身に纏う柔らかい雰囲気も相まって、一緒にいて安心するような和むような心地よさを感じる美少女だった。


「俺はアルファスト。こっちこそよろしくね、リラさん」

「ふふ、リラで構いませんよ」


 そう優しく微笑むリラ。


「では、浴場へ案内しますね。こちらへ」


 先導するリラに続いて部屋を出たアルは、改めて見ても豪奢な城を渡り歩く。

 

 渡り廊下には高級そうなカーペットが敷かれており、壁面にはアルには理解できない絵画や装飾品が展示されている。


「(昨日も思ったけどホント豪華な城だな……メアに価値なんて分かるのか?)」


 アルの知るメアはアル同様、芸術や高級な嗜好品など欠片も理解できない性質だったはずだ。

 高級料理よりもその辺の露店で買った食べ物を、よく分からない高級絵画よりもアルの書いたヘタクソな絵を好む少女だったのだから。


 きょろきょろとあたりを見回しながら過去を振り返るアルを見て、リラが小さく微笑んだ。


「ふふ、詳しい城内の案内は後ほど別のメイドがすると聞いています」

「別のメイド? リラやリーシャじゃなくて?」

「はい。私も詳しくは聞いていませんが、アルファスト様には専属のメイドをつけるようです」


 何気なくリラから伝えられた言葉に、アルは少なくない衝撃を受ける。


 メアの配下になったとはいえ今のアルは一介の兵士でしかなく、とてもじゃないが専属のメイドをつけられるような立場ではない。


「(もしかして監視か?)」


 リーシャあたりの提案だとすればありうる話だ。


 唐突に表れた(拾われた)アルのことを警戒し、専属のメイドという名目で監視をつけるのはおかしな話ではない。むしろリーシャの立場と思想を考えれば、順当とまで言えるだろう。


 知人に疑われるという事実にもどかしさは感じるものの、怪しい真似さえしなければ問題はない。

 むしろ生活力が皆無のアルに、あれこれ世話を焼いてくれるメイドがいるのは僥倖だろう。


「誰がつくのか楽しみだな」

「そうですか……えっちな命令はダメですよ?」

「しないよ!?」


 にこやかな顔で急にぶっこんでくるリラに、アルはたまらずツッコミを入れる。


「キミそういうタイプ!?」

「どうでしょう。着きました、この先が男性用の浴場となっています」


 慌てるアルの様子に気づいていながらも、追及をスルリと交わすリラ。


 てっきりほんわか癒しメイドかと思っていたが、意外と蠱惑的な面もあるのだろうか。

 出会ったばかりの少女の意外な一面に恐々としながら、アルは浴場へ向かう。リラはこれ以上付いてくる気はないようで、アルを見送りながら軽く会釈をしていた。


「私はここに控えておりますので、湯浴みが終わりましたらお声掛けください。それとも着替えの方をお手伝いしましょうか?」

「自分でできるよ!」

「ふふ、そうですか。では、ごゆっくりどうぞ」


 アルの反応を揶揄うように微笑むリラに確信する。

 あれは紛れもない蟲惑魔だ。初心なアルの反応をみて確実に面白がっている。


 アルとてそういった経験がないわけではないが、メア以外の女性を知らないアルには少々刺激が強すぎた。これが剣にすべてを捧げた唐変木なら良かったのかもしれないが、残念ながらアルは健全な男子だ。少なくともそういった面に関しては。


 そんな益体もないことを考えながら異様に広い脱衣所に着き、そそくさと衣服を脱ぐ。


「クローリー軍のみんなが使ってるんだもんな。あの頃よりもっと増えてるだろうし、そりゃこんだけデカい脱衣所もいるか」


 一糸まとわぬ姿となったアルは脱衣所から浴場へ移動する。

 脱衣所の広さから予想はできていたが、もはや大浴場と名乗ったほうがいいレベルの広さだ。


 アルは備え付けられた魔道具の出水装置を用いて軽く体を洗い流し、タオルで丁寧に体を拭いていく。


 あの忌々しいマガチカにつけられた傷は完全に塞がっており染みることはないが、薄っすらと傷跡は残っているようだった。とはいえ、今更そんなものを気にする性質でもないが。アルフレッドの時代はそれこそ傷跡がない箇所を探すほうが難しいほどに夥しい数の古傷が肉体に刻まれていたものだ。


