Ep.11 専属メイドはぐーたら少女 前編
「こちらでメア様とリーシャさんがお待ちです」
湯浴みを終えた後、言葉通り待機していたリラに案内されたのはとある広間だった。
「メアたちが……? いったい何を」
「そう気構えなくてよろしいかと。中では朝食の準備をしております。普段は食堂で食事をなさるのですが、来客の際にはこちらの広間にて食事を摂られているのです」
「来客って……俺はもう部下のはずだけど」
「詳しい理由は私には分かりません……ただリーシャさんからこちらにアルファスト様を呼ぶように命じられましたので」
アル相手にわざわざ来客用の広間を使うとは何事か。
不思議に思うアルだったが、対するリラも詳しい話は聞かされていないようで可愛らしく小首をかしげるだけだった。ゆるふわの髪が肩口をくすぐる様子はとても愛らしい。
リーシャは今後の話と言っていたし、単純に誰にも邪魔されない静かな場所で話をしたかっただけかもしれないな。そう結論付け、アルは扉を開いて広間に入る。
「あっ! 来た来た! おはよ~調子はどう?」
アルを見るや否や、にこやかな笑顔を浮かべ手を振るメア。
その様は非常に可愛らしく、アルは無意識のうちに頬をゆるめる。
「おかげさまでピンピンだよ。改めて礼を言わせてくれ。助かった、ありがとう」
リラに促されメアの対面の席に腰を下ろすと、改めて謝意を述べる。
メアが助けてくれなければ、間違いなくアルはあそこで死んでいただろう。
メアに気持ちを伝えるために転生したにもかかわらず、メアに会うことすらできずに死ぬなんて情けないにもほどがある。まぁ結果的にそのメアに助けられているので、情けなさではどっこいどっこいだが。
頭を下げるアルに対して、メアは軽く微笑むだけで頭を上げるよう促した。
「気にしないで。ボクがアルファストくんを助けられたのはホントにただの偶然だから」
「それでも助かったのは事実だからさ」
「そっか。じゃあその感謝は受け取っとくよ」
そう言うと、メアはパンッと両掌を打ちつけた。
「じゃ、食べながら話そっか。ボクお腹ペコペコでさ~」
もう待ちきれないとばかりに眼前に並んだ料理を見つめるメアに、アルは笑みをこぼす。
「(そういえばしばらく何も食べてなかったな)」
それを自覚した途端、急激に空腹感が襲ってくる。
アルの前に並べられたのは一見豪華で見栄え良く整えられている。しかしよくよく見ると、一つ一つが家庭料理をアレンジしたものとなっており、見覚えのある料理ばかりだ。
豪奢な食器類にはやや似合わない料理かもしれないが、アルとしてはよくわからない高級料理よりも食べ慣れた料理の方が何倍もありがたい。
高そうな料理を前に、テーブルマナーなど欠片も知らないアルは少しばかり緊張したが、この様子だと気にしなくてよさそうだ。
実際、テーブルマナーなど知らんとばかりに口いっぱいに料理を頬張るメアを見て、アルの口から笑いがこぼれた。
「んー? 何その笑い、今バカにしたでしょ!」
「いや、してないよ」
「嘘だー! 絶対子供っぽいって思ったでしょ!」
「ホントだって。ただ可愛らしいなって」
「その可愛いは絶対子供っぽくて可愛いの意味だよ! ほら、アルファストくんも食べれば分かるって! ほらほら!」
メアに促され、アルも料理を食べ始める。
最初に口に運んだのは小綺麗に彩られた肉塊……ハンバーグらしきものだ。
「んっ! うまっ!」
そのあまりの美味しさに思わず声が漏れてしまうアル。
メアはそんなアルを見て先ほどまでの怒りはどこへやら、嬉しそうに同調する。
「でしょでしょ? これゴリアンヌ……副メイド長が作ってるんだけどね、すっごく美味しいんだよ~!」
随分とゴツそうな名前が出てきたが、アルはそんなことを気にする余裕もなく食べ進める。
久しぶりの食事ということもあるが、単純に料理が美味しすぎた。
