Ep.12 専属メイドはぐーたら少女 後編
そんなこんなで、リーシャという専属メイドが付いたアル。
今更ながらクローリー軍における専属メイドの役割とは――実は明確に決まっていない。
そもそも専属メイドという概念自体、メアの専属メイドを勝手に名乗っているリーシャしか存在しないのだ。それ以外に専属メイドに任命されたメイドも、専属メイドを付けられた主人も存在しない。明らかな特別待遇というわけだ。
ではリーシャは何をしているのかというと、全てだ。
メアの部屋の掃除からベッドメイク、洗濯、炊事、買い出し、着付け、果ては入浴の際にメアの体を洗ったり、マッサージなんかもしている。
無論そんなことは望んでいないメアは度々断るのだが、何かと理由をつけて世話を焼こうとするのがリーシャというメイドだ。いくらリーシャとてメアが本気で拒めば身を引きはするものの、リーシャに強く出られないメアが渋々折れるのが毎度のことではある。
曰く『主人が望むことを、望むよりも先に行うのが完璧なメイド』らしい。
これを最初に聞いたアルは何を言っているのか理解できなかったが、甘いものが欲しいと思った時には茶菓子を用意されていたり、疲れを自覚すると同時に座椅子を差し出された時には、唖然としたものだ。今ではもうそういう生き物なのだと諦めている。
専属メイドの話に戻るが、リーシャとて昔はそんなに酷くはなかった。
メアの意志を極力尊重していたし、過干渉を気にしていたふしすらある。それがメアの全てを世話するようになったのは――一人の剣士がこの世を去ってからだ。
当時はメア自身まともに生活できないほどに憔悴していたこともあり、見かねたリーシャが過激なまでに世話をしていた。
今ではその頃の面影はなく、普通に一人で生活できるようになっている。故にリーシャの過干渉を拒む回数も増え、プライベートな時間は増えつつある。具体的には三日に一回は一人で入浴している。当時は毎日リーシャに背中を流してもらっていたことを考えると、随分マシになったほうだろう。
閑話休題。
要するにクローリー軍における専属メイド=リーシャとなっており、その役割は主人の世話全般となっている。
では、ミーシャもアルの全てのお世話をするのか……答えは否である。
当然だろう。
メアとリーシャの距離感は同性かつ深い関係があるからこそ。
異性で、かつ出会ったばかりのアルに対して湯浴みの補助などを求めるのは酷な話だろう。
というのは一切関係なく。
その他の炊事、洗濯、清掃など。
諸々の仕事すらも、ミーシャにはするつもりはなかった。
「おぉー、広い部屋もらったね……ベッドも大きい。寝やすくていい」
アルの部屋に訪れたミーシャの第一声がそれだ。
サボる気満々だろう。何なら言いながらも早々にベッドに腰かけてまでいる。仮にもご主人様のベッドに、無断で。
「ちなみに聞くけど、ミーシャには何ができるんだ?」
「何って……禁術とか、古代魔法とか?」
「いや、そういうのじゃなくてもっと家庭的な……って禁術ってなんだよ!?」
事も無げに言い張るミーシャに遅れてツッコミが入る。
「例えば掃除とか」
「掃除はできない……むしろ散らかす」
「……料理は?」
「できるわけがない……食べるのは好き」
「…………洗濯くらいは?」
「できたらよかったね……脱いだ衣類はその辺に放り投げるタイプ」
それらの言葉がすべて事実だと証明するように、脱いだばかりのブーツを放り投げる。
アルとて人のことを言えるほど生活力があるわけではないが、ミーシャのそれはアルを軽く凌駕している。他人の世話ができないというレベルではない。むしろ世話が必要なレベルの壊滅的な生活力だ。本人が養ってもらう気満々なのも質が悪い。
「予想はできてたけど、仕事する気はないな?」
「もちろん。サボるのに最適だからアルのメイドを受けたんだよ……普段はリーシャ姉ぇが働けってうるさいから、ちょうどいい隠れ蓑ができた」
「だからって出会ったばかりの奴を前にしてよく堂々と言えるな。せめて仕事するポーズを取るとか……」
「メンドイからヤダ。それとアルのメイドになったからには、基本この部屋に居座るから。こっちのがわたしの部屋より広いし……リーシャ姉ぇに凸られる確率も減るし」