「ふぅ~~~~~」


 湯船に浸かると同時、気の抜けた声が零れる。


「(相変わらず気持ちいなぁ~)」


 久々の風呂だが極上の気分だ。


 白華の村には風呂なんという高級品はなかったし、アルフレッドの時代ですらゆっくりと風呂に入れたのは片手で数えるほどしかない。風呂と言えば貴族の嗜好品か、ごく一部の観光地に温泉があるくらいで、アルのような庶民が日常的に入れるものではない。


 百年も経てばその辺の常識も変わっててくれないかなぁ、なんて考える。

 一家に一風呂とまではいかなくとも、人々が気楽に入れる大衆浴場なんてものがあれば風呂好きのアルとしても喜ばしい限りだ。


 もっとも、クローリー軍に入ったからには毎日浴場を堪能できるわけだが。


「これから毎日風呂に入れるなんて最高だなぁ~~」

「ホントホント、贅沢だぜここの連中はよぉ~」


 ぐったりとお湯に浸かりながら独り言を漏らしていると、返ってこないはずの返事が返ってくる。


 驚いて声のする方を見やると、湯気に隠れて気づかなかったが一人の男が湯船に浸かっていた。


「なんだ、今気づいたのかよ。ドンくせぇ奴だなぁ」


 呆れるようにそう言う男は、のしのしと湯をかき分け姿を現す。


 男、というより少年といったほうが適当なその人物を見た時、最初に目に飛び込んできたのは肉体のあらゆる部位に刻まれた傷跡だった。大小さまざまな傷跡は細くも引き締まった筋肉に痛々しく刻まれ、それだけでまともな人生を歩んでこなかったのが分かる。


 あまり手入れのされていない黄金の長髪は、水に濡れてなお鋭い癖を保ち逆立っていた。

 その顔は力強い眉と鋭い金色の瞳、ギザギザの歯で構成されており、自信の強さをありありと感じる。


 それはまるで、野生の猛獣のような雰囲気の少年だった。


「……こんなに視界が悪いんだ、気づかなくても無理ないだろ」

「そうか? 普通匂いとか気配で気づくモンだろ。特にオマエ、入ってきた時はスゲェ臭かったしな!」

「え、嘘!? 俺臭い!?」

「心配すんな。今は臭わねぇよ!」


 ガハハハハと大口を開けながら笑う少年は、バシバシとアルの背中を叩く。


「いてぇよ! つーか臭いってなんだよ。獣かお前」

「まぁあながち間違いでもないけどな」

「獣人か何かか? それにしては耳も尻尾もないけど……」

「オレは正真正銘ただの魔人だぜ。ただ、ちーっと生まれ育った環境が特殊なだけだ」


 そう語る少年に、深く踏み込んでいいものか躊躇し、辞める。

 自分から喋り始めたとはいえ、会ったばかりの他人に詮索されるのはいい気分ではないだろう。


 最初は気難しい少年――アルを威嚇する野生動物のような圧を感じたが、それも一瞬。少年は親しみやすい表情を浮かべてアルの隣に腰かけた。


「そういえば自己紹介がまだだったな。オレはガレオン! 『武神の鼓』所属の兵士だ!」


 誇るように自分のことを語る少年を見ながら、アルは『武神の鼓』という単語に想いを馳せていた。


 『武神の鼓』――かつてメアの部下であり、アルの仲間でもあった鬼人グラニス・アグウェルが率いていた部隊だ。

 と言っても発足間もなかったクローリー軍には数えるほどしか兵士はおらず、部隊とは名ばかりだったが。


 しかし『武神の鼓』が百年たっても存続してるとは。

 あの寡黙な鬼人は健在ということだろうか。


 アルは脳裏に紅蓮の髪を靡かせる美丈夫を連想し、僅かに頬が緩むのを感じる。

 まだ実際に会ったわけではないが、昔馴染みとの再会は嬉しいものがある。


「俺はアルファストだ、昨日からここで世話になることになった。よろしくな」

「おう。オマエの話は聞いてるぜ。歳も近ぇだろうしよろしくな!」

「近いって……魔族の年齢に見た目は関係ないだろ?」

「まぁ見た目はな。それ以外にも色々あんだろ? 匂いとか、気配とか、雰囲気とか……そういうの諸々含めてなんとなく分かんだよ」


 野生の勘、とでも言うのだろうか。

 しかし語るガレオンの顔は真剣そのもので、適当を言っているようには見えない。


「ちなみにガレオンの年齢は?」

「詳しくは知らねぇけど……16か17あたりだな」


 自分の年齢を知らないとは……先ほど言っていた生まれ育った特殊な環境とやらが関係しているのだろうか。


「俺は17だ。ホントに当たってたな」

「ほらな、言ったろ!」


 そう言って自慢気に胸を張るガレオンを見ると、アルはなんだか可愛らしく見えてきた。


 17といったのはあくまでアルファストの年齢で、アルの精神年齢自体は50を越えているはずだ。

 それでも魔族の寿命を考えれば若い方だが、少なくともガレオンの三倍は生きてきたことになる。そのことを鑑みると、目の前の少年は少しばかり粗野で荒っぽい印象を受けるだけで年相応の少年のように感じられた。