結局ほとんど食器に乗る料理がなくなった頃、メアが口を開いた。
「それでね。ここにアルファストくんを呼んだのは今後の――」
「あぁ、それなんだけど……」
メアの言葉を遮るようなアルの言葉に、メアの後ろに控えるリーシャの眉がピクリと動いた。
しかし次の言葉に、そんな動作が誤差とばかりに盛大に眉をしかめる。
「アルファストだと長いし、”アル”って呼んでもらえるとありがたいかな。親しい人たちにはそう呼ばれてたし」
その親しい人たちには、もちろんメアたちも入っている。
メアの口からアルファストという名前が出てくることへの違和感が凄まじく、同時に少しばかり寂しさを感じていたが故の提案。
もう少し仲良くなってからのほうがよかったかな……などと呑気なことを考えるアルとは対照的に、メアはその紅瞳を大きく見開き、揺らがせた。
「メア……?」
「――アル」
その消えゆくような声はアルに届くことはなくリーシャのみが聞いた。
大きく眉を歪めたリーシャはアルにもの言いたげな視線を向けるが、どうにか言葉を呑み込み、メアに視線を向ける。その視線には最大限の憂慮が込められていた。
「メア様……」
「……ん、大丈夫だよ、リーシャ」
その時のメアの胸中には、いったい如何なる感情が渦巻いていたのだろう。
自身の心を鎮めるように天を仰ぎ、何度も息を吸って吐くメア。
そんなメアの様子を見て、アルは遠慮がちに声をかけた。
「い、いや……無理してまで呼ばなくていいよ。アルファストでも……」
「ううん、大丈夫。ボクは、大丈夫だから」
先ほどの言葉を撤回しようとするアルだったが、メアはそれを拒み、自分に言い聞かせるように繰り返した。
”アル”。
アルにとってはただの愛称で、昔のように呼んでほしいという思いからつい提案しただけにすぎない。
故に”アル”という言葉が彼女にとってどれだけの意味を持つのか。
いかにメアのことを深く理解しているアルと言えど、百年という時間を経験していないアルにとっては、知る由もないことだった。
「……じゃあ”アル”。改めてこれからよろしくね?」
「あ、あぁ……」
そして、必死に何かを押し殺すメアを前にして、アルはその胸の内を聞くことはできなかった。
取り繕った笑顔で会話を続けるメアに、リーシャは心配そうな視線を向け、アルはただただ相槌を打つしかなかった。
とはいえ、ぎこちない会話も数十分経てば慣れるもので。
どうにか普段通りのテンションを取り戻したメアは、本題とばかりに両手を打ち付けた。
「リラから聞いたんだっけ? 今日からアルには専属のメイドをつけることにしたんだ」
「風呂に向かう途中でちょっとな。でも、詳しい話はリラも知らないって」
「そっか、じゃあせっかくなら呼ぼうか! リーシャ、お願いできる?」
「はい、一応待機はさせていますので」
そう返すと、リーシャは広間を出る。
数分後、一人の少女を伴って――いや、その首根っこを掴んで、猫のように運んできた。
そのあまりの扱いぶりに吃驚するアルだったが、それ以上にされるがまま運ばれる少女がすやすやと寝息を立てていたことに驚愕した。
「(え、俺の専属メイドって……これ?)」
リーシャの手に吊るされるのは、一人の少女だった。
メイド服に包まれたその体躯は小柄で、猫のように丸まっている姿も相まって小動物を彷彿とさせる。
綺麗な銀色の髪は耳元を隠す程度のボブカットで、真っ白い肌によく合っている。
長い睫毛の下には黒子があって、可愛らしさの中に綺麗さを覗かせるその顔立ちはよく見ると誰かに似通っているような――。
「起きなさいミーシャ。メア様の前です」
「んー、リーシャ姉ぇ……雑ぃ。もっと丁寧に持って」
「自分の脚で立ちなさい!」
ミーシャと呼ばれた少女は眠た気に紫紺の瞳を覗かせる。
珍しく声を荒げるリーシャ――ん? リーシャ”姉ぇ”?