ミーシャがアルの身の回りの世話などできないことは分かり切っていたことなので、せめて極力この部屋には来ないでもらってミーシャの世話をすることだけは避けよう……などと考えていたアルのプランが、正面からぶち壊される。
ミーシャがこの部屋で生活する。それはつまり、一日のうち少なくない時間をアルとともに過ごすということだ。
気を遣うどころではない。何から何まで面倒を見てやらないといけないその未来を想像して、アルは怖気が走るのを感じる。
「ちょっと待て! 俺はごめんだぞ、お前の世話を――って何やってんだお前!?」
早々に拒否しようと声を上げるアルだったが……ミーシャの唐突な奇行に意識が持っていかれる。
何を思ったかミーシャは、身に着けていたメイド服を脱ぎ床の上に放り投げた。
それまでメイド服によって隠されていた素肌が外気に晒される。
日焼けなど縁遠い真っ白な肌にはシミ一つない。健康的な白い肌をしていたメアやリーシャとは違い、やや不健康気味な白さのその肌は、普段から日の下に出ないからだろう。
水色の下着に隠される胸部は控えめだが確かな膨らみがある。
何より目を引かれるのが下半身を覆う白いガーターベルトとショーツ。肌を隠すタイツと透け感のあるガーターベルトの間にはスラッとした太ももが覗く。いわゆる絶対領域。
タイツ、太もも、ガーターベルト、ショーツ。それぞれ種類の違う白色が連なって描くコントラストは非常に煽情的だった。
上と下で下着の色が違うのが、彼女のズボラさを表してはいるが。
下着姿になって開放的になったミーシャは、その恰好のままベッドに寝転がる。
「……何って、脱いでるの。ゴロゴロするのにメイド服は邪魔でしょ。着てて窮屈だし」
「場所を考えろって言ってんの!」
「? 言ったでしょ、ここはわたしの部屋にもなったって。自分の部屋で服を脱ぐのは自然」
「OKしてないし! 居座るとは言ったが自分の部屋にするとは言ってない!」
「同じことでしょ。それに、あくまでアルはこの部屋を貸し与えられてるだけ。拒否権はない」
痛いところを突かれ、アルは口ごもる。
そう。ミーシャの言う通りこの部屋はアルのものではない。あくまで貸してもらっているだけだ。
所有者ではないアルが部屋の権利を主張するのは少し傲慢すぎる……とはいえ、ミーシャに言われるのはお門違いな気はするが。
「……わかった、ミーシャもこの部屋を使ってくれていいよ。その代わり! 俺がいるんだから、安易に服を脱いだりするな」
「わたしは気にしないけど」
「俺が気にするの!」
「……わかった。それでいい」
やや不服そうだが、一応はアルの提案を了承したミーシャは、脱ぎ捨てたメイド服を拾った。
「じゃあ言質も取れたことだし……持ってくる」
「持ってくるって何を」
「私物」
「さようで」
この部屋を侵食する気満々のようだ。
ミーシャは数秒迷った様子を見せた後、めんどくさそうにブーツを履いて部屋を出ていった。
「はぁ……」
どっと疲れが襲ってきて、アルは思い切りベッドにダイブした。
心地良い柔らかさに包まれ、そのまま眠ってしまいたい衝動に襲われる。
「たった数分でこんな疲れるなんて……この先が思いやられるわ」
今までの人生において、あまり振り回されることのなかったアルにとって新鮮な経験だ。
しかし実際に振り回される側に回ると想像以上に疲れるし、自分がこんなにもツッコミに回るなんて想像もできなかった。
アルとしては、メアのことを揶揄って笑うくらいがちょうどいい。
「――」
不意に、嗅ぎなれない香りが鼻を突いた。
洗剤の爽やかな香りの中に僅かに感じるチョコレートのような甘い匂い。甘ったるさはなく、仄かに感じる程度のその甘さはいつまでも嗅いでいたくなるような癖のある香り。
不意に、下着姿でベッドに寝そべるミーシャの姿を思い出す。
「……」
客観的に見て、先ほどまで少女の寝ていたベッドに顔をうずめるアルの姿は変態そのもの。
「(いやいやいやいや。たまたまだし。たまたまうつ伏せでベッドに入っただけだし。今態勢を変えたらむしろ意識してるみたいじゃん。そもそもこのベッド俺のベッドだし……)」
誰が聞いているわけでもないのに、心の中で言い訳じみた言葉を並べる。