「それにしても……ふんふん」


 ガレオンは急に静まり返ると、アルの体をまじまじと見つめる。

 それはまるで獲物を品定めする獣のような瞳で……、


「おいまさかお前、そっちの気が……!?」

「ちげーよ! 若い割にはなかなか体鍛えてんじゃねぇかと思っただけだわ!」

「なんだよ、ビビらせんなよ」

「オマエが勝手に変な勘違いしただけだろ!」

「それに体鍛えてるって、お前に言われても嫌味にしか聞こえねぇよ」


 確かにアルも生まれてこの方鍛錬を欠かしてこなかったし、それなりの体付きはしている。

 しかしガレオンはアルと比べても一回りは頑強な筋肉の鎧に包まれている。体躯そのものはアルと大差ないからこそ、その身にまとう筋肉の屈強さが際立っているのだろう。


「まぁな。オレはトレーニングは欠かしたことがねぇ。同い年の男に負けるわけにはいかねぇな! ……つっても、オマエの筋肉の付き方を見るに武器、それも剣を使うんだろ? オレはステゴロだからな。肉体に差が出るのは仕方ねぇか」


 だてにアルの肉体を見つめていたわけではないようで、アルが剣士であることを完璧に見抜くガレオン。

 アルは自分にはない観察眼に素直に感心する。


「そんなこと分かるのか」

「あぁ。まぁその辺は隊長の方が詳しいけどな」

「隊長って言うと……」

「グラニスって名前のバケモンだ」


 畏怖するようにグラニスの名を呼ぶガレオンだったが、その表情にはわずかに尊敬の意も垣間見え、グラニスのことをただ怖がっているわけではないようだった。


 しかし予想はしていたが今もグラニスが『武神の鼓』の隊長をしているようだ。ついでにその強さにも衰えはないようで、アルはグラニスの鍛え抜かれた肉体を思い返す。

 サクラの刺繍が差し込まれたその肉体は、一種の芸術といっても良いほどの美しさを誇っていたものだ。


「まぁオマエが剣士だってんなら、オレと同じ部隊には配属されねぇだろうからあんま関係ねぇよ」


 そう言うと、ガレオンはザパンと水飛沫をあげながら立ち上がった。


「んじゃ、オレはそろそろ出るわ。元々朝のトレーニングの汗を流しに来ただけだしな」


 言いながら出口まで歩いたガレオンは最後にアルの方に振り返る。


「部隊はちげぇけどよろしく頼むぜ。歳が近い奴はすくねぇからよ、仲良くしようぜ」


 それだけ告げて。ガレオンは脱衣所に消えていった。


 まさか先客がいるとは思わなかったが、存外いい出会いだった。

 アルとしても歳の近い同性(肉体的に)がいるのは心強い。少し接しただけだが、ガレオンは悪い人物ではなさそうだし。


「今度一緒にトレーニングするのもいいかもな」


 強くなるには手段を選んでいる場合ではない。それが例え精神的に年下であっても、学ぶものがあるのなら吸収するべきだ。それに、


「――アイツ、相当強いな」


 ポツリ、と前髪から水滴が落ちるように小さく呟く。


 長年の経験故か、アルはガレオンの実力をしっかりと感じ取っていた。

 

 




魔人は魔族で一番オーソドックスな種族です。

まぁ魔界版の人間みたいなものだと思ってもらえば。ぶっちゃけそこまで気にする設定でもないですので。

ちなみに、不意にアルたちを”人間”って表記しちゃって「コイツら魔人だったわ」って訂正するのは日常茶飯事です。




気ままに人物紹介


【リラ・クラレット】

クローリー軍のメイド。猫の獣人。

メイドの中ではそこそこ中堅クラス。

容姿も声も雰囲気もゆるふわ~な少女。一緒にいると和む。

穢れなんて知らなそうな雰囲気だが、意外と下ネタ耐性 ◎ 。

特にヒロインではない。でもそれなりに出る予定。たぶん。





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感想・誤字報告、お待ちしております。

少しでも面白い、気になると思っていただけたら登録お願いします。でも読んでくれるだけでありがたいので最悪しなくても良いです()。

嘘です、シテクダサイ。





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