聞き逃せない単語に、アルは身を乗り出して二人を見比べる。
長い睫毛、目元の黒子、綺麗な顔立ち、白い肌、紫紺の瞳。
体格こそ長身で肉付きの良いリーシャと、小柄でスラッとしたミーシャで対になっているが、それ以外の特徴はほとんど重なる。
後は髪色と目つきくらいだろうか。
黒髪のリーシャは鋭い目つきだが、銀髪のミーシャは眠た気に半開きになっている。が、いずれも誤差の範囲だろう。むしろ目つきに関しては、ミーシャがちゃんと目を開いていないだけで目元自体はそっくりだ。
つまり、この二人は――。
「ふふふ、吃驚した? そうだよ~この二人は姉妹なんだ~」
アルの予想をメアが肯定する。
リーシャに放り投げられたミーシャは猫のようにきれいに着地すると、すんすんと鼻を鳴らし、アルのそばに素早く寄ってくる。
「えー、ご飯食べてたの? ……ずるい」
空の食器を羨まし気に見つめる少女に、リーシャは呆れたような視線を向ける。
「何がずるいですか。あなたが待ち切れず先に食べたのではないですか? それ以前に、メイドが主人と同席するなど言語道断です」
「相変わらず難いねー……」
「あなたが適当すぎるのです」
「だってそういうのメンドイもん」
あっけらかんと返す少女に、リーシャは珍しく青筋を立てる。
普段はあまり感情を表に出さない彼女があそこまで怒りを露にするとは……二人が姉妹というのは事実のようだ。
「あはは。ご飯はまた後であげるからね~」
「さすがメアさま」
「メア様、コレをあまり甘やかさないでください」
自由奔放なミーシャをメアが甘やかし、リーシャが苦言を呈する。
今まで幾度となく繰り返されてきたであろうやり取りを尻目に、アルはミーシャのことを考える。
リーシャとの付き合いはそれなりにあったが、ミーシャに会ったことはない。それどころかリーシャに妹がいたことすら知らなかった。
あまり自分の話をしたがらないリーシャだったが、妹がいたなら紹介してくれれば良かったのに……と思ったアルだったが、ミーシャとのやり取りを見るにあまりミーシャを人目に触れさせたくなかったのだろう。
何ならミーシャに対する自分の態度を見せたくなかったまである。
完璧なメイドを目指すリーシャは、感情をみだりに表に出す行為を嫌う傾向にある。故に基本鉄仮面だが、妹のミーシャといるとそれが剥がれ落ちるのだろう。
「(なんか意外な一面を見たな)」
アルが見たことのなかったリーシャの一面に和んでいると、不意に視界一面がミーシャで染まる。
「うおっ」
急に顔を近づけてきたミーシャに驚きつつのけ反ると、逃がさないとばかりに追随してくるミーシャ。
お互いの鼻先がくっつくほどの至近距離。
ミーシャの長く綺麗な睫毛と、宝石のように綺麗なアメジストの瞳がアルの視界を占領する。軽く吐かれた吐息はアルの肌をくすぐり、わずかなくすぐったさを感じる。
「アナタがワタシのご主人様……?」
「え……それは……」
「ふーん……」
アルを、正確にはアルの瞳を見つめるミーシャ。
その視線は値踏みするような――いや、それ以上に、アルという存在そのものを推し量っているかのようで、アルは紫紺の瞳に吸い込まれるような感覚を覚える。
「…………ん。いいよ、受けてあげる、その話」
時間にして数十秒。アルの観察が済んだのか、ミーシャはわずかに距離を取りながら告げる。
「急に何をしているのですか貴女は。それに受けてあげるとは何です? 貴女には最初から拒否権はありません」
「相変わらず横暴……でもいいや。アナタのこと気に入ったし」
「俺か?」
「そう」
真正面から気に入ったと宣言するミーシャだったが、あいにくアルには気に入られるようなことをした自覚はない。ただ見つめ合っていただけだ。
そこでアルに衝撃が走った。
「(ハッ!? もしかして一目惚れか!?)」
なんて馬鹿な考えは一瞬で否定された。
「甘やかしてくれそう。ぐちぐち文句は言いながら、なんやかんや甘やかしてくれるタイプ。たぶん」
「なんだそれ!?」
「つまり楽そう」
「少しは隠そうか本音を!」
「だって働きたくないし。メンドイし。なんなら養ってくれてもいいよ……?」
メイドという立場でありながら、堂々と甘やかしてもらうと宣言するのは如何なものだろうか。
「(ダメだ……こいつはダメだ……)」
アルとて生活力は皆無と言っていいが、それでも最低限一人で生きていける程度の能力はある。
だがミーシャはそんなアル以下だ。できるできないの次元ではない。はなからやる気がないのだ。
「ん、働いたら負けだと思ってる」
アルには見えた。
ミーシャに甲斐甲斐しく世話をしてもらうどころか、逆にアルがミーシャの世話をする光景が。怒りとツッコミを交えながら、仕方なくミーシャの世話をするアルの未来が。
当然矛先は雇い主に向いた。
「なんでこんな奴雇ったんだ!?」
「あはは……良い子ではあるんだよ?」
「それフォローになってないよメア」
初対面なのも忘れてこんな奴呼ばわりするも、この場の誰も気にしなかった。むしろメアもリーシャも同情的な視線を向ける始末。
「すみません……この愚妹をメイドとしてクローリー軍に加入させたのは私なのです」
「え、リーシャが!?」
まさかの事実にアルは衝撃を受ける。
てっきりリーシャはミーシャをメアたちから遠ざけたがっていたと思っていたから。
「はい……普段はこんなですが、一応、貴重な戦力ですので」
「ボクが本気でやっても勝てないかもね~」
二人の言葉を受けてミーシャを見やると、当の本人はピースをしていた。
能面のような表情もどことなく自慢気に見える。
「ん」
「嘘だろ……コレが……?」
人は見かけによらないというが、こんなアホ――もとい、マイペースな少女がメアよりも強い……?