「(でも、まぁ……ミーシャと同じ部屋ってのも悪くは――)」
「何やってるの……」
唐突に聞こえた声に、ガバッと勢いよく体を起こすアル。
声のした方、部屋の入口に目を向けると、大量の本を抱えたミーシャがアルのことを見つめていた。
その瞳はいつもながら無機質に細められており、一切の感情を読み取ることができない。
「い、いや、俺はただベッドで休んでただけで――」
「アル……変態? 女の子の匂いが好きなの?」
「ち、違うわ!」
まったくもって説得力はないが、それでも否定は欠かさない。
「でも、さっきまでわたしが寝てた場所に顔をうずめてた」
「そ、それはたまたま……」
「なんか鼻息も荒かったし……」
「気のせいじゃないかな!」
アルはただ普通に休んでいただけだ。
生きていれば呼吸はするし、その際に匂いが香ってきても不思議ではない。
「……別にいいのに」
「え?」
「わたしも鬼じゃない。アルに迷惑をかけてる自覚はある。反省はしないけど」
「それはしてくれ」
「ムリ。アルが望むのなら、匂いを嗅がせてあげてもいい。それくらいは許容範囲」
「何言ってんの!?」
ミーシャは至って冷静に言い放つ。
すると両手に抱えた大量の本を床に置き、アルに体を向け両手を広げた。
まるで抱きしめられるのを待っているかのようなその姿勢に、アルは己を自制するため後ずさった。
「来ないの? 遠慮せず抱きしめていい。近くで匂いを嗅げる。首筋とか、髪の毛とか、色々嗅げるよ?」
「え、遠慮します……」
「そう」
非常に魅力的な提案……もとい、突飛な提案を鋼の心で断ると、ミーシャは何の感情も見せず両手を下ろした。
そこには残念そうな様子も、安心した様子もなにもなかった。ただ断られたから辞めた。それ以上でもそれ以下でもない。本気でしたいならすればいい、程度の気持ちだったのだろう。
「理解できねぇ……」
異性に抱きしめられたり、匂いを嗅がれるのって普通嫌じゃないのか?
恋人や想い人ならともかく、アルはミーシャからすれば今日会っただけの他人だ。そんな男に抱かれることに何の感情も抱かないのは普通じゃない。
ミーシャの場合、何も考えていないだけかもしれないが。
ミーシャは再びブーツを脱ぎ捨てると、一冊の本を手に取りベッドに入ってきた。まだアルもいるベッドに。
「俺いるんだけど」
「ん、狭い。もっとそっち寄って」
「……はいはい」
ミーシャに関しては、貞操観念とかそういったものを考える方が間違いなのかもしれない。
アルはそう結論付け、いそいそとベッドから降りた。
「持ってきたのって本だけなのか?」
「ん、他にも持ってこようかと思ったけどメンドイから辞めた。とりあえずすぐ読むやつだけ」
「すぐ読むって……こんな分厚い本をか? しかもパッと見十冊はあるぞ」
床に乱雑に置かれた本を拾う。
まるで辞典かと思うほどの分厚い本だ。
いったい何が書かれているのだろう……そう思い、軽い気持ちでページをめくろうとするアルに、ミーシャはピシャリと言い放った。
「読まないほうがいいよ。それ禁書だから、アルが読んだら発狂死する」
「そんな危ないもの持ってくんな!」
危うく死ぬところだったわ! と開きかけたページを勢いよく閉じる。
「もしかしてここにある本全部……?」
「全部じゃないけど……まぁアルが読めるものはないし、迂闊に読まない方が賢明」
「……そうするよ」
できればそんなもの適当に置いとかないで欲しいけどなぁ。
などと思いつつも、どうせ言っても聞かないだろうと諦める。
――それからというもの……一日のほとんどをアルの部屋で過ごすミーシャは、日を追うごとに私物を持ち込み、部屋を散乱させていった。
当の本人はまったく気にせず、寝るか読書するか食事をするか。
当初の宣言通り仕事をする気はさらさらなく、アルの部屋で怠惰を貪っていた。
そんなこんなで3日ほど経ち……今へ至る。
どうでもいい後書き。
メアの匂い:爽やかさの中に仄かな甘さを感じる華のような香り
リーシャの匂い:可憐でサッパリとした柑橘系の香り
ミーシャの匂い:甘さ控えめなチョコレートのような香り
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嘘です、シテクダサイ。