何度も背中合わせで戦ってきたアルはメアの強さをよく知っている。
当時はまだまだ発展途上ではあったが、自身の”特性”と魔法を組み合わせた戦闘スタイルは魔界でもかなりの上澄みだったはず。
それが百年の時を経て”魔帝”と呼ばれるまでに昇華された今の実力は、アルには到底推し量ることはできない。
そんなメアが、本気を出しても負けかねないと言うほどの実力。
「(なるほどな……メアの夢を応援するリーシャのことだ。ギリギリ実利をとって、ミーシャをメアの配下にしたってことか)」
相当嫌だったはずだが、それでもメアの夢を応援するためにミーシャを加入させたのだろう。苦渋の決断だったはずだ。
「まぁミーシャの実力はともかく、本人の同意も得たってことで。ミーシャは正式にアルの専属メイドってことで!」
このままでは断られると思ったのか、メアは半ば無理やりに話を締めにかかる。
もちろんアルとしては、楽になるどころかむしろ負担が増えるだけのメイドなんでごめんだと言いたいが、メアたちの好意を無碍にするのも憚られる。何よりミーシャ本人が乗り気になってしまった以上、アルがこの城にいるためには選択肢はない。
それに――ミーシャの実力を知り、ある種の納得感がアルにはあった。
「(専属メイドは俺の監視って予想、たぶん当たりだろうな)」
ぶっちゃけた話、アルにメイドを付けるだけならミーシャのような扱い辛いメイドを選ぶ理由はないだろう。
しかしアルの監視――つまりいざという時アルを制圧できるだけの戦闘力を有するメイドとなると、話は変わってくる。
クローリー軍のメイドの実態を知らないので断言はできないが、常識的に考えて高い戦闘力を持つメイドなどそういるものではない。リーシャが例外なのだ。ミーシャはメイドとは名ばかりなので除外。
メアに比肩する実力というのは少々過剰な気もするが、それでもメアたちがミーシャを選出した以上、アルの専属メイドはミーシャが妥当だと判断した結果。
――最初から拒否権はない。
先ほどリーシャがミーシャに言った言葉だが、それはアルにも当てはまるのだろう。
とどのつまり、最初からミーシャの専属メイドを断ることはできないのだ。
「…………これからよろしくな、ミーシャ」
「ん、よろしく……そういえば、名前聞いてなかった」
「アルファストだよ」
「……長くて呼ぶのメンドイからアルでいい?」
「……いいよそれで」
「ん、よろしくアル」
本当にやっていけるだろうか?
そんな不安を胸に抱きながらも、アルはミーシャと握手を交わした。
気ままに事物紹介
【ミーシャ・セーロス】
リーシャの実妹。銀髪ジト目の低身長マイペースメイド。
平坦な声音と表情の割に、中身は破天荒で自由奔放。
働いたら負けだと思っている。
趣味は昼寝と読書と食事。
アルのことを気に入った様子。もちろん男女の情はない。そもそも恋情とか愛情とかそういう感情は搭載していないかもしれない。よってヒロインではない。
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嘘です、シテクダサイ。




